3話 大樹の剪定

  おれの放った斬撃は漆黒の闇を帯びて、遥か彼方にある大樹に衝突した。


  ここから見てもその巨大さが伝わってくる大樹は、おそらく高さは数キロメートル、根元の周囲は数百メートルあるのではないだろうか。

  それに確か、あの大樹は樹齢2000年はくらいとおれの母であるレイシアが言っていたな……。


  そんな立派な大木であったがおれの放った斬撃によって幹が傷つき一部の枝が切り落とされたみたいだ。




  ドォォォォッッッッン!!!!




  切り落とされ、地面に衝突した枝葉の音が遅れておれたちのもとまでやってくる。


  まあ、あんなバカでかい大樹なのだ。

 剪定せんていするやつもそうそういないだろう。

  それをおれが無償でやってやったということに是非とも感謝して欲しいものだ。


  そんなことを思っていると、騒ぎを聞きつけた母のレイシアが慌てふためき家から出てくる。


  「いったい、なにごとなの……?」


  突然、大地が少し揺れるとともに大きな音がしたのだ。

  彼女の反応も自然なものだろう。

  だが、レイシアは大樹の傷についてまだ気づいていないようであった。


  すると、驚きのあまり言葉を失っていたダグラスであったが、おれに向かってようやく言葉を発するのであった。


  「おい……ヴェル……」


  「なんだ? 勝負はまだついていないってか。だが、今のアレを直撃したらダグラスは消し炭になっちまうぞ……」


  おれは父であるダグラスの身を案じてそう助言する。

  実力差は明白であるし、これ以上やるのは無意味だとわかっているからだ。


  まったく……魔剣なんていうとんでもない武器をおれに与えるからこんなことになってしまうのだ。

  カッコつけてハンデなんて言わずに正々堂々と勝負をすればよかったものを……。


  あれ……そういえばもう苦しくないな。

  先ほどは魔剣にどんどんと魔力が吸い取られて結構苦しかったが、いつの間にかいつも通りに戻っている。

  つまり、魔剣による魔力消費は一時的なものなのか。


  おれは魔剣が持つ力に驚きながらそんなことを考えていた。


  「馬鹿野郎! 勝負なんてもうどうでもでいい、お前の勝ちだ。それより、なんだ今の黒い斬撃は!?!?」


  ダグラスは興奮しておれに尋ねてくる。


  いや、興奮ではなく切羽詰まった焦燥感だろうか……。

  何やらいつもと様子が違って迫真の声である。


  「なんだ? 今のが魔剣とやらの力ではないのか」


  今の斬撃はハンデとして与えられた魔剣の能力ではないのか?

  だが、ダグラスの反応を見る限りどうやらそれは違ったようだ。


  「はぁぁぁぁぁあ!!!!????」


  彼はまるで信じられないモノを見たかのようにして愕然とする。


  「魔力を込めて魔剣を振ったら今のが出た。それだけだ」


  おれは正直にありのままを話した。

  そして、さっきやったのようにダグラスの前で剣を振ってみる。

  ただ、もちろん先ほどとは異なり魔力を込めるような真似はせずにだ。


  すると、ダグラスから借りていた魔剣がポキッと折れる。


  「あっ……」


  おれは思わず声を漏らす。


  「なっ……!?!?」


  この事にダグラスはまたもや驚くのだった。


  なんだか忙しいやつだな。

  魔剣なんてたいそうな名前は付いているが所詮は剣であろう。


  消耗品であるのだから、刃が傷つくこともあれば折れることもある。

  なんちゃって剣術しかやってこなかったダグラスはそんなことも知らないのだろうか……。


  おれは過剰にする父ダグラスを冷静に分析するのであった。


  「ぐっ……。とにかく、お前たちは家の中に戻ってろ!!」


  すると、ダグラスは真剣な表情でおれと母のレイシアに呼びかける。

  あまりに唐突なことのため、付いていけないおれとレイシア。


  「ダグラス……」


  レイシアはそんなダグラスの様子を眺めてつぶやいた。


  しかし、いつもおちゃらけているあのダグラスがここまで慌てているのだ。

  何かしら理由があるのだろう。

  ならば、ここは彼の指示に従うべきか……。


  「母さん、一緒に戻ろう」


  おれはレイシアにそう告げて家の中へと戻るのであった。

  そして、ダグラスはおれとレイシアが家の中へ入っていくのを見送ると、どこかへ出かけていってしまった。


  それからおれはレイシアに怒られると思いながらも、先の一件について彼女に説明するのであった——。




  ◇◇◇




  《ダグラス視点》


  何が起きているんだ……。

  ヴェルデバランのやつ、とんでもない事をしでかしたぞ……。


  俺は早馬を走らせながら一人悩むのであった——。


  ヴェルデバランが魔人の中でも魔力に恵まれているのは知っていた。

  アイツが生まれたとき、レイシアが嬉しそうに話しているのを今でもよく覚えている。


  だが、それでもあの斬撃はないだろう……。

  いくら魔力を貯蓄できる魔剣だからといって、10歳の魔人が扱える技じゃなかったぞ。


  こいつはとんでもない逸材に違いないな。

  とてもじゃないが、俺とレイシアで育てるには手に負えない存在となるだろう。

  というか、既にもうなっているのかもしれん……。


  それに魔剣を破壊するなんて聞いたことがない!

  いくら古びたオンボロの魔剣だからって、魔術錬成師が打った正真正銘の魔剣だぞ。

  それを一振りで粉砕するほどヴェルデバランの魔力量は凄まじく、また魔力の制御に優れているというのか。

  とてもじゃないが信じられん……まだ10歳だぞ……。


  規格外の息子のことをあれこれ考えていると、《魔王の大樹》が少しずつ近づいてくる。

  流石、音速で走ることができる早馬だけある。

  ダグラスはそんな早馬に振り落とされないようにしっかりと手綱を握りながら思考にふける——。


  ヴェルデバランのことはまた後で考えればいいか。

  今はそれ以上に問題なことがある。


  《魔王の大樹》が傷付けられた今回の件が、俺たち魔人の仕業だとなったら……。


  どうにかして誤魔化すしかないだろう。

  そうでなくては俺たちだけでなく、この国に暮らす魔人たちの存続に関わるのだ。


  俺は最悪の展開を想定して身震いしながら、ヴァンパイアたちが生活する貴族街へと向かうのであった。

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