8. 百貨店と施設 ミラとミュラー親子
ミラはうろたえた。ホークアイも言葉を失ったままドローンでホバリングを続けていた。動揺を隠せていない様子である。
ホークアイの父親である、シュテファン・ミュラー中佐も目が泳いでいた。
ブラボーⅠ最大の百貨店、ギンザヤの店長に幹部総勢で出迎えられたのだ。別室のラウンジに、ミラでも知っているハイブランドの一流茶器で紅茶をもってもてなされたのである。
「アサクラ様によろしくお伝えください」
言外に「レイによろしく」という言葉が聞こえてきたが直接は言及してこなかった。多分、約十年ぶりに彼のアカウントが動いたのだ。気になるだろうが聞きはしない。
レイが推すだけのことはわかった。この店はプライバシーを大事にしてくれる。
ホークアイに茶を出すわけにはいかないので、店長は申し訳なさそうにしていた。仮想現実空間にも店舗があるので、とバーコード式のノベルティ引き換え券を彼に渡していた。
「フロー、お前、とんでもない奴と友達になったな。まさか、ドルフィンがなぁ……」
ホークアイのドローンがどこに滞在しているか知ってはいたし、ドルフィンが何者かもその時に聞いてはいたが、レイ・アサクラとドルフィンが同一人物ということをまざまざと見せつけられたシュテファンの口から乾いた笑いが漏れる。
「別にドルフィンが金持ちだから近づこうと思ったわけじゃない。驚かせて悪かったよ、サイボーグ協会幹部と将官レベル、あとクリムゾンとアレックス、一部の大佐クラスくらいしか知らないトップシークレットだったから親父にも話せなかった」
「別に俺もそんな意味で言ったんじゃないんだが、いや、すごいな……うん」
ミラはその会話を聞き、アレックスって誰だ、と思った。しかし次の瞬間、そうだ、スミルノフ大佐のファーストネームはアレクセイだ、とふと思い出した。
親戚というものを頭ではわかっているが、家族がいないのでいまいち理解しきれていないミラは二人の会話をただただ聞いていた。
「なんだか色々もらって申し訳ないな……」
「私もクーポンまでもらってしまった……どうせ服のデータもロストしたし、いくつか買うか」
ミラは化粧品や入浴剤の試供品をわんさかもらった。申し訳ないので端末に店舗のアプリを入れて会員登録も済ませた。何度も礼を言われて、ああ、こんなことだけで礼を言われるような恐ろしい世界に住んでいるのに、レイはなんて謙虚で誰にでも優しいのだろうと別の意味で感心した。
アサクラファミリーの皆もそうだ。信じがたい。
「ところで、どうやってドルフィンに金を払えばいい? 彼の会計だろう?」
「私とラプターで折半したから親父は払わなくていい」
「いやそれは申し訳ない! え、君たちに払わないと! あ、フローはいいか。あんなに勲章もらいまくって、俺より金持ってそうだし」
「やっと借金返済した私が金なんて持ってるわけがないだろう!」
ミュラー親子がわいわい盛り上がっている。ミラは小さく微笑んだ。
(もう返済完了したんだ……すごいな)
ミラもレイもこの半年でいくつも勲章をもらったが、ホークアイも同様だ。彼は功労金を全部サイボーグ化の借金返済に回したのだろう。普段の給料もほとんどを返済につぎ込んだとしか思えない。
かなり国が補助をしてくれるとは言うが、彼らにとって返済はかなりプレッシャーとなるはずだ。
「構いませんよ。シュテファンは避難所生活ですし、何かと物入りで大変でしょう、私はほら、環境のいいところで過ごせてますし。もちろんお手伝いは色々としていますけど」
外で階級で呼ぶのはやめてほしいと言われ、ミラは通常はあり得ないことだが彼をシュテファンと名前で呼んでいた。
多分仕事中以外は名前で呼ぶことになりそうだ。彼はミラに対して息子の友人として接したがっているようであった。
だが、シュテファン自身はミラのことはタックネームで呼びたいようだった。格好いい、とのことである。
(やっぱ親子だな……似てる)
「そうは言ってもだなぁ」
「ラプターはアサクラ邸であの家の飼い鳥の世話をする重大な役目を背負っているんだ。生き物の世話だぞ。感心する」
ミラのアサクラ邸での手伝いは、主な仕事は育てている豆苗を収穫して鳥たちにあげる、だとか、マウスをフクロウやタカにあげる等の鳥たちの餌当番とインコのケージの掃除の手伝い。
生き物なので気を緩めるわけにはいかないが、楽しすぎて全然働いている気はしない。
豆苗の世話や収穫もなかなか面白い。レイはよく料理に豆苗を使っていたが、実家で鳥用に育てて自分でも食べていたのだろう。
「そうは言ってもなぁ。ラプター、年長者の立場がないじゃないか。それに、物入りなのは君もだろう」
「親父、帰りにカフェにでも連れて行って美味いものでも奢ってやれよ。ラプターはその方が喜ぶ」
かくして、帰りに茶を飲んでから帰ることが決まった。ミラはわくわくしながら路面電車に乗り込んだ。
「ホークアイ、私がドローン持つよ!」
シュテファンの両手は荷物で塞がっていたので、ミラは喜んでそう提案した。
「悪いなラプター」
「大丈夫、慣れてる」
首に依然コルセットをはめていたミラを見て、乗客の若い男性が席を譲ってくれた。礼を言って腰を下ろす。ホークアイのドローンは膝の上である。
5駅ほど先で彼らは降りた。施設は路面電車を降りてすぐだった。
ミラは自分が世話になった施設の面々、それから子供たちと再会を喜んだ。
「ティム、いい子にしていたか?」
