20話 秘密の関係

  ようやくヴァンパイアたちとのいざこざも終わり、おれもそろそろ集落へ戻ろうとする。

  そんなおれに対し、スペンサーがヨソヨソしく声をかけてくるのだった。


  「ヴェルデバラン殿、どうか今日のことは内密にしていただけないでしょうか……」


  このスペンサーの言葉に、一瞬おれは別人に話しかけられたのではないかと思ってしまう。

  先ほどまでの暴言とのギャップは一体何なのだろうか?

  彼はおれに対して急に敬語で話しかけてきた。


  「その口調はどうした? 急に改まった話し方で……」


  思わずおれはスペンサーにそのことを突っ込まざるを得ないのだった。

  散々、魔人であるおれを見下して殺してやるだの何だの言ってたからな。

  この手のひら返しに思わず反応してしまったのだ。


  すると、彼は膝をつき首を垂れておれに敬意を表する。


  「私の力では、ヴェルデバラン殿に遠く及ばなかった……。それだけでなく、貴方を殺そうとした私を見逃してくれるという。さらには、レオンハルト様のことを気遣ってくださった」


  「これほどの慈悲と恩を受けた相手に対し、魔人だからと敬意を払えぬほど我々は落ちぶれていません」


  スペンサーの姿を見ればわかる。

  これは形だけでなく、本心からそう思っている者の言動だということが……。


  どうやら、おれも両親もヴァンパイアのことを本当に理解できていたわけではなかったようだ。


  「もちろん、ヴァンパイアとしての立場もありますので、公式な場ではこのように接することは難しいです。しかし、今は我々しかおりませんので……!」


  スペンサーは慌ててそう付け加える。


  なるほどな。

  確かに、彼らはヴァンパイアの中でも地位が高いようであるからな。

  他のヴァンパイアたちの前などでは、魔人に対して敬意を払うなど見せることはできないのだろう。


  しかし、今この場にはおれたちしかいない。

  つまり、建前ではなく本音で関わってくれるということなのか。


  案外、律儀なところがあるのだなとおれは感心する。

  一方、レオンハルトの方はというと——。


  「おれはお前に負けてないし、下手に出ることはないからな! ただ、まだ決着はついてないのも事実だ。お前の無礼な態度については保留にしといてやる」


  「そうか、それは助かった」


  思わず笑みが溢れる。

  格下ではなく、同格くらいには思ってくれていると見てよいのだろうか。

  レオンハルトもまた、おれのことを多少は認めてくれているようであった。


  「それで話を戻すが、お前たちのことは黙っていればよいのだな」


  おれはスペンサーに問いかける。

  すると、彼は少しバツが悪そうにして答えるのだった。


  「はい……。我々にも事情がありますので……」


  うむ、目立ちたくないと言ってたからな。

  理由はわからないが、おそらく無断で魔人の集落へとやってきたのだろう。


  彼らはヴァンパイアの中でも身分がありそうだからな。

  もしかすると、好き勝手に動くのは制限されているのかもしれない。

  それで監視の目を誤魔化して抜け出したといったところだろうか……。


  まあ、おれは断る理由もないので受け入れることにする。


  「それは構わないぞ。おれもヴァンパイアと一悶着あったとなると色々と面倒だからな。しかし——」


  おれとしてもヴァンパイアとドンパチやったとバレたら両親にこっぴどく叱られるだろう。

  それこそ、やっと家の外の世界に出られたのにまた室内に逆戻りだ。

  それだけは何としても防がないとならない。


  そして、おれは周囲を見渡して考える。

  特大の魔法合戦によって割れた大地、灼き果てた土地、爆風で巻き上がった砂埃……。

  魔人の集落の近くでこれだけのことをしておいて、隠し通すのは無理があるかもしれない。


  「これは魔人の集落で問題になるだろうな」


  そんな本音をポロッと漏らす。

  何か上手い言い訳はないかと模索するおれ——。

  すると、スペンサーがひとつ提案をしてくれるのだった。


  「それではヴェルデバラン殿が魔物から集落を護ったということにするのはいかがでしょうか」


  そう言って、スペンサーは空間を歪ませたかと思うと中からバカでかいドラゴンを引っ張り出す。



  ドスンッ!!



