9. カフェ ミラとフローリアン
「よかったな、ラプター。渋々という感じではあったが会ってくれるみたいだし」
日本茶に特化したカフェに入った三人であったが、シュテファンはコーヒーを飲んでいる最中、身内からの「男手が欲しい」という電話で急ぎコーヒーを飲み干し、早々に自分とラプターの分の支払いだけ済ませて離脱した。
今、フローリアンとラプターの二人である。
ラプターは抹茶風味のスコーンにほうじ茶のセット。それから二人になったのち、ほうじ茶パフェも追加オーダーしていた。
「ほうじ茶、レイが好きって言ってたんだよね」と言っていた彼女を見て、そういえばドルフィン、そんなことを言っていたなあとフローリアンも思い出した。ほうじ茶はなかなか好みの味であったので、部屋が見つかり次第茶葉を買おうと思っている。
「シュンイチもいい顔してなかったけど、シュンイチはサイボーグシップだからって理由だった。ユキはそこは気にしてなさそうだったけど……そっか。私もユキもテロリストの一種だもんね。アサクラ一家のみんながあまりにも優しいから忘れてた」
「君やユキは誰かのことを加害しようとしたわけではない。彼女とてシュンイチのことがあったし、半人質のようなものだったと聞く。彼女は君やダガーを守ってくれたんだろう? 忘れるな、君らは断じてテロリストではない」
スプーンでパフェに乗っていた栗をつついていたラプターがフローリアンの方に黄金色の目を向けた。そして困ったように笑った。
「ありがと、ホークアイ」
「私は当たり前のことを言っただけだぞ。別に礼を言われるようなことではない」
彼女は首を横に振った。
「ううん、ありがと。気が楽になった。シュンイチはサイボーグシップと健常者がうまくいくわけないって思ってるし、ユキは及び腰だし……生活環境も変わって、宇宙には出られないし……目まぐるしくて疲れちゃうね」
「新統合軍の設立が決まったばかりだ。そのうち嫌でも仕事をすることになる。まだ身体も万全じゃない。首、まだ痛むんだろう? だから余計に気弱になる。痛みとはそういうものだ、よく知っている。私は骨折のプロだからな。君はゆっくり療養するといい」
そのうち新しい配属先が決まるだろう。フローリアンの元には、機体の整備が終わり次第早々に仕事復帰の話が来ていた。おそらくクリムゾンに話はきているだろうが、彼女の体調を考慮してまだ話してないのだろう。
「敵、攻めてこないかな? 落ち着かなくて夜もあんまり眠れてない。多分レイにバレてる」
「サミーから機密だから詳しくは言えないが、敵はしばらくおとなしくしているのではなかろうと自分も上層部も思っている、しばらく心身を休めて欲しいと言ってきた。まあ、何かあればその時だ。今は身体を休めろ。ドルフィンもそう言わなかったか?」
「昨日、ホークアイが帰った後に言われた」
ラプターは抹茶スコーンにクロテッドクリームとあんこを塗ってぱくりと口にした。金色の虹彩がわかりやすく輝きを増した。
「これ、美味しい!」
「抹茶のスコーンか、こちらにもあるかもしれないな。食べてみたいものだ。食事はいい気分転換になるな。私も最近楽しいよ」
「仮想現実空間、充実してるみたいだね。レイの気分転換に付き合ってあげてほしい。多分レイもすっごいストレス溜まってると思う」
「ああ、喜んでそうしよう。むしろ酒や食事の席で知識がない私が彼を煩わせている気さえする……少し申し訳ないんだ。互いに慣れているビリヤードかボウリングにでも行くのは悪くないかもしれん」
ラプターは茶を口に運んで、こちらに少々戸惑いがちながらも意味深げな視線をフローリアンに向けてきた。
「あの、もしもそういうところで女の人とかに声かけられて、気が向いたら断らなくていいからね。レイ、モテるでしょ? 本人が遊びたそうにしてたら遊ばせてあげたい。だって男の人だったらそういう時あるだろうし」
突然のその言葉に、フローリアンは見事に動揺した。予想にもしていない言葉だったからだ。
「え、君はそれでいいのか!?」
「嫌だけど、自分が一番であればそれでいい。だって私は触れられないんだ。それなのにレイを縛り付けるのは良くない、そうじゃない? 私が知らないところで気づかないように遊ぶなら構わない……と思おうと思ってる。そうでもしないと、シュンイチの言う通りだ。上手くなんていかないでしょ」