シュテファンとティムは髪の色もそっくりでまるで親子のようだった。シュテファンとホークアイの容姿はあまり似ていない。どちらかというと、シュテファンとエリカの方が髪の色や目の形が似ている。
ホークアイは母親似とのことであった。シュテファンは離婚していて、ホークアイの母親は地球にいるが、仲はそれなりにいいらしく互いの親族との交流も盛ん。安否確認のメッセージも地球から飛んできていたとホークアイから聞いていた。
「これ、ゼリーです。皆で分けてもらえれば」
「まあ、ありがとう。これ、いいものじゃない! もう、ミラ、気にしないでいいのよ。夕飯のデザートにでもいいかも。ちょっと調理担当に確認しようかしら」
ミラがかつて世話になっていた女性の施設員は土産を手に調理担当スタッフを呼びに行った。
彼女は、一人の女性を連れて戻ってきた。
「おやつがゼリーじゃなければ、夕飯のデザートにでもしてもいいんじゃないかしらって」
職員が女性に話しかけているが、その内容は全くミラの耳に入ってこなかった。
彼女が連れてきたその女性と目が合った。ミラの口がぱくぱくと喘ぐように動いた。言葉が出ない。
「え、ミラ? ミラなの!?」
その女性はユキであった。いつも食事などの世話をしてくれた。ニコをプレゼントしてくれた、ミラの名付け親のユキ。
彼女も驚きを隠せない様子であった。
「ユキ!」
ミラよりもかなり背の低い、でも溌剌としたその姿はユキそのもの。焦茶にカラーリングされた髪。薄化粧をした顔は、会うのは久しぶりだというのにあまり老け込んだ様子もない。
(よかった、ちゃんと仕事して生活してた! 元気そう!)
「ユキ! 会いたかった! ずっと会いたかった!」
嬉しくなって、ミラは腕を広げて彼女に抱きついた。そして、手と手を取って再会を喜んだ。
***
ラプターはユキにフローリアンのことを紹介してくれた。それから、父親であるシュテファンのことも。
今、シュテファンとティムは職員を交え、別室で話をしていた。
(親父、本気でティムを引き取る気だな……)
こちらでの生活が落ち着いたら、彼はティムを養子か里子として迎えるつもりなのだ。勿論フローリアンも相談をすでに受けていたが、仕事の目処が立ったらいいのではないか? と言うにとどめておいた。
彼は定年が近い。ブラボーⅠとⅡの各々の軍部は統合し、新統合軍として再編すると発表があったがどうなるかわからない。
だが、彼は各種重機の免許等沢山有していたのでまあどうにでもなるだろうと思った。
ラプターとユキがすぐそばで盛り上がっているが、子供が多い室内で飛んで移動するわけにもいかず、フローリアンは二人が話すテーブルの上にずっといるほかなかった。
(私がここにいたら話しづらいのではないか?)
「で、ミラはフロー君と付き合ってるの?」
ユキの声にフローリアンの思考が一気に現実に引き戻された。
「ラプターのボーイフレンドはドルフィンというサイボーグシップです。そう、家柄も含め、私よりもずっといい男ですよ」
「ホークアイ、そんなこと言って。いやまあ、私のボーイフレンドは別にいるってのは事実で……でもホークアイは33歳で少佐だから! 凄いんだよ! サイボーグ協会の副会長だし!」
「君だって次昇進したら少佐だろう。あれほどの功績だ、きっと私より早い年齢で昇進すると思うぞ。彼女は凄いですよ。最高峰のパイロットです。ラプターの彼も間違いなく人類史に残るエースパイロットです。この戦役で、二人で一体何機撃墜したのやら……」
フローリアンの言葉に、ユキは少々驚いたようであった。
「撃墜? サイボーグシップって、戦闘機はいないって聞いたことがあるんだけど、彼は戦闘機なの?」
何者なんだ、この女性は。フローリアンは水面下で狼狽えた。
一般人は往々にしてそのようなことは知るべくもない。よっぽどなミリタリーオタクであれば別であるが、軍属でも知らぬ者は多い。
「え、ユキ、詳しいね!」
「ワッカがその辺詳しいのよ。ほらあの子、戦闘機とかメカとか昔から大好きでしょ。だから技師の資格取って、その上でセミサイボーグ専門の理学療法士になったようなもんだし。そのうちフルサイボーグ関係の仕事に就こうとしてるはずよ」
(……変わり者だな。我々とて変人扱いされることが常なのに……ああ、彼女も実験室の人間か)
ならばわかるような気がしたフローリアンであった。別に悪い気もしない。きっかけはどうであれ、興味を持ってくれるならば嬉しいというものである。
「ええっと……シュンイチにも話したしいいかな。今度会ってほしいんだ、ボーイフレンドに。レイ、名前はレイって言うんだけど。ファミリーネームはアサクラなんだ」
ラプターがおずおず話し始めた。途端にユキは顔色を変えた。
「ちょっと待って、朝倉零ってこと!? 朝倉の御曹司ってあれじゃない? 核施設のテロ事件で……うちの従兄弟が個人的に朝倉龍を恨んでるのもあって上を唆してあのテロを起こしたのよ。あの二人、確か元師弟関係なのよね。いつも言ってたわ、自分の方が優秀なのにって」
(それは知らなかったな……)
それは気まずいだろう。彼女は当時、末端であったが組織にいたというし。内心ソワソワとしながらフローリアンは二人を見守った。
「二人とも大切な人だから紹介させてほしい。ユキは私の家族みたいなものだから……お願い!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます