7話 ヴェルデバランの独白

  気づけばおれが《魔人》と呼ばれる怪物モンスターに転生してからもう10年が経過していた——。


  初めは怪物として生まれ変わってしまったことにショックを受けたものだが、今はそれほど気にしてはいない。

  それには今世での父ダグラスと母レイシアの存在が大きいだろう。


  いつも明るく家族を笑顔にしようと頑張る父ダグラス。

  空回りすることも多いが、それでもおれたちはそんな彼のことが大好きだ。


  おれはそんな彼を《父さん》とは呼ばず、ダグラスと名で呼ぶことにしている。

  これには深い意味は特にない。

  最初は『なんで父さんと呼ばないんだ!』とグチグチ言っていた彼だが、今では何も言わなくなった。

  後で母レイシアから聞いた話だが、どうやら今では逆に父さんと呼ばれた方が恥ずかしくて照れてしまうらしい。

  それを聞いたおれは彼にちょっかいを出された後は、時たま父さんと呼んでやることにしたのだった。


  そんな彼の趣味は剣術と建築のようで、いつも朝から剣を振っているか家の改築をしている。

  剣の腕前に関してはからっきしであり、おれはそんなダグラスの剣術をなんちゃって剣術と呼んでいた。


  はっきりとした記憶はないが、どうやらおれは前世では剣を扱っていたようである程度の闘い方は心得ているつもりだ。

  だからこそ、デタラメなダグラスの剣術を見ては思わずため息をついてしまうのだった。


  しかし、建築に関してはダグラスの腕前は素直にすごいと思っている。

  おれたちが暮らす家だけでなく、ここら一帯に暮らす魔人たちの家はすべて彼が建てたらしい。

  我が家は石造りの家で落ち着いた橙色をベースとしている。

  だが、彼は他にも木造建築や土を使っての建築もできるようなのだ。


  認めるのはどこか少し悔しいが、彼はとても秀でたモノを持っているのだ。

  それに家だけでなく庭の手入れも欠かさないまめな男なのである。



  そして、いつもおれとダグラスのことを一番に考えてくれる家族の精神的な大黒柱——母レイシア。

  普段の彼女はおっとりとした人で、家族であるおれたちにも砕けた話し方はせず、丁寧な話し方で会話をしていた。


  おれがまだ小さい頃、この事を疑問に思ってその理由をダグラスに聞いたことがある。

  どうやら、レイシアは厳格な家庭で育ったお嬢様らしく、家族に対しても気品ある振る舞いが求められていたそうなのだ。

  その時の癖がいまだ抜けておらず、ある日、もういっそのこと死ぬまでこのままでいいかと思い立ったらしい。

  そのため、おれやダグラスと話すときもレイシアは他人行儀のように振る舞うことがあるのだった。


  初めは違和感を覚えたおれだったが、彼女がおれたち家族に愛情を持ってくれているのはよくわかっているため、今では気にする事もなくなった。


  ちなみに、ダグラスと違いおれはレイシアのことをしっかりと母さんと呼んでいる。

  これはおれが前世の記憶を完全に取り戻す前からずっとそう読んでいたからである。

  きっと、父親らしい接し方をしてこなかったダグラスとは違い、彼女は母親らしくおれを育ててくれていたからこそ、昔からレイシアのことは母さんと呼んでいたのだろう。


  そんな彼女には趣味というものはないらしく、いつも家の窓から外を眺めているのであった。

  ダグラスのように外に出ないのかとレイシアに尋ねた際には、おれと彼女はこの世界で外に出るのは危険だから家の中にいましょうとのことだった。


  初めは何が危険なのか全くわからなかったおれだが、どうやらおれたち魔人は劣等種と呼ばれる存在のようで、優等種であるヴァンパイアから迫害される対象のようなのだ。

  そのため、子どものおれは基本的に家の外には出られず、彼女もおれのお守りとして家の中に閉じ込められている形であるそうだ。


  おれのせいで退屈な家の中でずっと過ごしているなんてと、彼女には申し訳ない気持ちで一杯である。

  そんな彼女は料理をしたり、洗濯をしたりするとき以外は庭を眺めるか、《魔王の大樹》を眺めているのであった——。



  だが、そんなレイシアもおれに魔法を教えるという話になった時には、珍しく笑顔を見せてくれた。

  きっと、家の中で何もする事のない日々に退屈して飽々あきあきしていたのだろう。

  だからこそ、おれはそんな母レイシアのためにも魔法の習得を頑張ろうと思うのであった——。



  そんなこんなで転生したおれは怪物モンスターになりはしたが、なんだかんだ楽しくやっている。

  不便なことは多いがそれでも不満は少ない。


  そして、世界とは広いモノなのだなと生まれ変わって改めて気付かされたものだ。

  前世では、学者たちがまだ未発見の大陸があるはずだと空想のようなことを騒いでいた気がする。

  そして、そこには未知の生き物や文明があるはずだと期待を寄せていた。


  まさか、おれ自身が生まれ変わって新大陸に来てしまうなんてな……。

  確かに、ここにはヴァンパイアや竜人といった魔法を使う怪物モンスターがいて、音と同じ速度で走れる馬がいて、魔王なんて呼ばれる王が治める国がたくさんあって文明を築いていた。


  できるものなら、一度かつておれが生きていた故郷に帰ってみたいものだ。

  おれは前世で何かやり残したことがある気がする。

  胸の奥で心がそう訴えている。


  きっと、かつての故郷に辿り着けばこのモヤモヤも晴れることだろう——。

  その為にも、おれは色々と情報を集めなければならない。

  魔法の習得も故郷に帰る役に立てばよいものだな……。



  おれはいつかこの怪物モンスターたちのいる世界から抜け出し、人間たちのいる元の世界へ戻ろう。

  そう心に決めるのであった。

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