12話 外の世界へ(2)

  両親との交渉の末に、おれは外に連れ出してもらえる権利を勝ち取った。

  そこでおれは早馬にまたがるダグラスの後ろに一緒にまたがって座ることにする。


  馬に乗るのも今世では初めてのことだ。

  少しだけワクワクした。


  「よしっ! それじゃ行くぞ」


  ダグラスのかけ声とともにおれの体は強い力に引っ張られる。

  そして、周りの景色が流れるようにして動き出すのであった。


  一瞬でおれたちを見送ってくれたレイシアの姿が見えなくなる。

  それほどまでにおれたちが乗っている馬は速く大地を駆け抜けた。


  流れるようにして変わっていく周りの景色だが、おれはしっかりと目に焼き付けようと懸命に馬上から周囲を観察する。

  そこでおれは改めて思い知ることとなる。



  世界は広いなと——。



  十年の間、家の中からしか見てこなかった外の世界はどこまでも広がっており、雄大な緑の自然あふれる平野がずっと続いているのだった。

  そして、地平線は遥か遠くにあり、駆け抜けても駆け抜けても近づいてはこない。


  風に煽られると共に、土と草の匂いがおれの鼻をツンっと刺激する。

  外の世界に出たことで、おれは様々な衝撃を受けるのだった。


  「どうだ? これがお前が見たがってきた外の世界だぞ」


  そんなおれの様子を察したのか、前方のダグラスがおれに語りかけてきた。


  「美しいものだな。それに恐いくらいに広いな」


  すると、おれの答えを聞いたダグラスが笑い出す。


  「ハッハッハッ、これはいい。お前の口から恐いなんて言葉が聞けるなんてな。連れてきた甲斐があったってもんだ」


  愉快そうに笑うダグラス。

  そんな風に会話をしていると、おれたちの前に建造物らしきものが見えてくる。

  それにチラホラと人影もある。

  どうやら、ここには集落があるようだ。


  「そろそろ目的地に着くぞ」


  ダグラスの声とともに、早馬の走るスピードがゆっくりになる。

  それから、とある石造りの家に向かって少しずつ近づいていく。


  そして、おれたちは集落にある一つの家の前に到着するのであった——。




  ◇◇◇




  早馬での移動はあっという間に終わってしまった。

  この集落に到着するまでに5分もかからなかったと思う。

  外の世界で自然をもっと堪能したかったと、おれは少しばかり残念に思うのだった。


  「着いたぞ。お前はここで留守番だぞ」


  ダグラスは馬から降りるなり、おれにそう告げる。

  そして、両手でおれの脇を抱えるなりおれも馬から降ろすのだった。


  ダグラスはさらにここからどこかへ向かうのだろうか?

  留守番と言っているあたり、おれはここに置いていくに違いないな。


  そんなことを思っていると、ダグラスは家の玄関に向かって大きな声で呼びかけた。


  「アルバート! おれだ、ダグラスだ」


  ダグラスが声をかけてから少し経つと中から二人の男女が現れた。

  いや、その後ろにもう一人いるか……。


  この者たちはおれと同じく魔人だろう。

  魔力を見る限り、間違いない。

  まさか、ここが話に聞いていた魔人の集落だったなんてな。


  おれは驚きはありつつも、レイシアからこの国のことは多少聞いていたので納得する。

  ヴァンパイアが治めるこの国には魔人が少しだけ暮らしていて、ダグラスはその建築技術で魔人たちの家を建てているのだと——。


  家族以外の魔人に出会うのは初めてだったため驚きはあったが、彼らに恐れなどはなかった。

  むしろ、同族と出会えたことにどこか感情が高ぶっているようであった。


  だが、彼らはおれとは別の反応を見せる。

  家の中から出てきた男はおれを見つけるなり顔をしかめるのだった。


  「おや? ダグラス、その子は……」


  どこかもの悲しげであり、言葉を濁したようなそんな言い方であった。


  「俺の息子のヴェルデバランだ」


  そんな男にダグラスはおれのことを紹介する。


  「どうも、はじめまして。ヴェルデバランです」


  魔人同士の礼儀作法など知らないが、とりあえずおれも挨拶することにするのだった。


  「まさか、連れて行くのか……? まだ子どもだろう。いくらなんでも早すぎるぞ……!」


  すると、男は責めるような口調でダグラスを問い詰める。

  男の隣にいた女もまた、もの悲しげな表情でおれを見つめるのだった。

  だが、ダグラスは慌てたようにしてこれを否定する。

  おれには何のことを話しているのかさっぱりわからなかった。


  「勘違いするな。家の外に出たいと言っていたから連れてきただけだ。もしよかったらフリンと一緒に留守番させておいて欲しい」


  ダグラスの話では、おれはフリンとやらと共にこの家で留守番させられるそうだ。

  すると、これまで暗い様子であった男は安堵の表情を見せる。

  女の方も安心したようで優しい笑みでゆっくりと頷いていた。


  「なんだ、そういうことか……。別に構わないぞ」


  そして、男は腰を落とし膝を曲げて、おれの目線に合わせる。

  すると、それまで男の背中に隠れていた少年が姿を現すのだった。


  「ヴェルデバラン、うちの息子と仲良くしてやってくれないか」


  男はおれの肩に手を置いて優しく語りかける。

  おそらく、彼の後ろにいるのが息子のフリンなのだろう。

  フリンは不安そうにしながら、初めて見るおれの様子を伺っているのだった。


  「わかった。おれの方からもよろしく頼む」


  おれは男からの頼みを快く受け入れるのであった。

  どうやら、これより先におれたちは連れて行ってもらえないらしい。

  まあ、最初はそんなに遠くまで連れて行かないと元々ダグラスも言っていたしな。

  おれは大人しくここでフリンと留守番をすることを承諾した。


  しかし、それでも今までに比べたら今日は大きな一歩を踏み出したと思う。

  この調子で少しずつ外の世界を理解していこう。



  そして、ダグラスとアルバート夫妻はどこかへと出かけ、おれとフリンの二人が家に残されることとなったのだった——。

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