5話 レイシアの想い(2)

  母レイシアは精霊王シャロンについて説明してくれた。


  「精霊王シャロン様は魔界史において最も偉大なるお方です。御方はかつて魔界中を巻き込んだとされる精霊体と魔族の大戦争霊魔大戦を終結させて、魔界に平和をもたらしたのです」


  「それから魔王という存在を創り出すことで、力なき者たちも魔王の庇護のもとで生きる道を見つけたり、かつて争い合った精霊体と魔族の生活圏を区分けたりすることを可能としたのです」


  なるほどな……。

  つまり、精霊王シャロンは平和の使者といったところか。


  《霊魔大戦》については昔レイシアに聞いたことがあった。

  天使と悪魔、そして精霊の三種族を一括りとした精霊体の連合軍と、ヴァンパイアや竜人、そしておれたち魔人といった魔族と呼ばれる種族の連合軍による大きな戦争があったという。

  その戦争を終結させ、魔王という存在を創り出したのもまた精霊王シャロンだと話す。


  ちなみに、今おれたちが暮らしている国はヴァンパイアの魔王が治める魔王国だそうだ。

  そして、国民のほとんどがヴァンパイアであり、おれたちのような魔人は少数だと、かつてレイシアは話してくれていた。

 

  「そして、御方自身も精霊たちを導く魔王となったことから、魔界史初の魔王として《原初の魔王》とも呼ばれたりしています。さらに、御方は長きに渡り、今もなお魔王として活躍されているのですよ」


  なるほどな。

  おれが傷つけてしまった《魔王の大樹》とは、そんな魔界史に名を残すような偉大な人物から贈られた国民にとって大切なものだったんだな。

  もしかすると、ダグラスが焦っていたのはこれが理由なのだろうか。


  「精霊王シャロン様を含め、他の魔王様のことを悪く言ってはなりません。敬意を示さなければならないのです」


  「それが私たち魔人がこの国で生き残る為に必要なことなのです。知りませんでしたは、ヴァンパイアたちには通用しないのです」


  レイシアは深刻な顔つきでそう語る。

  その話し方から察するに、ヴァンパイアというのはレイシアたちが恐れるほどの存在らしい。

  おれはまだ会ったことがないヴァンパイアに対して、興味を持つとともに警戒心もしっかりと持つことにするのであった。


  「そうだったんだな……。教えてくれてありがとう、母さん」


  おれはレイシアに礼を言う。

  これほどまでに彼女がおれに対して厳しくしつける理由がよくわかった。


  そして、レイシアは再度おれに忠告するのであった。


  「ですから、今日あったことはあなたの今後の人生において、誰にも言ってはなりませんよ。あの《魔王の大樹》を魔人が傷付けたなんてヴァンパイアたちに知られたら……」


  レイシアは用心深くおれを見つめて言い聞かせるのであった。


  「わかってるよ、母さん。誰にも言わない。それから、ヴァンパイアには注意するよ」


  すると、彼女は安心したようにホッと胸を撫で下ろす。

  それからいつもの優しい笑みが戻るのであった。


  「それとあなたには剣術ではなく、私が魔法を教えた方がよいのかもしれませんね」


  「えっ……。母さんがおれに魔法を……?」


  あまりにも突然の提案に、思わずおれは聞き返した。


  「安心してください。お母さん、こう見えても昔はけっこうすごい魔法使いだったんですよ」


  レイシアは優しく微笑んでそう語る。


  そして、彼女はその両手に炎を灯して見せてくれるのであった。

  レイシアの右手には紅蓮の炎の球が、左手には漆黒の闇の炎の球がメラメラとして燃えている。


  「ほぉ……」


  おれは素直に感心する。

  彼女にこんなことができるなんて知りもしなかったからだ。


  だが、はたして魔法なんて覚えたところで一体何の役に立つのだ?

  そんな手から炎を出すことがおれの人生を豊かにしてくれるのだろうか。


  おれもレイシアも家の中で生活する日々……。

  父であるダグラスはたまに出かけてきて食糧を持って帰ってくるが、魔法なんて使っている様子はない。

  早馬はやうまと呼ばれる前世では見たこともない速度で走る馬で出かけているようだが、魔法なんか覚えるよりもそっちの乗り方を覚えた方が有意義だとさえ思える。

  可能性があるとすれば、かつておれが暮らしていた故郷に戻る役に立つかもしれないということくらいか……。


  おれはレイシアの魔法に感心しつつ、そんなことを考えていた。


  「魔法が使えると便利なものですよ。それにいざという時に救われることもあります」


  母であるレイシアはどうやら本心からおれに魔法を勧めているようだ。

  いや、これは勧めるというよりも誘導されていると言った方がよいかもしれないな。


  おれはレイシアの瞳をじっと見つめる。

  すると、彼女はおれに笑顔で微笑み返してくるのであった。


  あぁ、これは折れる様子はなさそうだ。

  おれがお願いしますと頼むまでアレコレ理由を付けてくるに違いない。


  しかし、おれの勘違いということもある。

  一度ダグラスのことを話に出して様子を見てみるか……。


  「でも、勝手に決めていいのか? ダグラスはおれが剣術を教えてやるって豪語していたぞ。今のおれは剣術に打ち込みたい気分なんだ。まぁ、アレから教わることなんてないだろうがな……」


  おれは情けないなんちゃって剣術をしているダグラスの姿を思い出してしまい、最後に思わず本音を漏らしてしまうのだった。


  すると、それを聞いていたレイシアはクスクスと笑って楽しそうに話す。


  「大丈夫ですよ。お父さん、私には弱いので帰ってきて伝えたら必ず魔法を学ぶことを許してくれますよ」


  彼女はそう断言するのであった。


  確かに、ダグラスは彼女のお願いを基本的に断らない。

  いつもどんな理不尽でも何だかんだ言いながら聞いてしまうのだ。


  この前だって、レイシアがレシピを間違って作ってしまった激辛スープをもったいないからと言って全部飲まされていた。

  その前は、異常発生した庭の雑草取りと害虫退治だって……。


  そんなダグラスのことだ。

  レイシアからのお願いとなれば承諾する以外の選択がないだろう。

  おれの運命は決まってしまったということだ。


  「それとお父さんはスキルがないので剣術に向いていないんですよ……。だから、あなたに教えてあげたくても難しいのよ……」


  「でも、それでもお母さんはそんなお父さんの頑張る姿が好きなんです。ですから、そんなお父さんの代わりに、私ができることをあなたに伝えたいのです」


  レイシアはにっこりと笑っておれに愛情を伝える。


  「そっか……。そういうことならば仕方がないな。母さんから魔法を是非教えてもらおうではないか」


  実は魔法というものに興味はあった。

  ただ、実用性はないだろうと思っていたからこそ習得に時間をかけることを無意味だと思っていた。


  しかし、ダグラスとレイシアの想いを知ってしまった今は違う。

  彼らのためにも、少しばかりやってみようではないか。


  そして、おれは母レイシアから魔法を教わることとなったのだった——。

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