13. 洋食店 メディアの突撃

 扉が叩かれて、デザートと飲み物の入ったポットの乗ったワゴンがやってきた。そのワゴンの下段にレイのドローンがあった。


「京香様、御令息をお連れしました」

「ほんっとうにごめんなさい、表も大騒ぎみたいで」


 その男性は、テーブルにクロスを敷いてドローンを丁寧に置いた。


「大丈夫です。もうランチタイムは過ぎていますからほとんどお客様もおらず……、ああ、申し遅れましたお嬢様、店長の宮原と申します。デザートをお持ちしました」


 ミラはお嬢様と呼ばれて目を白黒させながら挨拶した。

 テーブルに流れるような動作でブランデーケーキと紅茶、コーヒーがサーブされた。


「外はお気になさらず、ごゆっくりお過ごしください。大丈夫です、この建物は実は地下で隣の銀座屋と繋がっております」


 その後、失礼します、と言って彼は去っていった。


「あんたその辺ブンブン飛び回ってたわけ?」

「散歩してたんだよ。そしたらやたらこの店の周り人だかりできてるし、よく見ればみんなカメラだのマイクだの持ってる。おいおいってなってな」


 絶対嘘だなとミラは思った。多分、心配して飛んできたのだ。おそらく、ずっとこの建物が見える場所にいたのだろう。

 でも、そんなことは今のミラにとってどうでもよかった。

 目の前に美味しそうなケーキがあったからである。

 ミラはいい加減我慢できなくなって、小さく手を合わせてフォークをブランデーケーキに伸ばした。


 目の前のケーキが食べたかったのである。


「美味しい?」

「美味しいです! 濃厚なのにくどくないです! 一口いかがです?」

「あら、じゃあ貰っちゃうわよ〜!」


 女性同士キャッキャしているのを見て、レイが胸を撫で下ろしていることをもちろんミラは気づいてさえいない。「母さんがミラにあーんされてる……見せつけんなよ」とレイがイラついていることなど知りもしない。


「さて、どうする?」


 ケーキを食べ終わり、茶も飲み干した時だ、突然ドローンからそんな言葉が発せられた。


「どうしようか、こそこそするのもなぁ……」

「表から出るなら、俺がしゃべる。今の俺たちは戦時下の軍人だ。あんまり張り付かれると任務に支障をきたす」

「確かにその通りね。元々公務員ってあんまり追いかけられることもないし。だからあんた、軍に入ったの?」

「それは大いにある」


 レイは昔から悩まされていたのだろう、メディアにも散々追いかけられていたはずだ。

 ミラは決心した。ここは腹を括る時だ。


「じゃあ、私は手袋しないで出ます」

「ミラちゃん、いいのよそこまでしなくって!」

「そうだぞミラ!」

「でも、それが誠意だと思う……で、言うんだ。真剣交際してるから放っておいてほしい、仕事にも差し支えるからって。そうでしょ?」

「奴ら切り取り報道するからなぁ……話は短く完結に、切り取り不可なレベル! ってのを心がけないとだめだ。任せて、今日は俺が対応する。ミラは俺を抱っこしてくれたらいい」


 むう、難しいか。ならば今日はレイに任せよう。ミラはそう思ってむっつりと頷いた。

 向かいのキョウカが冷めきっているであろうコーヒーの最後の一口を飲み干した。



 表に出ると、ものすごい数の人間が集まっていた。その向こうにはなんだろうと足を止めた一般人。ミラは足早に迎えのリムジンに向かった。

 押し寄せてくるカメラとマイクを持った報道陣。キョウカに制されて足を止める。


「ごめんなさいねぇ、今日はプライベートなの。うちの息子のかわいい彼女ちゃんと食事して」

「零さんはいつ退院されていたんです?」「お二人の出会いはどこですか?」「サイボーグと一般人だと何かと色々と障壁がありそうですが」「実験室出身とあっては、あのテロの被害者の零さんは思うこともおありかと、交際のきっかけは?」


 ミラは内心ムッとした、あまりにもデリカシーがなさすぎる。気にしていることを言わないでほしい。すると、胸元に抱えていたレイのドローンが言葉を発した。


「久しぶりだ。俺が零だ。ドローン越しで申し訳ない。真剣交際しているのは事実だ。俺たちは軍人、場合によっては任務に関わるからそっとしてくれたら嬉しい」


 ミラはぎゅっとドローンを抱いたまま頭を下げた。5秒、10秒。あたりが静まり返った。


「ミラちゃん、いくわよ」

「はい!」


 ミラは頭を上げてそう答え、リムジンにそそくさと乗り込んだ。

 腰を下ろすとタイミング良く車は滑るように走り出した。


「ふう、乗り切ったわね。あれはありかも。いきなり頭を下げられるなんて思わないし、日系人が多いブラボーⅠの面々なら一瞬圧倒されるわね」

「フォロー、ありがとうございます」

「本当零には勿体無いできる子じゃない? うちの社員にならない?」

「冗談はやめろ」

「いやほら、テストパイロットとかして貰えばいいじゃない?」

「ふざけんなよ、それは軍人の仕事!」

「だから軍に席置いて出向してこないかってオファーよ」


 自分の承知しないところでどんどん話が進んでいる。困ったものだ。

 変な汗が今になって伝う。


「ミラちゃん、冗談だからそんなに困った顔しなくてもいいのよ? あ、ジャック、ティアガルテンに行ってくれない? せっかくだからクリスマスマーケットでミラちゃんと遊びたくて!」


 いいわよね? とキョウカの目がこちらに走った。ミラは言葉もなくブンブン頷いた。


「そこのおばさん、ミラを振り回すなよ」

「誰がババアよ!」

「だからそこまで言ってないって!」


 ミラは思った。この掛け合いも二人の風物詩のようなものだ。レイはわざとキョウカに「おばさん」と言っているのだ。それをわかっていてキョウカも「誰がババアよ」と返している。

