14. 中華料理屋 ソジュン イチカ 中央大学 フィリップ 零 俊一
ブラボーⅡが落ちて、はやひと月が経過した。
新たに軍のトップ、新統合参謀本部長に任命されたソジュン・パク大将はイチカ・アイカワと久しぶりに会食する機会を得た。
ブラボーⅠとⅡは統合軍として再編成することが相成った。
元々両親は北朝鮮の出身で、脱北して韓国に渡り、その後親戚のつてで日本に渡り、元々朝鮮半島出身ということで色々と辛酸を舐めることも多かった。しかし、日本にいたからこそ日独が共同で立ち上げたプロジェクト、ブラボーⅠ船団に乗り込む機会を得た。
ブラボーⅠは日系人なくては成り立たないし、おそらくアサクラ夫妻が乗ることになっていなければ成立しなかった船団である。
そして、彼は日本という国に関しては思うところはいくつかあったが、アサクラ夫妻が個人的に嫌いではなかった。
「うちの孫をよろしくね」
「ええ、心得ております。ところでお住まいに滞在している面々が他にもいるようですが……?」
「ミラちゃん、フロー君。二人とも優秀な軍人だと聞いているねぇ」
「二人の噂はかねがね……」
実験室の被験者、ミラ・スターリング大尉。サイボーグシップであるAWACSのフローリアン・ミュラー少佐。彼らの人事には口を挟もうと思っていた。
彼らなしに、この戦役を語ることはできない。
レイ・アサクラと双璧を成す撃墜王、ミラ・スターリング。一般の管制官とレーダー技師、今や合わせて実に七人分の働きをすると聞くサイボーグ。フローリアン・ミュラー。
「それから、ずっとうちの孫を診てくれているジェフ君ね、それから、サイボーグシップのエリカちゃん、整備士のキャシーちゃん、パイロットのフィリップ君」
「ええ、皆存じてます。ゼノン戦役は彼らの活躍をなしに語れません。セキ医軍少佐はサイボーグシップ医療の権威です。大学病院と軍、どちらが彼を取るかで水面下で大げんかになっている人材ですよ。他の面々も悪いようにはしません」
「あら、そうなの? まあ、いずれにせよ、気にかけてくれたら嬉しいねぇ」
イチカはそう言って旨そうに紹興酒を口にした。
彼女はこの中華料理屋を気に入っているようであった。ああ、店の選択に間違いはなかった。そう思ったソジュンであった。
***
「お前さぁ、ミラが俺と付き合ってるの知っててこうも挑発してくるの何?」
ドルフィンは目の間の男をカメラでじっと見据えてホバリングしていた。
一触即発の雰囲気を感じたフィリップはあわあわ混乱することしかできない。
「お前こそ後からぽっと出てきてなんだよ。家柄以外に取り得ないだろ?」
唯一の同席者であったフィリップは叫びたくなった。この二人、会わせちゃ絶対にダメだった。だが、今となっては後の祭りである。
大の大人がここまで言い争っているなんて滅多にない。フィリップは止めることもできずに目の前の事態にただただ混乱しきりであった。
「今までもなんか刺々しいと思ってたよ。ミラが席を外した途端にこれか。いやあ、由紀さんは上品でマナーもなってて教養深くて尊敬できるすっっごくいい人なのにお前はとんでもないなぁ。歳上に対する敬意ってのはないのか? 親子って似ないんだなぁ。驚きだ!」
「はぁ? ミラが食いしん坊だからってそこにつけ入りやがってなんなんだお前? はらえる敬意なんてあるかクソ野郎! 料理だったら俺もできる。なんたって母さん直伝だからな! こちとらミラと同じ飯を食って育ってんだよ!」
ミラはユキとドルフィンが仲良くなったので、ドルフィンとシュンイチを引き合わせた。
いや、ドルフィンがシュンイチに会いたいと言ったのだ。
なんだか若干刺々しい空気ながらも最初はミラがフォローに入り問題なかった。だが、ミラは仕事の話でクリムゾンに呼ばれて出ていった。それからが地獄だった。
(ヤベェ……数ヶ月前のドルフィンと俺だ……。いや、それよりひどいかも。ミラ、こんな気持ちで見てたのか。ミラと同じ飯食って育ってるってのはマジで言っちゃダメだ……)
今やドルフィンはユキが作った食事の味見も満足にできないのに、なんて酷いことを言うんだろう。
彼は気づいた。シュンイチは多分、ミラに気がある。きっと昔から。
