6. 零の私室 零 ミラ ホークアイ
「ほう、ここが君の部屋か」
「部屋というかここは寝室だ。向こうが俺の部屋」
ミラがベッドサイドにニコを置くと、開けようとしたが開かなかった扉が開いた。ベッドに腰掛けていたミラは弾かれたように立ち上がった。
「どうぞ小鳥ちゃん、あと後ろのおまけ、入って」
「すごい!」
「誰がおまけだ! これは……シックでまとまりがあってセンスのいい部屋だな」
ダークブラウンの本棚が壁一面にあり、大きなデスクには大きめのモニターが二つ。それからガラスのローテーブルに座り心地の良さそうなソファ。ガラスのショーケースにはやはり高級時計や恐竜の化石など、色々な物が飾られている。
シックながらとても広い部屋だ。
「ま、座ってゆっくりしてほしい」
「なかなかの蔵書だな。電子書籍になっていない本もありそうだな」
ホークアイも感心したように言った。
「地球から取り寄せた古いものもあるから、紙媒体でしかないものも多い。読みたい本があればミラに出してもらうといい。ドローンだと読みづらいが……ああ、ミラも好きにしていいよ」
ミラは恐る恐るソファに腰を下ろした。柔らかすぎず固すぎず、座り心地のいいソファだ。レイとホークアイのドローンもローテーブルの上に降り立った。
ミラはかねてより気になっていたことを聞いてみることにした。
「そういえば、二人はもういいの? 飲みに行ったりしてたんじゃない?」
「ああ、酒飲んで、繁華街の片隅でホークアイに悪い遊びを教えて満足して帰ってきた」
(悪い遊び?)
どきりとした。一体なんだ?
現実世界で考えれば、違法スレスレの女性が接待する店やドラッグくらいしか考えられないが……。
「おいドルフィン、ラプターが戸惑っているぞ。種明かしをするとな、タバコだ。なんの変哲もないタバコ。盛大にむせた。あんなもの、楽しくもなんともない」
「まあ一度くらい経験してみるのもいいだろ? 俺も常習的な喫煙者じゃなかったから、ああ、こんな感じだったか、という印象だったが」
「びっくりした。た、タバコか……」
「ほらみろ、ラプターは私らがいかがわしい店にでも行ったかと思ってびっくりしたんだろう」
ホークアイに図星をつかれ、それが見事にミラの顔に出た。
一瞬の間、そして、レイが弾かれたように笑い始めた。
「心配した? 残念ながらずっとこいつとワイン飲みながら生ハムとかオリーブとかつまんで、街歩いてそれだけだよ」
「逆ナンされても見事にスルーするもんだと感心した。さすが黙っていても顔と家柄でモテる男。あしらい方を心得ているな」
「逆ナンされてたのはホークアイだろ。あの女、お前に興味ありそうじゃなかったか?」
「明らかに君の方を見ていたぞ。大丈夫か? 君、視力はいくつだ?」
「残念ながらとっくの昔に失明している」
「私も実際は視力0.1もないらしい」
「「ハハハハハ!」」
二人揃って笑い始める始末である。
「あの……」
ミラは言葉に困った。ツッコミどころが多すぎたのである。
***
「あの……」
サイボーグ界隈での挨拶の一種である障がい者ジョークにミラは困っているように零の目に映った。
一方の零はホークアイがどうやってこの後シュンイチとかいうあの男の話に持っていくのか、彼の動向をハラハラ見守っていた。
「ああ、すまんなラプター。道端の巨大スクリーンでマツヤマのニュースを見ながら近くにいたブラボーⅠのサイボーグシップと少し話をしたんだ、その時に貰いタバコをした」
「ああ、なるほど! 速報、二人も見たんだ。シュンイチが気にしてないといいなぁ……」
出た。来たぞシュンイチ! 零はドローンのカメラをホークアイのブラックのドローンに向けた。この時、零はホークアイに効果の程は定かではないが、無言の圧力を浴びせていた。
(ほら! なんか言えホークアイ!)
