5. リビング 零 帰還

 皆との食事も終わった。一家の皆は各々の部屋に下がった。ジェフは帰ってきていない。おそらく今も病院で働いているのだろう。

 エリカは心配になったのか、リュウ手製のおにぎりと保温ボトルに入ったミソスープを持って飛んで行った。リュウ曰く、自分の名前を出せば入れるだろうとのことだった。

 フィリップも眠いと言って部屋に戻ってしまった。

 

「レイ、どうしてるんかなぁ……」


 昼間疲れたから仮想現実空間で少し羽を伸ばしてくると彼は言っていなくなったらしい。


「クリムゾンと自分の上官が実家にいたんだし……まあ逃げたくもなるだろうな」


 食後、リビングでニュースを見ながら茶を飲んでいるとキャシーがミラの言葉を拾った。


「きっとホークアイと遊んでるんだろ。仮想現実空間もブラボーⅠとⅡでは段違いだっていう。酒だっていっぱい種類もあるし、軽食だってあるらしいし、かなり大きい繁華街もあるらしい。たまにはいいんじゃないか。リュウさんがいるから私らの世話を焼く必要もないし」


(繁華街か……)


 レイは昔どんなところで遊んでいたんだろうか。色々慣れていそうだし、それなりに遊んでいたのだろうというのは想像に難くない。


「うーん、そっか……羽伸ばしてればいいなぁ。サミーは仕事?」

「ああ、なんか極秘任務遂行中だってさ。サミーはブラボーⅡが沈んだのを阻止できなくてすごく後悔してるみたいだけど、あれだけの情報を持ち帰った。あの子は私らブラボーⅡの財産だ。役に立ってるといいけど」

「絶対に役立ってるよ」


 その時だ、噂をすればなんとやら、サミーのドローンのランプが光った。


「「サミー! おかえり」」


 二人の声が揃う。


「ただいま帰りました。あれ、ホークアイとドルフィンはいないんですね」

「多分あっちで遊んでるんじゃないかってさっきミラと話してた」

「はぁ、まあブラボーⅠの仮想現実空間、とんでもない繁華街があるみたいですからねぇ。ホークアイと色々見物してるんでしょう」


(夜の店とかもあったりするのかな……)


 それはそれで、ミラも思うところがあった。彼女は仮想現実空間でのレイの交友関係を縛るつもりは全くないし、多少遊んでもそれはそれで仕方ないと思うしかないと思っていた。

 あれだけ自分と付き合うことに消極的だったあの男を縛り付けているのは自分なのだ。


(このクラスのお家柄の健康だった成人男性が今まで遊んでないわけがない……)


 ハイソサエティな人間も楽しめるクラブやラウンジがあれば、そう、気分転換になる程度なら遊んでほしい。それ以上に誰かと関係を持つなど本当は嫌だが、ストレス解消になるのならば自分が気づかないように配慮して遊んでくれたらいい。こればかりは全部自分が悪いのだ。

 仮想現実空間に共に有れない自分が全て悪い。

 だが、サミーが変な正義感で自分に報告したり、彼を非難したりしたらどうしよう。


「サミーも帰ってきたことだし、私も部屋に帰るかなぁ? まだ寝るわけじゃないけど。寝る前にシャワーも浴びたいし」

「部屋に戻るなら、一緒に行っていいですか? 少々話したいことが」

「愚痴ならいくらでも聞くぞ」

「ありがとうございます。 ラプター、顔色が良くないですけど大丈夫ですか? あの、松山が逃げ出したって……」


 キャシーの方を見てホバリングしていたサミーのドローンがこちらを見た。ミラの思考が現実に引き戻された。


「あ、うん。さっきニュースで見た。ちょっとびっくりしたね……」

「サミー、そうズバリ聞くんじゃない! ごめんなミラ、気にしてるだろうに」

「すみません……」

「あ、いいのいいの。別に大丈夫。変に気を遣われるよりサミーみたいにサラッと聞いてくれる方がありがたい。だから気にしないで話して」


 顔色が悪いか。どちらかというとレイのことで悩んでいたので、少々ミラは申し訳なく思った。

 最近はマツヤマのことなんてすっかりさっぱり忘れていた、日々が目まぐるしすぎたせいもあるし、レイや皆と一緒にいて最高に楽しかったからだ。


「私らに気を遣わなくてもいいから、本当に嫌なこととかあれば言ってくれよな。私ら、育ちが違いすぎるから……わかんないこともある」

「うん、ありがとう。大丈夫。サミー、心配してくれてありがとう」

「じゃ、私らはこの辺で。おやすみ。でもまだ起きてるから何かあれば連絡してくれていいから」

「おやすみなさい、ラプター。私が余計なこと言ったらその時は教えてください。最近はマシになってきた気がするんですが、まだ自信がなくて」

「うん、もしそんなことがあればちゃんと教えてあげるから大丈夫、おやすみ!」


 ミラは努めて明るい声を出した。二人が部屋から出て行くのを彼女はソファに座ったまま見送った。


「待ってても帰って……こないよね?」


(もう、部屋にドローンを持って行くかな……)


 でもそうすると、ここにホークアイのドローンだけ取り残されることになる、なんだかそれもかわいそうな気がしてきた。

 いやしかし、ホークアイのドローンを勝手に移動したらそれはそれで問題だ。どうしたもんかとミラは腰を上げ、サイドボードのレイのドローンの前に歩みよる。シルバーのイルカのシンボル。ドルフィンと書かれたこれはある意味彼の機体でもある。

 ミラはドローンのカメラを覗き込んだ。


「元気ならいいんだよ、楽しんでる?」


 プロペラを収納した球体状のドローンを抱きしめた。その瞬間、胸元から声が聞こえた。


「あれ、なんか暗い? ん? 暗視カメラにしてもなにも見えない……」


 慌ててミラは身体を離した。

 ドローンのランプが点灯している。タイムリーにドローンと繋いだらしい。


「見たぞラプター。ドルフィンも口を開けば君のことしか話さないし、まあ驚くほど相思相愛だな」


 はっとして隣を見れば、プロペラファンを展開して飛び上がったマットブラックのドローンからホークアイの笑い声が聞こえた。

 ミラは急激に顔が熱くなるのを実感した。


「どうだホークアイ、羨ましいか? お前も特定の相手、いい加減に作れば?」

「君には勿体無い相手だな。ラプター、ちょっと私に乗り換えないか? オクルスの乗り心地も悪くなかろう? 今度は落ち着いて私を操縦してほしい」

「生々しくミラをナンパするなこの野郎! そういう意味で言ったんじゃない!」


 乗り心地や操縦などとセクハラスレスレ、いや、完璧にアウトなことを言うホークアイにミラは閉口した。


「ニコ、部屋に戻ろうね〜?」


 未だリビングにいたニコを戸棚から取り出して胸に抱き、ミラは二人に背を向けドアの方に向かった。


「あー申し訳ない! わかっているだろうが冗談だラプター!」

「謝れば済む問題じゃないんだよ! あと俺にも謝りやがれ!」

「はぁ? なんで君にまで謝罪する必要が?」


 ミラが振り向けば、サイドボードの上のドローンが言い争いを始めていた。


(仲がいいのか悪いのかわからない! ものすごく仲良しなはずなんだけど!)


 この二人、二人きりの時はどんな会話をしているんだろうか。ミラは必死で二人を止めた。

 その後、ボルテージの下がった二人組に、「皆は?」と聞かれたので各々の部屋に戻ったと伝えた。


 自分はドルフィンの部屋を使わせてもらっているといえば、ホークアイが部屋を見たいとやたら食いついてきたので、ミラはニコを抱え、ドローンを2機従えて現在滞在中の部屋に足を向けた。


  二人の共同戦線、もといホークアイのレイへの気遣いにミラは全く気づいていない。

 ホークアイの気遣いは他にもあった。あのミラへのセクハラ発言とて、落ち着かず黙り気味のレイの緊張を解くためにやっていることであった。これにはこのカップルの二人とも気づいていなかった。

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