迷惑だ。やめてほしい、自分はどうすればいいのだろう。
あの頃の自分は幼すぎて気づいていなかったが、多分シュンイチはずっとミラのことが好きだったに違いない。
完璧に板挟みであった。
「ちょっとちょっと、ミラがいなくなったからって喧嘩すんなよ二人とも!」
「フィリップ、お前どっちの味方なんだよ?」
「え、俺!?」
シュンイチに問われ、フィリップは困った。シュンイチは大切な兄のような存在だ。ドルフィンだって、あんなボンボンなお育ちの割にはちゃんとしていてミラを任せるに足る男。
だが、フィリップはこれからケーニッヒライダーに転向し、ドルフィンの機体のオーバーホールが終わり次第彼のウィングマンになることが決まっていた。アサクラ一家にも世話になっているし色々な経験をさせてもらっている。それに何より、彼はパイロットとしても一流だ。答えは決まっている。
「ミラがドルフィンを好きなんだ。ドルフィンは仕事もできるし、いい奴だ。俺はミラがドルフィンを好きな限り、二人を応援する」
「ほらみろ、お前こそぽっと出だろうが黙って指咥えて見てやがれクソガキが! 俺には咥える指もないからな、咥える指がある五体満足な自分に感謝しろよなこの野郎!」
(ドルフィン、キレ散らかしながらも障がい者ジョーク混ぜてくるのなんなの……)
昼下がり、シュンイチの所属する大学のカフェテリアのテラス席。クリスマスも直前だし、こんなご時世なので休講だ。他に人がいないのが幸いだった。
困り果てたフィリップは合成ビーフパテのハンバーガーを齧ってコーラで喉を潤した。
美味しい、とてつもなく美味しい。シュンイチとドルフィンがこの有様でなかったら最高なのに。
「誰がクソガキだてめぇ!」
「お前何? ミラに気があるんか? 俺の彼女なんだから口出しすんなこの野郎!」
「うるせえぞ! 35のおっさんが黙ってろよ! お前が昔女を取っ替え引っ替えしてたのは知ってんだよ! 婚約者もいたんだろうが! どうせ今も仮想現実空間で遊んでんだろ!」
「誰がおっさんだ! 遊んでたまるかこの野郎! 昔のだって、ほとんど週刊誌の出まかせだ! 今の俺にはミラ以外はジャガイモとカボチャにしか見えねぇよ!! あんな強くて健気でかわいい小鳥ちゃん差し置いて他の女と遊ぶわけがないだろ!」
周囲には依然ひとっこひとりいなかった。自分達だけ。それが余計に悪かった。
二人とも遠慮して言葉を選ぶ人間ではない。そう、遠慮するのはミラに対してだけだ。フィリップは嘆息した。困り果てた。もはや泣きたい気分だった。
(もう助けて……ミラ……)
かつての婚約者の話は詳しくは知らなかったが、ドルフィンには効果てきめんだったようだ。それから年齢差のこともおそらく気にしていたのだろう。
彼はそれきり何も言わずに飛んでいってしまった。
フィリップは言葉を選びながらシュンイチに向かって口を開いた。シュンイチは明らかに言い過ぎであった。
「ドルフィンだって、あんな身体になって社会復帰して……元々富と名誉に見た目もいい、何もかも持ってるボンボンだったのに身分隠して武者修行できる根性もあって、本当、ちゃんとした奴なんだよ。これ、まじですごいと思ってるよ。それに俺、本当にパイロットとして尊敬してるんだ。自分の命預けて一緒に飛べるのは教官で上官だったクリムゾン、ミラとドルフィンと、それからサミーだけだ。腕も最高なんだよ。今だって新しい技術のリハビリ頑張ってる。なあ、シュンイチ……」
フィリップはドルフィンが隙間時間をぬって人工声帯のリハビリに取り組んでいることを知っていた。ジェフによると相当頑張っているらしい。なんとかクリスマスまでにミラにお披露目したいようなのだ。
そんな男を応援しない人間などいるだろうか?
「そんなことはわかってる。だからって、それを使ってミラの同情を引いたんだろう」
「いやあまあ、そこに惹かれたのは少なからずあるだろうけど……でもさぁ」
フィリップは困り果てた。心から好いている数少ない男たち二人が仲違いして、心の中でおいおい泣いた。
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