「昼間、あの二人に会えたか?」
ホークアイの問いかけにミラが答えた。
「うん。会えたよ! あ、レイ、リュウさんとかホークアイから聞いてる? フィリップと実験室の仲間に会ってきたんだ!」
「さっきホークアイから聞いた」
零は白々しくそんな台詞を吐いた。先ほど聞いたのは事実だ。少々気が咎めるが、嘘はついていない……と己に言い聞かせる。
「うん、シュンイチとワッカ、それからラビって三人でね……」
ミラはこちらから聞かずとも知りたいことを全て教えてくれた。以前より聞いていたユキという女性のこと。彼女は住み込みで実験室にいて、医療ケアの必要な彼女の息子、シュンイチも同じ建屋で暮らしていたこと。
そしてある日、ユキがぬいぐるみをプレゼントしてくれたこと。名前をつけたら? そう言われはしたが、ずっと番号で呼ばれていたため、名前をつけるなんて考えたこともなく戸惑ったミラを助けて「ニコ」という名前をつけてくれた幼馴染、それがシュンイチであること。
(そうか、名前……)
「ユキが私やフィリップに名前をつけてくれたのはその後」
名前がない。だから名前をつけるという発想すらなく、どんな名前をつければいいのかもわからない。
零は愕然とした。きっとそのユキという女性も同じ気持ちだったのだろう。だからミラたちに名前を与えたのだ。
零は未だ名前くらいしか知らないユキという女性にどうしても会いたくなった。彼女はミラの母親のようなものなのだ。
「そうか、脱獄の件、彼に影響しなければいいな。今だってマツヤマという名前を抱えて暮らしているんだ、苦労も多かろう」
「うん、でも大学の敷地の寮に住む研究職だからメディアもかわして上手くやってるみたい。名前だって裁判所に言えば変えられるはずなのにあえてそのままなんだ。彼なりに、組織の金で暮らして手術を受けて……その贖罪をしたいんだと思う、きっと」
一体誰だ、気に食わない男だなどと思っていた零は少々罪悪感を感じていた。彼女やホークアイから話を聞く限り、悪い男には思えなかったからだ。
「ま、暗い話はこの位にしよう。ホークアイは昼間中佐に会えた? 元気そうだった?」
「ああ、元気そうにしていたな。ティムはどうしているのか聞いたら、施設で預かってもらっていると言っていた」
「そっか、なら安全だ!」
「ああ、ありがたいことだ。明日会いにいくらしいから私も便乗することにした。君も行くか? 親父がよかったらラプターも誘えと言ってきたんだ。君と行った養護施設の子供たちや職員もほとんどそこにいるようだから、と」
「え、私もいいの! 行く! みんなもいるなら尚更!」
確か、ホークアイが乗せてきた子供だ。名前はティム。ミラが育った施設の子供や職員ならば、彼女が会ってやれば皆喜ぶだろう。
「首は大丈夫? 無理はするな、手土産とか持っていくだろうが、荷物はミュラー中佐に持ってもらえ」
「ああ、親父に任せておけ。最後まで戦って負傷したパイロットに荷物持ちをさせるような残念な野郎ではない」
ミラはその言葉にくすりと笑って、「なら、お願いしようかなぁ」と言った。
「気にするな、多分親父がラプターに会いたいのもあるんだろう。君は私の恩人だからな。呼んでくれたら嬉しいなぁと言っていて、すっかりさっぱり忘れていたんだが今さっきあの件はどうなった? とメッセージが来た。まったく……」
ホークアイは面倒臭そうにしながらも、どこか楽しそうだ。仲のいい親子なのだろう、と零は考えた。
「楽しみだなぁ、ミュラー中佐にも挨拶したいし」
零もそうだが、ミラもホークアイの父親に会ったことがなかったようだ。彼と会うのも楽しみな様子。
ホークアイが実の親とどんな話をするのか、と零も少し気になった。
「手土産、ゼリーがいいかな。アレルギーある子が結構いるから……」
「なるほどな、何人分だ? ホークアイ、聞いてるか?」
零はそう問いかけながらデスクにあったモニターの電源を入れた。行きつけの百貨店のオンラインショッピングにログインする。
「俺のアカウントで頼めば明日の朝イチには準備してくれる。ホークアイのドローンとこちらの店に慣れない中佐を連れて現場で吟味は疲れるだろう、受け取るだけで済むからそうするといい」
ミラが唖然とした顔でこちらを見た。零は心のうちで小さく笑った。
本当は零もついていきたかったが、明日は人工声帯を組み込む大工事だからついていけない。
ミラにはリハビリが済んでうまく使いこなせるようになってから知らせようと思った零であった。
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