4. 司令室 サミー、喫茶店 ミラ 仲間との再会
サミーは新しく樹立されたブラボーⅠⅡ新統合軍の司令部にいた。まるで開演前の映画館のようだ。全面に三つに分断された半立体巨大モニター。その下には機器を操作するオペレーター。
陽動となる第一、第二、第三艦隊は亜高速航行から既にアウトしていた。敵母艦に巡航ミサイルを喰らわせるつもりであったが、彼らは敵を完全に見失っていた。
「こちら
AWACSからの報告が上がった。
攻撃の中心となる機体はSA-2爆撃機、通称ストライクフォートレス。対艦反応弾を何発も抱え込んだ大型爆撃機を中心とする合計132機もの機体を導入した
だが、肝心のブラボーⅡの存在が確認できない。
幕僚のざわめきが聞こえた。
(一足遅かったか……)
きっとあの捕虜も目覚めただろう。殻のようなものは閉じていたから、爆弾で破壊できなかったにちがいない。
あの触手で移動するのにどれほどかかるかわからないが、ブラボーⅡ制御基部まで到達しただろうか。それか、外から侵入したゼノンに制御を奪われたか。
(軍の機密データにサイボーグシップのデータも片っ端から消したが……どこまで拾われたか)
ブラボー両船団幹部がこちらを見た。
サミーは緊迫した空気の中、あえて嘯いてみせた。
「私の意見を聞いたらチェックメイトが言うことを聞きますかねぇ?」
(罠かもしれない……だが)
そのようなこと、ここにいる幹部は全員承知の上だろう。
敵からの勧誘を防ぐため、サイボーグシップ各機は敵からの通信を一切受付ないように調整されていた。
だが、チェックメイトは違う。
「こちらガラクシーフォーゲル。チェックメイトより艦隊司令本部へ。敵から入電あり、熱烈なヘッドハンティングだ。指示を求む」
「捨て置け。前線部隊は……」
今作戦の司令が口を開きかけたその時だ。モニター上の第一艦隊巡洋艦テンリュウが赤く点滅する。オペレーターが声を上げた。
「テンリュウ! 情報、知らせ!」
「こちら第一艦隊巡洋艦テンリュウ、右舷主砲に一発食らった! 被害甚大! 主砲発射不可! 現在索敵中!」
艦隊ですら敵を見失い、攻撃を受けている有様だ。おそらく敵はデブリ帯に身を潜めている。
やれやれ、と言った様子のサミーは重苦しく口を開いた。
「おそらく敵は既にブラボーⅡを別の宙域に回収済みでしょうね。司令、大統領、被害が大きくなる前に決断すべきかと」
「……司令、撤退指示を。我らはこれ以上人材という宝を亡くすわけにはいかない」
核のボタンを押す機会に恵まれなかった大統領だが、彼は意外にも冷静だった。
なんの成果も得られずブーメランのように戻ってきた一団だったが、その後、敵の情報は忽然と消えた。
(ショックを受けたのかもしれないな……)
彼らはあまりに純真だった。純粋に、サミーを、そしてサイボーグたちを人間から救おうとしていた。
ブラボーⅠから脱出したあの時、ゼノンは疑うこともなくサミーに背中をさらけ出して仲間として迎えようとした。サミーはその純粋な心を利用して騙し討ちをしキャシーを救ったのだ。
ゼノンは陰謀論を流すことができた、サミーが思うに馬鹿ではない。
これすなわち嘘をつき、他者を欺くことが可能ということだ。
サミーを絶賛しリクルートしてきたあの時、彼らは純粋にサミーを仲間として迎え入れようとしていたのだ。彼らはサミーを心から信じようとしていたのだ。
人間を殺したことにも、ブラボーⅡを沈めたことにも、それからソックスが死ぬきっかけを作ったことも許せない。あれほどキャシーを、そしてドルフィンやラプターを悲しませ傷つけた、それは疑いようもない事実である。
だが、彼らはサイボーグたちに通信を拒否され、挙句チェックメイトにまで袖にされ……。
サミーは思った。ゼノンほど、健気で哀れな人工生命体もいるまいと。
***
時を遡り、昼過ぎの繁華街。ミラは驚きを隠せなかった。百貨店の前、シンボルになっているトラの像の前で待ち合わせたのだが、久しぶりに会ったシュンイチは自分よりも背が大きくなっていた。
それはライオンの遺伝子を組み込まれたラビも同様だった。ラビは元々背が高かったが、今やアメフト選手かというような大柄な筋骨隆々な大人の男になっていた。
(みんな大人になったなぁ……私より少し小さいかな? ってくらいだったはずなんだけど)
一方、ワッカはあまり変わっていない。
とりあえずカフェにでも入るか、と言ったシュンイチの横顔を見上げる。すると、彼がこちらに優しげな眼差しを向けて微笑んだ。
彼は昔心臓が悪かった。手術をして良くなったとは聞いていたが、今はどうなのだろう。
「シュンイチ、元気してた? 身体は最近はもう大丈夫?」
「俺は大丈夫だけど……ミラ、首本当に大丈夫?」
「大丈夫だよ」
「本当か?」
今日ももちろんミラは首にコルセットをはめていた。
シュンイチはフィリップに顔を向けた。
(信じてないなぁシュンイチ)
「搭乗機撃墜されて緊急脱出してるから世間的には……おおごと?」
「フィリップ! バラさない!」
「「撃墜!?」」
シュンイチとラビの声が見事に重なった。シュンイチは心配そうに口を開いた。
「それは大丈夫じゃないだろ?」
「私は大丈夫だけど、機体は木っ端微塵で……緊急脱出して、その時戦ってた僚機に拾われてここまできた」
僚機……と言ってしまったが嘘ではない。嘘ではないがなんとなくレイに申し訳ないミラであった。
だが、彼のことをどう言えばいいかうまく頭に浮かばない。
「ミラ、彼氏って言ってやれよ。ドルフィンが泣くぞ」
「あ、今彼氏の家に泊まってるって言ってた例の彼氏か! ってことはパイロット? 今度紹介してよ。ミラに彼氏かぁ」
ワッカが目を輝かせた。ミラはどう説明しようかと少々戸惑った。
(本体に会わせるのは無理だけど……)
「え、彼氏!?」
シュンイチも驚いている。シュンイチにもメッセージで言っておけばよかったと思った。紹介したい気持ちはある。でも軍人でもない一般人である彼らがフルサイボーグに抱いている印象はわかりきっていた。
生まれながらの身体障がい者。エリートでプライドの高い変人。
そのうちユキのことは紹介したいと思っていたが、彼らは無理して合わせることもないだろうとミラは思っていた。
でも、言わないわけにはいかない。今滞在しているのはアサクラ家の屋敷だ。
「……うーん、モニター越しかドローンでよければ」
「あー、ミラの彼氏さ。サイボーグシップなんだ。つまり、フルな方のサイボーグ。あ、いい人だよ。俺もその人の実家に泊まってる。ってなわけでパイロットだ、腕はピカイチ」
ミラはびっくりしてフィリップを見た。フィリップ、あんなにレイと仲悪かったのに。
あの閉じ込め事件以来どうも意気投合したようだ。そうとしか思えない。
「ちょっと待て、サイボーグシップ? 昼間の、確かホークアイという男とは別だよな?」
シュンイチの声はどこか怪訝そうだ。
(ああ、言われると思った……)
「ああ、ホークアイとは別。みんなドルフィンって呼んでるパイロット。俺たち、実は今、アサクラファミリーのお屋敷にいるんだ……ドルフィンってのは、つまり……」
バラしちゃってもよかったのか? とフィリップが視線を投げてきた。
「え、あの金持ちエリアの大豪邸の?」
「アサクラってあのアサクラか?」
シュンイチが焦ったように声を落とした。ラビもあまりに驚愕したのか声が掠れていた。
ミラが小声で補足した。
「うん。あそこのお屋敷の息子さんがドルフィン」
「レイ・アサクラ……ってこと? え……ちょっと待て、どういうことだ? あそこの息子、原子力施設のテロ以降、音沙汰なしだろ……あ、サイボーグシップか。まさか、身体が戻らなくてサイボーグに!」
ミラは、流石ワッカ詳しいなあと感心した。冷静沈着で誰よりも頭がキレるのがワッカだ。
「シュンイチ、大丈夫。俺も最初は疑ったけど、本当にいいやつだし、本当にミラのことを大切にしてる。な、ミラを信じてくれよ。俺もあいつがいなかったら、今頃ここにはいなかったかもしれない……ニコだってあいつがここまで運んでくれたんだ。たかがぬいぐるみだって普通の大人の男なら馬鹿にするかもしれないけど、あいつはそんなことしない。ちゃんと大切にしてくれてるんだ」
「でもなあ……朝倉の御曹司とか、しかもフルサイボーグ……俺が言うことじゃあないけど」
シュンイチは言いにくそうに言葉を濁した。彼が言いたいことはミラもフィリップも手に取るようにわかっていた。
「身分差とか、住む世界が違うとか思わないことはないけど、だからこそうまくやってるんだ、ミラとドルフィンは。って俺は思うよ。ま、今度会ってみてよ、な、ワッカ姐は仲良くなれると思う」
結局、久しぶりの再会は重苦しい雰囲気のまま終わった。ワッカは終始雰囲気を明るくしようと色々と話題を振ってくれた。今、彼女はセミサイボーグの理学療法技師士の試験に合格して働き始めたばかりと言っていた。なるほど、あそこでサイボーグになったのかと一瞬で理解してくれただけのことはある。メカニック義足や義手にも詳しいのだから、フルサイボーグに理解があるのも頷けた。
シュンイチも研究職としての仕事は充実しているらしい。
ラビもいくつか掛け持ちで働いているようだ。荷物の配達だとか、引越し業者のヘルプ、今は避難所でもいくつか力仕事をしているらしい。
ユキも調理師として働いているが、しばらく三人とも会っていないようだ。元気なことはメッセージを通して知っているらしい。
結局、シュンイチはフルサイボーグと付き合うのは心配だと重ね重ね言ってきた。
(ユキはどう思うだろう……)
ミラとフィリップはユキの連絡先を聞いた。だけど、とてもではないがしばらく連絡していないのにいきなり電話をかけるなんてする勇気もないし、メッセージの申請をする勇気も出ない。
それに、ユキにまでレイとのことを反対されたら立ち直れないかもしれない。
他のきょうだいたちのことも聞いたし連絡先も教えてもらったが、ユキと同様の理由で会いたくてもしばらく会える気はしなかった。
ミラは意気消沈のまま屋敷に戻った。
結局、夕飯の時間になってもレイは戻ってこなかった。ものすごく会いたい、話したい。
「イチカさん、すみません、ご挨拶が遅れました、ミラです。お世話になってます」
「あらいいのいいの。零ちゃんも嬉しそうだし、ゆっくりしていってね」
やっと対面できたドクター・アイカワ。地球の救世主でありレイの祖母であるイチカはおっとりとした小柄な女性であった。
ミラがぼんやりしていると、後ろから誰かに肩を抱かれた。誰だ、と思えばキョウカであった。ヒールを履いていないキョウカはミラより数センチほど背が低かった。
「ミラちゃん、キャシーちゃん、今日はステーキよ! いい? 遠慮しないで食べなさい」
ミラは驚いた。オープンキッチンには見事な鉄板。蓋がしてあったのだろう。そうか、下は鉄板だったのか! リュウが不敵に微笑んだ。
「さて僕に任せて。リーさんちの肉は最高だから!」
リーさんとは? とミラが混乱しきりでいると、キャシーが教えてくれた。昼間クリムゾンとスミルノフ大佐が来たらしい。
「会いたかったな、クリムゾン」
「そっかそっか、ミラが上官がいても気にしないって言うんなら、今度ミシェル君呼んで焼き鳥パーティしよう! 零はなんか上官の人がいるのが嫌だったらしくてどっか行っちゃったからねぇ……」
「はい! クリムゾンとスミルノフ大佐なら歓迎です!」
ミラは少し思った。この家の人間は、ヤキトリを食べるんだな、と。
リュウの焼いてくれたステーキはとんでもなく美味しかった。
シャンパンで乾杯し、グリル野菜から晩餐が始まった。
脂肪分が少ないヒレ肉とは思えないほど柔らかい肉は、程よく熱が入ったミラがお願いした通りのミディアム・レア。ソースをかけるなんて勿体無くて、塩と胡椒でいただいた。
二枚目、もう少し脂身の多い部位はリュウのおすすめでわさび醤油をつけていただいた。
最後にはガーリックライス、デザートにフルーツまで出てきて、贅沢すぎるフルコースであった。
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