「ドルフィンは……人並みに女好きだとは思うが、もし私が話しかけてきた女性グループの誘いに乗ったら、じゃあな楽しんでこいよと一言言って自分自身はログアウトだ、確信を持って言える……昨日、シュンイチに何を言われた?」
ラプターは小さく目を見開いた。
(やはり身内から突っ込まれたか)
ラプターはやや声のトーンを落として言った。
「覚悟があるんなら、付き合ってもいいと思う。だけど忘れるな、男はどうしても発散したくなる時があるからなって」
「結構ズバズバと言うものだな。私はシュンイチに対してそんな印象を抱かなかったが……ダガーが困っていたのではないか?」
「あー、全ての男がそうじゃないからとか、うん、言ってたけど……ほら、私らきょうだいであり友達であり、同士みたいなものだからさ。お互い結構そういうことも言っちゃう関係なんだよね。シュンイチは本気で心配してるみたいだし。ほらあの、世間的には……ごめん、先に謝っておくけど、フルサイボーグって……ああ、なんて言えばいいんだろ」
言い淀んだ彼女がどう言いたいのか、フローリアンは手に取るようにわかった。
「住む世界が違う機械人間。重度の障がい者。一部のサイボーグシップを除き、金食い虫の税金泥棒。そんなところだ。表向きはともかく、内心ではいい印象を抱く者は少ない。ワッカやユキのような存在はありがたい」
「なんかごめん」
「君が謝ることじゃない。我々サイボーグがもっと上手くやっていればこうはならなかった」
ドルフィンが女遊び……フローリアンは改めて考えてみた。そして、ないと言う結論に至った。
そもそもあの男、後腐れのない一夜の関係などと言うものがあんまり好きではなさそうだし、育った環境からか、突然話しかけてきた身元の知れない相手とは一定の距離を取る傾向がある。
出自からいいように利用されることもあるからだろう。
(その手の店にも……行かないだろうなぁ。人とベタベタするのが好きではなさそうだし、どことなく潔癖症っぽい感じがする)
「ドルフィンは君を裏切るような男じゃない。あいつ、三十分に一回は君のことを話しているぞ。もっと自信を持て」
ラプターは不貞腐れたような顔をしていた。信じてなさそうだ。
「そしてこんなことを言ったなんて彼の耳に入ってみろ。きっとものすごく怒るぞ。最初は怒りのボルテージがマックスだ。だけどどんどん下がっていって、君が言いたいことはわかる。普通の男と普通にデートしたければ自分の目に入らないところでやってくれて構わん、と最後はトーンを落として言うだろうな。そうしたら君はなんと言う?」
「そんなことしないって言う……」
「だろうな、ま、一度いっそのこと腹を割って話し合うといいかもしれないな。君らの関係は触れ合えない分、誤魔化しなあなあでなんとなく付き合うということができない。言葉で伝えた方はいい。これはある意味利点だ」
喧嘩してもスキンシップで誤魔化すとか、実はうまくいってなくてもずるずる肉体関係だけでなんとなくうまくいっているように見えているだけのカップルだとかは結構いるのではなかろうか、とフローリアンは推測していた。
「君たち、考えていることがそっくりだな。大丈夫だ、これからも仲良くやっていける」
「そうかな?」
「ああ。ドルフィンは徐々に周りに自分の存在を公表しだしている。確か寄付金も実名でしたと言っていたな……そのうちネット記事や週刊誌に色々書かれるだろう。色々困難もこの先あるだろうが、大丈夫だ、全力で守ってくれる。また何かあればこの猛禽仲間に相談してくれ。仮想現実空間でドルフィンと一緒にいる時間が長いのは私だ。多少なりとも役に立てる」
「うん、ありがとうホークアイ」
「もしあいつに愛想を尽かしたら、他にも乗り換え可能なサイボーグシップがいくらでもいると覚えておくといい。まあ、君はそんなことしないだろうが」
冗談めかしてそういえば、ラプターは小さく噴き出し、瞬く間にいつもの笑顔が戻った。
全力で応援したいのだ、二人ともとても大切な友であるから。
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