18. 朝倉邸 起きてきた面々

 十時過ぎた頃に起き出してきたジェフだが、大学時代の恩師に「人手が足りない! こっちにいるなら手伝え!」と呼び出されて大学病院に飛んで行ってしまった。


 サミーは仕事をすると引っ込んだ。

 ホークアイは避難所にいる父親に呼ばれたと言ってドローンを飛ばして行った。レイとエリカに部屋の片付けをできずすまないと言いながら。


 フィリップはホークアイに付き合うと言って自ら荷物持ちや人手が多い場所でドローンの運搬係に名乗りを上げて一緒に出かけていった。

 それにしても、ミラはフィリップがホークアイと出かけていったことに心底驚かされた。


(意外だなぁ……)


 ドローンだと人混みで身動きが取れないし、大変だろうからサポートすると本人は言っていたが、おそらくこの豪邸から抜け出したかったのだと思ったミラである。

 それから、あの数々の戦役を乗り越えてサイボーグへの考えを改めたのもあるのだと思う。

 この数日間の戦いで管制機能が完全に麻痺し、全面バックアップをしてくれたのはホークアイだ。彼なりに礼を尽くしたいと思ったのだろう。

 

「ジェフ、救急に呼び出されたかぁ。本当に大変だなぁ……」

「そうねぇ。まあそれがジェフらしいといえばジェフらしいから」

「カナリア、ミラとキャシーとダガーはあの件、まだ知らないんだろ?」


 レイが何か意味深かなことを言い出した。ええっと、とモジモジし始めたエリカから衝撃の事実を聞いた。


(エリカとジェフが!?)


 ミラは全然気づいていなかった。驚きに目をまん丸にする。


「ミラの目がまんまるフクロウちゃんみたいになってる……いや、俺もびっくりしたよ。あいつ本当女の影とか全くなかったからなぁ」


 その時だ、席を外していたリュウが戻ってきた。


「ジェフ君の彼女か。見る目があるねぇ。いい男だと思うよ本当に。まあ度の過ぎたワーカーホリックだけど……」

「ああなったのは半分俺のせいなので反省している」

「まあまあドルフィン、ジェフの病状はエリカがなんとかしてくれるって! な、エリカ!」

「ちょっと! プレッシャーかかるようなこと言わないで!」


 キャシーの無茶振りにエリカが慌てているのがドローンの姿でも手に取るようにわかった。


「で、ばあちゃんはどうだった?」

「あれはダメだね、起こそうとしたけど無理だった。多分夕方まで寝てる」 


 レイの祖母、つまりリュウの妻であるドクターアイカワ。イチカは明け方まで仕事をしていたようで寝ているらしい。


「キャシーも無理して起きてこなくてよかったんだ、なんかまだ眠そうだし」


 そうレイはキャシーを案じるような気配を見せた。


「いや、昼夜逆転するし……すみません、お邪魔してるのに九時過ぎまでダラダラと」


 キャシーは律儀にリュウに頭を下げた。


「ここは軍隊じゃないんだよキャシー。ゆっくり休めたみたいでよかった。ジェフ君ももうちょっとのんびりして欲しいかったんだけど……こればっかりは仕方ないな」


 リュウは苦笑してみせた。そうですね、とミラも曖昧な笑みを浮かべた。


 部屋の片付けをする、とレイとエリカは仮想現実空間にログインしてしまった。昨夜盛大にどんちゃん騒ぎをしたらしい。

 あとついでに改装すると言っていた。あまり数人で集まるのに向かない部屋の構成らしい。

 キャシーは遅めの軽い朝食を食べているところだ。リュウお手製のフルーツサラダである。


「そういえば、役所の手続きとかどうすりゃいいんだろ。船籍チェンジだろ、普段だと結構審査とかかなり厳しいっていうよな?」


 ぼそ、とキャシーがこぼしたので、ミラはしばし逡巡して口を開いた。


「今行政も混乱してると思うから……うーん」

「何かあったら政府から知らせが入るよ。今はゆっくりするといい。仕事だってそれからだろうし」


 隣にいたリュウが微笑んだ。


「そうですよね……」


 そう言ってミラはテレビに目を向けた。画面には避難所の様子が映し出されている。こんなところでぼんやりしていていいのだろうか。

 そんなミラの心を見透かすようにリュウは口を開いた。


「ミラ、君はまずは怪我を治すこと。心身を休めなさい。キャシーもだ。君だってサミーに乗ってドッグファイトしたんだろ? しばらくのんびりしなさい。避難所に関しては今こそばたついているけど、うちの一家でも緊急で資金援助した。京香の会社の傘下のホテルは全棟無償で貸すって言ってるし、東方建設は今急ピッチでサブアイランドに仮設住宅を建設中だ。テレビより僕の方が詳しい。なんでも聞いて?」

「私たちが逃げてきたことで、今度は敵がブラボーⅠに襲いかかってきたりとか……しても今応戦もできなくて、どうしようって……」


 心配で不安な心が口からこぼれてきてしまったかのようだった。


「東方重工傘下、東方ディフェンスシステムズと軍共同開発の最新鋭の迎撃システム。あれはそうそう掻い潜れない。捕縛したゼノンの機体を解析し尽くして、エンジンが特定の熱紋を発していることに気づいた。それを探知することができる。ブラボーⅡにも配備する予定だったけど間に合わなかった。京香は嘆いていたよ、あと一ヶ月早く開発できていればブラボーⅡは救えたかもしれないって」

「そんな……、そんなシステムが……」


 キャシーはびっくりしたように顔を上げた。


「それを管理しているのがチェックメイトの集めたデータで動くシステム。チェックメイトっていうのはサミーの姉。チェックメイト自体はサミーみたいにアマツカゼに搭載されたAIだからね」

「そういえばサミー、きょうだいがいるって言ってました」


 ミラの言葉に、リュウはうんうんと頷きながら口元にうっすらと笑みを浮かべた。


「しばらくは安心して過ごすといい。その間に京香はゼノンを根本からボッコボコのギッタギタにする何かを作ってやるって息巻いてる。てなわけで、昼は気分転換に寿司屋に行こう!」


 リュウはぽんと手を一つ叩いた。

 ここはブラボーⅠ。日本人街があって、どの移民船よりも日系人が多い。ミラの口元は隠しきれない笑みをたたえていた。


「「本物のスシ!」」


 ミラとキャシーの声が重なって、リュウは笑い声を隠しきれなかった様子だ。

 その時、ミラの電話が鳴った。表示されている名前はフィリップであった。

 彼女は珍しいと思った。フィリップは急ぎでもない限り電話はしてこないからだ。


「もしもーし!」

「あ、ミラ! 今ちょうど避難所でボランティアしてるワッカ姉とシュンイチに会って……夕方とかにでもどっかで会いたいって! あとラビも来れそう!」

「え、ワッカとシュンイチ!? ラビも?」


 ミラの声がワントーン高くなった。実験室の仲間たちだ!

 辛いことがたくさんあった。今度こそ死ぬのではないかと思った時もあった。

 でもそれすら霞んでしまいそうな、今までとは違うめくるめく日々が始まる予感に胸が高鳴った。

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