 

(仲良しだなぁ……)


 30過ぎた男性が母親を大事にしているのもなかなかないだろうが、それでいて彼は母親から自立している。母親がいないながらも、二人はいい関係なのではないかなぁとミラは思っていた。


「ミラちゃん、クリスマスマーケット、どう? 奢るわよ!!」

「お、奢っていただかなくてもいいですが……ちょっと見たいです」


 ドイツ風のクリスマスマーケット、Weinachatsmarktヴァイナハツマルクトが有名と聞いていた。ベルリンブロックの大きな公園、ティアガルテンで開催されるそれはブラボーⅠで最も有名らしい。

 

「じゃあ決まりね、ジャック、頼んだわよ!」

「京香さま、天井のモニターを見るとドローンが追いかけてきているようですが……」

「は? そんなの撒きなさい」

「いやちょっと飛んでる相手だと難しいですな……」


 キョウカはレイのドローンをじっと見つめていた。レイは何かを悟ったかのように言った。


「母さん、俺は害鳥よけのハリスホークじゃないんだぞ!?」

「今ドッグファイトしなくていつドッグファイトするって言うのあんた? それでも戦闘機乗りなの?」

「何かあって訴えられたらどうするんだよ……ドローンで、しかも大気圏内は専門外」

「あんた一度大気圏内で敵とやり合ってるでしょ! いいから相手が壊れない程度にうまくやりなさい、いいわね!」


 キョウカは窓を開けた。ひょいとドローンを引っ掴む。


「え、まじで言ってんのうわぁぁぁぁ!」


 悲鳴を上げるレイをまるっきり無視して窓から放り出す。

 なんということだ。流石のミラも動揺して小さく叫んでしまった。


「せっかくドローンの姿なんだから役に立ちなさいよ全く」

「だ、大丈夫ですかね!?」


 慌てて後ろを見たが後続車両はないし、とりあえず地面に落ちてはいなさそうである。

 端末が鳴り、「こちらドルフィン、生きてる。敵機を追い払う」そう簡潔に音声が来た後、映像が共有された。

 なんだか管制官になっている気分だ。向こうはタックネームで連絡を寄越してきたのも尚更それっぽい。


「あら、頑張ってるじゃない。アクロバット飛行とかしてくれるかしら。でも私、飛行マニューバとかあんまりわからないのよね」

「解説しますね」


 ミラはレイが「母さんはフリーダムだ、とにかくフリーダムだから気をつけろ」そう言っていたことを思い出した。

 ミラは思った。キョウカ相手に気をつけなくてはならないのは自分ではなくレイであった。

 キョウカは自分の息子を割と雑に扱う。身震いした。


(まあ、ドローンだからかもしれないけど……)


「あ、が見えました。ちょっと見づらいかもしれませんが……あ、広角カメラに切り替わりました。敵機、左上空から接近、ドルフィンまっすぐ突っ込みます。交差したのち、インメルマンターン軌道で背後に張り付いて……これは進行方向を180度回転させた上に高度を上げるのに有効な手段です」

「ループ半分でロールして、180度真後ろを向くあれよね?」

「そうです。あ、逃げを打ちますがドルフィン、追います。しまったオーバーシュート! ん? あ、バレルロールですね。分かりにくいですが、ロールしてピッチアップ、相手の隣にぴたりとくっついたようです」


 だが、やりにくそうで歯痒いことこの上ない。通常のドッグファイトでは相手の背後を取ることが求められるが、今回は進路を塞がなくてはならない。

 レイはギリギリまでドローンにしたようだ。相手は流石に接触することを恐れて真横に逃げる。それをレイはひたすら追いかけ続ける。


「敵機、流石に接触を恐れて逃げ出した模様。ドルフィン、まっすぐ追いかけます」

「あの子どうする気かしら、下手に逃げたら追いかけられるわよ、こっちはティアガルテンに向かっているのに。下手すれば案内することになるわ」


レイはその後も逃げ出そうとする羊を追い込む牧羊犬のように巧みにメディアのドローンを翻弄した。かなり距離が空いただろう。


「一度補給に戻ってからランデブーポイントに向かう」


 短い音声が入った。なるほど、今アサクラ一家の屋敷の上空近くらしい。急降下した先は屋敷の中庭だ。ちょうど庭にいたリュウの姿が見える。彼はこちらに手を振っていた。


 バッテリー交換してから合流する腹づもりなのだろう。


「ランデブーポイントってのはティアガルテンのことでしょう。きっと待っていれば連絡が来ます」

「あら、あの子意外とやるじゃないの」


 いくらドローン、いくら艦内だからといって、ブラボーⅡのエースならこれくらいお茶の子さいさいだろう。ミラは鼻高々であった。


 レイは、ミラとキョウカがティアガルテンに辿り着き、グリューワインホットワインを飲んでいるとプロペラファンをブンブン言わせて舞い降りてきた。

 彼はキョウカに対しかなりご立腹であった。「後続車が事故ったらどうするつもりだ!」と捲し立てている。キョウカは「事故んなかったからいいのよ!」と逆ギレしている。


(どこかで聞いた会話だ……サミーに事故んなかったからいいんだよ! ってレイも前に言ってたような……)


 お怒りのレイの言葉にはミラも正直同意見だったが口には出さず、露天で購入したマッシュルーム煮込みを黙々と口に運んで、真面目くさった顔で咀嚼していた。


(やっぱりキョウカさん、気をつけないといけない危険人物だ……)

 

 あれほどの巨大企業のトップを務める女性、只者ではない。改めてそう思ったミラであった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る