4話 レイシアの想い(1)
いつもと様子、違ったな……。
おれは椅子に座って、ダグラスのことを思い返す。
あんなに真剣で切羽詰まったような彼の姿はこれまで見たことがなかった。
もしかして、おれが何がやらかしたのか……?
そんなことを考えていると、おれと一緒に家に入った母レイシアが突然尋ねてくる。
「ねぇ、一体何が起きたのですか……?」
状況を未だ理解できず、とても心配そうにしておれを見つめるレイシア。
こんな彼女の姿を見るのもまた初めてだ。
いつもレイシアは温かい笑顔でおれを見守ってくれている。
そんな彼女が今にも倒れてしまいそうな様子で不安がっているのだ。
おれはレイシアに事の
「実はな……」
そして、おれはダグラスと剣を交えることになったことや、魔剣を使って大樹を傷つけてしまったことを心配する母レイシアに話すのであった——。
◇◇◇
「まぁ、そんなことがあったの……」
彼女は途中で何度も驚いた様子を見せながらも、おれを叱ることなく、最後まで静かに話を聞いてくれた。
ダグラスがおれに剣術の勝負を挑んできたこと。
それからハンデと言って魔剣を渡してきたこと。
そして、勝負が始まって魔剣を振り抜いたら斬撃が出て大樹を傷つけたことを全て話した。
最後まで聞き終えたレイシアはおれとダグラスが無事だったとわかるとホッと息をつくのだった。
「でも、あなたとダグラスが無事でいてくれてよかったわ」
レイシアは心からそう思っているようで、安堵の笑みを浮かべる。
そんな彼女はいつもの堅苦しい語りではなく、珍しく砕けた話し方をしていた。
「怒ってないのか? あのでかい木はおれらにとって大切なものなんだろ」
おれはレイシアに尋ねる。
今のおれにとって、そのことだけが気がかりだったからな。
すると、彼女はあの大樹について語り出す。
「確かに、あの《魔王の大樹》はこの国において、国宝のひとつにされていますからね」
「しかし、《魔王の大樹》なんて名前が付いていても所詮は木に変わりません。いつかは朽ちて枯れてしまいますし、何か起きて傷つくこともあるでしょう」
「魔王様には悪いけど、わたしにとってはあの大樹よりあなたたちの命の方が大切なのよ」
レイシアは母として、そして妻として本心からそう語った。
その言葉を聞き、おれも安心する。
「そうか……。母さんが悲しんでいないのならよかった。母さん、いつも家の中からアレを見つめていたからな」
レイシアはいつも家に籠っている。
それこそ、おれ以上に家の外に出ることはなく、庭にいる彼女の姿は記憶を辿っても数回しか覚えがない。
そんなレイシアが家の中で窓からいつもあの大樹を見ているのがおれは印象的だったのだ。
「窓から見える景色ではあの《魔王の大樹》が一番見てて飽きないですからね。それだけの理由です」
レイシアはクスリと笑って恥ずかしそうに語る。
そんな彼女におれは一つの疑問を投げかけるのだった。
「でも、何であの大樹はそんな特別なものとされているんだ? おれからしたら、ただのでかい木にしか見えんぞ」
おれの言い方がおもしろかったのか、彼女は声を漏らして笑う。
そして、いつもの威厳ある堅苦しい口調で説明し出す。
その姿は母といえど、実に可愛らしいものであった。
「ふふっ……。確かに、あなたからしたらただの大きな木なんでしょうね。でもね、この国のヴァンパイアたちにとっては価値あるものだからこの機会に覚えておいてください」
「あの木はね、この国を創った最初のヴァンパイアの魔王様が、精霊王シャロン様から贈ってもらったそうなのよ」
「ほお……」
精霊王シャロン——。
誰だかは知らないが、なぜかその名前はおれの心に響くものがあった。
この心のモヤモヤを解消すべく、おれは単刀直入にレイシアに尋ねる。
「だれなんだ、その精霊王シャロンというやつは?」
だが、これがいけなかったようだ。
おれの言葉を聞いたレイシアの表情が一気に強張る。
「ヴェルデバラン……」
「んっ、どうした?」
静かに、しかしよく響く声でおれの名前を呼ぶレイシア。
彼女の機嫌が損なわれたことはおれにもわかる。
だが、未だにレイシアが不機嫌となった理由がおれはわからないでいた。
すると、おれを諭すような口調で彼女は語りかけるのだった。
「以前も話しましたが、私たちはこの国において力なき存在です。ですから、力を持つ者たちの機嫌を損ねるような言動はしてはいけません。簡単に殺されてしまいます」
「そうだったな……」
ここでおれは思い出す。
おれたち魔人は虐げられている劣等種族であるということを……。
そして、この国を治めているヴァンパイアたちの機嫌を損ねるような言動はけっしてしてはいけないと……。
「あなたを失いたくないからこそ、私は厳しくしようと思います。こんな力なき母の子どもとして産んでしまったことを許してください……」
レイシアは母としておれが外に出ても困らないように愛を持って接してくれているのだ。
それがおれにもよく伝わってくる。
これが親としての彼女のしつけであり、教育なのだろう。
だからこそ、おれも誠意を持ってこの母に接することにする。
「母さんが謝ることじゃない。無知なおれが悪いんだ。それで精霊王シャロン様ってどんな方だったんだ?」
おれはそう言い直してレイシアに再び質問をするのだった。
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