7. 客室 キャシー サミー

 客室のシャワーを浴びたキャシーは生乾きの髪のまま部屋に戻った。


「お帰りなさい、キャシー」

「ただいま。乾かすの面倒になっちゃったからもういいかな」


 ばたり、とベッドに仰向けに寝転ぶ。


「風邪、ひかないようにしてくださいね」

「大丈夫だよ、多分」


 サミーのドローンが枕元のサイドテーブルに飛んできた。

 眠気はない。キャシーは目を閉じてため息を吐き、かねてから思っていたことを口にした。


「なあサミー、私らこんなのうのうとしてていいのか?」

「先程、大統領は使用する気はあまりなかったようですが、反応弾を搭載したストライクフォートレスを中心として、ブラボーⅠの先鋭たちがブラボーⅡに引導を渡しに行きましたがしくじりました。ブラボーⅡメインアイランドは忽然と姿を消していました。もうお敵さんに持って行かれた後ですね」

「なんだって!?」


 キャシーはがばりと跳ね起きた。ストライクフォートレスは東方重工製造の大型爆撃機だ。ブラボーⅡが持っていかれただと? なんだって? 

 サブアイランドは宇宙船として自律航行可能だ。一部は囮として盾になったものや投棄したもの、避難艇となってブラボーⅡにたどり着いたものもある。今必死に宇宙空間で接岸工事の真っ最中だ。

 もちろんサブアイランドの中には多数の民間人を乗せたまま沈められたものもあった。それゆえ、ブラボーⅠはメインアイランドだけであの場に取り残されているはずであった。

 あの巨大なメインアイランドがなくなったとは。


「ブラボーⅡの上とて阿呆ではありません、きちんと動いています。キャシーはのんびりしていてください。民間人がのうのうとしているように見えて違和感を覚えているのでしょうが、彼らは反撃する術がありません。いつも通りの生活をし、サイレンが鳴ればシェルターへ。それが彼らの日常です」

「それもそうか」


キャシーは妙なところで感心してしまった。確かにその通りだ。 


「メインアイランド、核施設メルトダウンでもさせてくるべきでしたかねぇ……」

「あの時はそっちの余力なかっただろ、仕方ない」

「ええ、乗っ取られた時に独立システムが核燃料の緊急冷却モードに移行したので、そちらは敵が簡単にアクセスできないようにするので精一杯でした。それから軍事機密情報と、サイボーグシップ、AIについてのデータだけはごっそり消しましたが」


 あの裏でそんなことまでしていたのか。キャシーは驚きを隠せなかった。

 サミーはその後、あの時の捕虜が生きている可能性についても言及してきた。


「あれが生きていたとすれば、私が消したデータはすでに収集済みかもしれませんが……あの捕虜を始末できていた可能性を信じたいです。昨日、ブラボーⅠで捕まえて一月以上勾留していた捕虜が死にました。半生物である以上、餓死するのかもしれません」

 

 キャシーは改めてサミーがなぜこれほど自分になついて機密事項まで教えてくれるのか、その理由がよくわからなくなった。

 きっと人間なんてちっぽけで間抜けで愚かな存在にしか思えないはずだと彼女は考えていたのである。

 不思議で仕方がなかった。


「サミー」

「はい、なんですか?」

「あんまり他の人間にペラペラ話すなよ? 口の軽い人間なんていっぱいいるからな。ホークアイは口が堅いからいいけど……」


 ドルフィンの正体を知りつつも、最後までミラにさえ黙っていたらしいホークアイ。あの男は信ずるに値するが、人間は往々にしてなんでもペラペラ話してしまう。

 抱える秘密に耐えきれないとか、他の人間が知らないことを自分は知っている優越感で、バラしたくなってしまうものだ。


「あなただけですよ、キャシー」


 特別だと言われている気がして、うろたえたキャシーの姿があった。


「サミーはなんで……人間にこんなに親身になってくれるんだ? だって、人間を第一にってプログラムされてたって、日常生活でさえもこんなに私らに親身になる必要はないだろ?」

「正直、本音を言えば、最初はなんてバカな生き物の世話をしなきゃいけないんだと思ってましたよ。でも、私は……火災を起こしたドルフィンを救う術が思いつきませんでした。ラプターが教えてくれたんです。ゼロから何かを、アイディアでもモノでも生み出す力は私にはありません。自分の整備や修理だって、うまくできません。人は私の友であり師です。そしてキャシー、あなたも私にとってかけがえのない人です。だから、髪はきちんと乾かしてから寝ましょうね?」


 キャシーは無言でブンブン頷き、洗面台に髪を乾かしに行くことしかできなかった。


(やっぱり人間をバカな下等生物だと思うよなぁ……私ら周りの人間くらいは、しっかりしてないと)


 キャシーはサミーの本心が少しわかったような気がして、そして自分達がきちんと育ててやれたんだと言う事実に思い至って、ドライヤーの温風を浴びながら小さく息を吐いた。

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