15. 仮想現実空間との通話 零とフィリップ
「自分が敵なら、確実にチャーリーⅠを攻めに行きます。あそこはメインアイランドに増築に増築を重ねている構造です。ブラボーⅠやⅡのように離れ小島として存在するサブアイランドで逃げるわけにもいかず、私の計算では全員の避難は不可。構造も脆弱です。攻め込みやすい」
(だが、ゼノンにとって仲間がほぼいないとすれば……どうなるんだ)
チャーリー船団は船体が円柱状で、回転することによって重力を生み出す原始的な仕組みの船だった。ブラボー船団のようなバイオ船とは一線を画し、完全なる人工物でできた船である。
そして、非常に保守的な船でフルサイボーグ化は認められていなかった。
きょうだいであるポラリスもゼノンから熱烈な勧誘を受けていると聞いてはいたが、圧倒的に仲間、つまりサイボーグが少ないとゼノンも気づいているだろう。
襲われたら容赦なく沈められてしまうのではないかとサミーは予測した。
「自分の船団も守れなかったジャンクの意見なんて聞きたくない。大体なんだ、お前がブラボーⅡに残って後始末をしていたらこうはならなかった! 大統領閣下、このジャンクをなぜこの場に参加させるのでしょうか? 人類にとっていいことなど一つもありません。私は閣下のために進言しているのです」
ブラボーⅠのメインアイランドを敵にごっそり持ち逃げされてよほど気に食わなかったようだ。
挙句、心中してくればよかったのにと言ってくる有様である。
サントス大統領も、彼を補佐するパク大将も表情こそ変わらないが、心拍数やこめかみに僅かに光る汗を見る限り、かなり困り果てている。
なんてこった。こういう時、人間という生き物はため息をつくのだろうとサミーは容易に想像できた。
***
「ドルフィン、大丈夫かな……」
フィリップがアサクラ邸に帰ったところ、いつもドローンでブンブン飛び回っているドルフィンの姿が見当たらない。ミラはまだ帰ってきていないようだ。
ならば家主であるリュウに聞こう。昨日までずっと研究所にいたが、今朝から彼は屋敷に戻っていた。
「あの、リュウさん。ドルフィンとミラっていないんですかね?」
「零のドローンなら帰ってきて部屋に飛んでいったね。ミラなら夕飯はいらないって連絡あったところだよ。ハウスキーパーの連絡網に入ってた」
きっと、クリムゾン夫妻と食べてくるつもりだ。もしかしたらスミルノフ夫妻とも一緒かも知れない。
そうか、今日はここにミラはいない。ドルフィンが心配だった。
フィリップはとりあえず自室として使用している部屋に戻って腰を落ち着ける。
(電話するか……)
意を決してフィリップは電話をかけてみた。
ドルフィンはワンコールで出た。
「悪かったな、なんだかあそこまで否定されると思わなくて、思った以上にへこんだ」
「あの後、言い過ぎだって俺も言ったんですよ。謝ってほしいって。だってあんな……」
「気にするな、サイボーグへの扱いなんてあんなもんだ……俺、今仮想現実空間にいるからモニター繋がないか?」
「あ、了解。ちょっと待ってくださいね!」
フィリップは慌ててモニターの電源をオンにした。目の前に、ソファの上に立膝でおまけに頬杖までついてだらしのない格好をしているのに、それでもどこかさまになる男がいた。ウイスキーの瓶とグラスがある。
ヤケ酒していたようだ。
フィリップは、ドルフィンが真面目で堅苦しいだけのつまらない男ではないことをここ一ヶ月ほどで把握していた。
「お前の兄貴みたいなもんだろ。それからミラの。今もファミリーネームを変えずに堂々と生きて立派に大学にいる。挨拶したいと思ったんだ。ああ、俺もっと上手いことやれたよな大人げなかったよな年下相手に」
「いや、ずっと友好的に話しかけてたドルフィンに対して、不機嫌撒き散らしてたのはシュンイチです。ドルフィンは頑張りましたよ……その辺の短気な海兵あたりならぶん殴ってるって」
「ぶん殴れる腕がありゃ俺だってな……いや、殴らんけどな!? ムカつきすぎて頭の血管切れるんじゃないかと思った本当に。あれでも我慢した」
(その身体で脳内出血したら今度こそお陀仏だよ……)
実際、ドルフィンは頑張ったと思う。家柄がどうだ、年齢がなんだ。挙句の果てには仮想現実空間で遊んでるんだろと言ってはいけないことのオンパレード。
ドルフィンがミラと付き合うことに対して、今も悩んでいることをフィリップはよく知っていた。
一緒に組むことが決まった時、こうしてモニターで繋いで酒を飲んだのだ。
ソックスのドッグタグをそばに置いて。
その時、ドルフィンはミラにもらったというブレスレットをいじくり回しながらぼそりと言ったのだ。「なあんで俺、リアルの女の子好きになっちゃったかなぁ」と。
(でも、そんなのわかってても好きなんだよなぁ……、どうにもならないよな、こればっかりは)
「でも、あいつの気持ちもわかるよ。俺にもしも妹がいてさ、俺みたいな変な男と付き合ってますって紹介されたらまあ怒る。あいつの行動は正しい」
「正しくない正しくないって! ドルフィン目を覚ましてくださいよ! あんたが変な男って!」
そう言えば、ドルフィンは自重気味に笑った。
「思い出せよ。お前、俺のことどう思ってた? 得体が知れないとか、不気味とか、そんな風に思ってただろ? それが普通の反応だ」
頬を張られたくらいの衝撃。かつての自分を思い出し、フィリップは恥いることしかできなかった。
俯いて声を絞り出す。
「……すみません」
「責めてるわけじゃない。謝るな。別に今は構わないよ、今のお前とはうまくやっていけそうだし……でもあれが至極真っ当な反応だ」
「そんな! そんなこと!」
「手帳一級持ってる障がい者だって、触れたり話したり、目で見つめあったり、同じ空間で同じ空気を吸ったり……全部できなかったとしても、どれかしらはできるもんだ。でも、何もできない……俺は機械と繋がってやっと話ができる始末だ。一般の人間にしてみたら、もう俺みたいなのは人間とは呼べないんだ。それが妹と付き合ってる? 反対するに決まってるだろう。しかも家柄もめんどうくさそうな一家だ。パパラッチに追いかけられるに決まってる……いや、もうあれだけ追いかけ回されたしな」
フィリップはなんと言って彼を慰めてやればいいかわからなかった。
自分はきょうだいたちの中で誰よりも一般人に潜り込める容姿。自分では彼の気持ちに寄り添ってやることは不可能なのかもしれない。
「おい、そんな顔するなよ? 俺が言いたいのは、お前は気にすんなってことだ。お前が俺たちと仲良くなりすぎたんだ。あれが普通」
カナリアに相談しようか、ホークアイもいいかもしれない。最近はホークアイとも結構仲良くなった。
しかし、重要なことを思い出した。
確か今日はカナリアは入院しての大掛かりな検査。ジェフもそれに付き添っているし、ホークアイはAWACSの数が足りないからと早々に軍事演習に引っ張り出されて三日間不在。
彼の場合、一般的な数多いるパイロットと違い求められる仕事は明白で、それゆえに人事が動いたのも早かったのだ。早速、宇宙警戒管制大隊の配属となって少佐として復帰していた。
平時ではばらばらのタイミングで任官するなんてあり得ないが、今はそんなご時世ではなかった。
「わかったか? 本当に気にすんなよ。これを気にして兄貴と仲違いするんじゃないぞ。いいな、あいつの思うことも尊重してやれ」
「……はい」
「あと、ミラに余計なことは言うな。俺が話す。ま、クリスマス正月開けてからだけどな」
「わかりました……」
フィリップは声を絞り出すことしかできなかった。
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