  ——と音を立てて、おれたちの目の前にはドラゴンが横たわる。



  「何だこれは……!?」



  思わずおれは目の前に出現した巨大なドラゴンに反応する。


  前世でドラゴンといえば伝説上の存在であったからな。

  実際に目の当たりにして言葉を失ってしまう。


  すると、スペンサーは淡々とこのドラゴンについて説明し出すのだった。


  「こちらは火竜かりゅうの死体です。ついこの間、レオンハルト様と一緒に退治した時のものとなっています。火竜ならば炎のブレスを吐きますし、この状況についても説明できるかと」


  なるほど。

  これは火竜という魔物なのか……。

  たくましい大きな翼に加えて、鋭い爪と牙を持った巨大なドラゴンだことだ。


  これが炎のブレスを吐くというのだから近接戦も遠隔戦も苦労するだろう。

  少なくとも、ダグラスたちのような一般的な魔人では手も足も出ないはずだ。

  だが、ようやく話が読めてきたぞ。


  今回の騒動はこの火竜が攻めてきたことにして、その火竜からおれが集落を護ったことにするのか。

  それでレオンハルトが放った火砲ファイヤーキャノンの焼け跡を火竜のブレスの跡と誤魔化すと……。


  筋も通っているし、悪くないんじゃないか。

  あとは——。


  「それでここら一帯には火竜が出るものなのか……?」


  おれはスペンサーに肝心な部分の質問をする。

  これで火竜はここら一帯に生息していないとなれば、即嘘だとバレてしまうからな。


  「問題ありませんよ。報告を聞いたことはありませんが、若い竜は旅をして住処すみかを変えるものです」


  「珍しいとはなるでしょうが、この雌の火竜も産卵場所を探していたのだろうと納得はしてもらえるはずです。ですので、安心してください」


  スペンサーのこの回答を聞いておれはホッとする。


  「よし、決まりだ。それで行こう!」


  そして、彼の案を採用しておれたちは今日あったことを互いの秘密とすることにしたのだった。


  こうして、ヴァンパイアたちとのいざこざは一件落着したということで、おれは魔人の集落へと戻っていく。

  フリンのやつ、おれが急にいなくなってしまったが大丈夫だっただろうか……?

  そんな不安を抱えながら、おれは急いでアルバート夫妻の家へと向かうのだった。




  ◇◇◇




  魔人ヴェルデバランと別れた二人は転移魔法を使いながら魔王城へと戻ることにする。

  既に魔力を使い果たした彼らにとって、魔力を大量消費する長距離の転移は躊躇ためらうものがあったのだ。

  そのため、休憩して魔力を回復させながら少しずつ魔王城へと向かっているのだった——。


  「レオンハルト様、あれでよろしかったでしょうか?」


  中間地点の森の中で休息をとりつつ、側近のスペンサーはレオンハルトにそう尋ねるのだった。

  レオンハルトは魔人ヴェルデバランとの一件を思い出しながら、自らの行動を反省する。

  そして、側近であるスペンサーに感謝の意を伝えるのだった。


  「あぁ、ありがとうな……。お前のおかげで何とかなった」


  「いいえ、私は全然お役に立てませんでしたよ。しかし、腕っ節だけが実力ではありませんからね。それを今日はレオンハルト様に見せられたのではないかと思います」


  スペンサーは自らの主人に言い聞かせるようにしてそう語る。

  それをレオンハルトは静かに受け入れるのだった。


  「わかっている。今のおれには魔法でゴリ押すことしか能がないからな。剣術も政治も、リーダーとして判断力もまだまだだ。今日もお前の世話になりっぱなしときた」


  魔王候補であるヴァンパイアロードの中でも魔法の才能に溢れ、同年代では敵なしのレオンハルトではあったが、魔人の少年相手に手も足も出なかった。

  相手が同じヴァンパイアならまだしも、劣等種族の魔人ということもあり、彼には引くことができなかった。


  そこをヴェルデバランにも見破られ、折衷案を出されたにも関わらず、いらぬプライドが邪魔をして己で最適な選択を判断することができなかった。

  そして、それを側近のスペンサーに背中を押してもらい、後始末までしてもらい、何とか荒波を立てることなく一件を終えることができた。


  「ハァ……」


  レオンハルトは大きくため息をつく。


  「何をため息ついているのですか。レオンハルト様はもっと喜ぶべきなのですよ!」


  スペンサーは笑顔でそう語りかけてくる。

  だが、レオンハルトは彼が何を言いたいのかがさっぱりわからなかった。

  そこで、スペンサーは丁寧に説明し始める。


  「いいですか? レオンハルト様は今日、生まれて初めてライバルと云うべき存在に出会えたのです!」


  「種族こそ劣等種の魔人ですが、ヴェルデバラン殿は剣術にも魔法にも才のある優秀な人物です。そんな彼の存在がレオンハルト様を今以上に強くしてくれることでしょう!」


  スペンサーの言葉を聞いたレオンハルトは心にあったもやもやが晴れた気がした。


  今日のヴェルデバランとの出会いは反省ばかりの悪いものではなかったのだと。

  レオンハルトが大魔王を目指す上で、とても良い刺激となり、良いライバルとなるのだと。


  「そうだな、お前の言う通りだ! おれはヴェルデバランを超えて、いつか大魔王になるんだからな」


  そして、意欲に燃える彼らヴァンパイアたちは魔王城へと帰っていくのであった——。

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魔王伝 - 不滅の魔人 - 竹取GG @taketori_okina2

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