8話 魔法習得(1)

  いつもと変わらない朝——。


  今日もダグラスはいつものように早朝から作業をしていた。

  おれはレイシアの作った簡易的なパンを食べ、庭でボーッとして過ごす。


  ダグラスは珍しく家の中で何かしているようで、今日は彼のなんちゃって剣術を見ることはできなかった。

  意外と見れなければ見れないで残念なものである。

  おれは元気よく奇声を上げながら懸命に剣を振るう父親の姿がけっこう好きなのかもしれない。


  そして、時間が経過してお昼ごろになると泥だらけとなったダグラスが姿を見せる。


  「やっと完成したぞ! 二人とも今から来てくれ」


  そうして満足気な顔つきで話すダグラスはおれとレイシアを家の地下に呼び出すのだった——。




  ◇◇◇




  そもそも我が家に地下など存在しない。

  家族三人で暮らすおれたちは平凡な一階建ての石造りの家に住んでいる。


  だが、なんとダグラスは地下に巨大な空間を造り出していたのだった。

  その空間は洞窟や鍾乳洞ようで、光が呑み込まれてしまうほど未知の奥行きがあってとても神秘的であった。


  その光景に思わずおれは言葉を漏らす。


  「見事だな。流石、剣術の才までも建築に振り切っただけのことはある」


  自慢気にしているこの父親をおれは素直に誉めてやるのだった。


  「ふんっ、ひと言余計だバカヤロウ! これくらい俺の手にかかれば余裕だってもんよ」


  「まぁ、レイシアが魔法の訓練場が欲しいって言ってたからな」


  そう話すダグラスはどこか嬉しそうであった。


  なるほどな。

  おれの魔法の訓練場としてレイシアがダグラスにお願いしたということか。

  しかし、随分と立派なものを造ってくれたな。


  おれはそんな父の愛が素直に嬉しかった。


  「ありがとう、ダグラス。立派な訓練場ね」


  「お前の様子を見てたら、つい張り切ってしまったよ。へへっ」


  レイシアからの感謝の言葉にダグラスは頬を緩ませ照れている。

  本当に仲の良い夫婦だことだ。


  おれはそんな二人の邪魔をしないようにして静かにしているのだった。

  そして、ようやく二人の話が終わりレイシアがおれに呼びかける。


  「それではダグラスが訓練場を造ってくれたことですし、さっそくここで魔法を教えましょうか」


  突然のことだったが、特におれは驚くことなく臨機応変に対応する。


  「わかった。それでまずは何を教えてくれるんだ?」


  「あら、随分とすんなりと受けて入れてくれるのですね。あなたにしては珍しいことです」


  いつもは何かと突っかかるおれだからな。

  レイシアはそんなことを口にするのだった。


  「そうですね、まず初めに魔法についての説明をしなければなりませんね。魔法には属性というものがあります。火属性とか水属性とか、闇属性とかね」


  「なるほど。属性か……」


  魔法にも種類があるということか。

  まあ、この10年間で魔法については多少見聞きしてきたからな。

  今さら不思議がることではないな。

  おれはレイシアの説明を続けて聞くこととする。


  「中にはどの属性にも分類できない無属性の魔法もありますが、基本は属性があると思っておいでください。そして、どの属性魔法が得意かというのは個人差があるのです」


  「ですから、私があなたに教えてあげられる魔法は闇属性が多くなってしまいますが、我慢してくださいね」


  どうやら彼女は闇属性魔法が得意らしい。

  それゆえ、おれは闇属性魔法を中心に教わるということか。


  「安心してくれ。おれは何だって構わないぞ」


  まあ、元々こちらから教えてくれと懇願したわけではない。

  特に覚えたい魔法があったわけでもなければ、受動的に教わっているだけだ。

  このことに不満などあるわけない。


  「よかったです……。それでは早速始めましょうか。これが闇属性の防御魔法——闇の壁ダークウォールです」


  彼女はそう告げると両手から漆黒の霧を出したかと思うと、その闇に包まれた霧で身体全体を覆い尽くす壁を生成するのであった。


  そして、魔法を解除して闇の壁を拡散させるとおれにもやってみなさいと言うようにジャスチャーをしてくる。


  「うむ」


  おれは見よう見まねでやってみる。


  「こうか……?」


  おれは魔力感知でレイシアが闇の壁ダークウォールを発動した際の魔力の流れを完全に把握していた。

  そうして、おれもまた彼女と同様に闇の壁ダークウォールを創り出す。


  すると、両手から漆黒の霧が現れた。

  おれはそれらを制御して、身体全体を覆い尽くす壁を生成するのであった——。


  「もしかしてとは思っていましたが、やはり無詠唱で魔法を使えるのですね……。まさかここまでとは……」


  レイシアは何やらボソボソと言っている。

  そういえば、レイシアは魔法を発動するときに魔法名を口にしていたっけ……。


  おれはそんなことを思いつつ、この闇の霧を壁のよう厚くしていくのであった。

  すると、彼女は満足したようで次の行動へと移る……。


  「それでは、その防御魔法が果たしてどれだけ効果を発揮しているのか試してみましょう」


  彼女が手をそっと振ると地面から砂が巻き上がる。

  そして、それらが収縮して鋭い土の剣が出来上がる。


  レイシアはその剣をダグラスにパスをすると、ダグラスはいつもの奇声をあげながらおれに切りかかってくるのであった——。


  「そいやーー!!」


  だが、所詮はダグラスのスピードだ。

  対処は容易であり、おれは迫ってくるダグラスの目の前に巨大な分厚い闇の壁ダークウォールを出現させる。


  「なっ……」


  ダグラスが持つ土の剣は闇の壁ダークウォールに弾かれて地面に転げ落ちた。

  そして、ダグラス自身もまた闇の壁ダークウォールにぶつかり衝撃で吹き飛ぶのであった——。


  ほう……。

  思ったよりも頑丈な壁ではないか。

  しかし、ダグラスには悪いことをしたな。


  おれは地面に転がるダグラスの様子を見てそんなことを思うのだった。

  そして、レイシアはというと——。


  「対物理は問題ないようですね——。では、対魔力の方はどうでしょう……」


  そんな声が聴こえたため、おれは声がした方へと振り向く。

  すると、そこには背後に闇の炎をいくつも出現させておれに狙いを定めたレイシアがいるのであった。

  その数は十個といったところだろうか。


  「もしかして、今度はそれを撃ち込むつもりか……?」


  そんなことは聞くまでもなく分かりきっていたおれだったが、魔力感知をしてレイシアの魔法を分析するために会話をしようと試みるのだった。


  「その通りです。すべて防ぎきると母は期待していますよ、ヴェルデバラン……」


  そして、おれは分析を完了する。

  短い時間であったが、対象がいくつもあったこともあり、かなり良い精度で分析をすることができた。


  レイシアの背後にある闇の炎はかなりの魔力を帯びており、それ一つですらおれが組み立てた闇の壁ダークウォール程度、いとも簡単に貫通することだろう。

  壁を分厚くすれば防ぎきることはできるが、この方法ではせいぜい2、3個が限度だ。


  そんな高密度の魔力を帯びている魔法が十個もあるのだ。

  普通に考えて、これは絶体絶命の場面であろう……。




  そして、レイシアは闇の炎をおれを目がけて同時に解き放つのであった——。

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