15. 朝倉邸 龍とミラ
「う……ん?」
遠くでニワトリの鳴く声が聞こえた。腕にしたままであった端末に目を向ければ、午前五時。
メッセージや着信が大量に来ているようだ。ホーム画面に現れた数字に動揺を隠せない。
ミラはむくりと寝心地のいいベッドから身を起こして起き抜けの身体で伸びをした。
腹が猛烈に減っていた。ミラは再度ちらりと端末に目をやる。
(着信めちゃめちゃきてる……)
バイタルデータを読み取るので、寝ている間は音も振動もないのである。だから全く気づかなかったが、メッセージや着信が山のようにきていた。
シュンイチの名前が一番上にあった。
ニコをプレゼントしてくれたユキの息子だ。『連絡遅れてごめん。私もフィリップも無事だから落ち着いたら会いたい』と送信する。
その次にあったのはワッカの名前だ。彼女は実験室の仲間だ。こちらの住民である。
彼女も狼のゲノムが組み込まれた被験者だ。
みんなのまとめ役でもあった同い年の彼女。ごめん寝てた、こちらの知り合いの家に泊まってる、そう返信しかけたミラは少しだけ間を置いて『ごめん、寝てた。ブラボーⅠ出身のボーイフレンドの家に泊まってるから大丈夫。フィリップも一緒だから安心して!』と返信した。
なんだか気恥ずかしくなって俯く。そう、ボーイフレンドなのだ。
(未だにちょっと信じられない)
好きな人と両思いというのが未だに少し信じがたいミラであった。気づけばレイのことを考えていたミラは視線を手元に戻した。
「ワッカ、元気そう……よかった」
ミラは口元にうっすらと笑みを浮かべた。
メッセージを全て送り返したのち、顔を上げて周りを見渡す。
昨夜、ほとんど気を失うようにベッドに倒れ込んだことを思い出した。ここは来客用の寝室だろうか、と思いつつ周囲の異質さに目を瞬かせる。
ミラは立ち上がって壁際に移動した。
己の背丈よりも高いガラスのショーケースの中にはケースに入った化石が並んでいる。
「ティラノサウルスだ……」
ユタラプトル、デイノニクス……他にも色々な恐竜の歯や爪、七色に光るアンモナイトの化石もある。アンモナイトの化石はよくよく見てみればアンモライト、と記載されている。
隣のショーケースに視線を移せば、いくつものボックスが並び、その中で腕時計がゆらゆら揺れていた。きっと機械式時計だ。
(全部ハイブランドだ……)
時計にはミラでも知っているブランドロゴ。ひとめでハイブランドであることが窺えた。
壁には額縁に収められたカラフルな鳥の羽。
ミラは気がついた。きっとここはレイの寝室だ。
彼女はハッとして後ろを振り返った。さっきまで自分が寝ていたベッドがある。クイーンサイズのベッドだ。
「レイのベッド……」
ミラはそう呟いて言葉を失った。
きっとそうだ、そうに違いない! 彼女はもう一度ベッドに潜り込んだ。
(レイのベッドだ、きっと……)
枕に顔を埋めた。
だからといって何があるわけでもない。この後どうしようとしばし思い悩む。
枕からは、昨夜使ったシャンプーの柑橘のようないい匂いがした。自分の髪の匂いが移っただけである。
再び遠くでニワトリの雄叫びがうっすらと聞こえた。
ミラは寝室にあった扉をこそりと開けてみた。一つは鍵がかかっていたが、もう一つは開いた。
そこはシャワールームであった。
「すっごい何これ!」
洗面所には一流のホテルのように洗練された綺麗な洗面台。さらにドアの向こうにはバスタブのついたシャワールーム。もちろんトイレもある。
(寝室にシャワールームとトイレ……)
意味がわからない。
シャワールームには着替えとタオル、それから洗面台には歯ブラシや基礎化粧品もあった。準備万端で己はこの部屋に放り込まれたようだ。
ミラは挙動不審ぎみに部屋に戻った。
よくよく見れば、ベッドの脇にあったのはミニバーである。開けてみればスパークリングウォーターが入ったペットボトル。
(飲んでいいの? いいのか? いいんだよね?)
ミラは混乱しながらペットボトルを手に取った。
グラスも置いてある。交互に視線を向けおずおずと口を開いた。
「い、いただきます……」
ミラは恐縮しながらそれを注いで口にした。
「すっごいドライヤーだったな」
入浴後、髪はあっという間に乾いた。風量もさながらながら、髪がサラサラになった。指通りがいい。
(このドライヤー欲しいな……)
これはいい。そう思ってミラはその場で端末で検索をした。
(ゼロの数、おかしい……)
いや、買えない値段ではない。だが、ソックスのところで飲んだ大奮発して買ったワインの倍くらいはしている。
だが、これを客用のドライヤーとして、と考えて、ミラは洗面所を後にして高級腕時計を眺めた。
(この辺に比べたら安いか)
早くも金銭感覚がバカになり始めたミラがいた。
頭も蒸発しそうだし、風呂上がりの身体も火照っている。ミラは少し涼もうかと窓辺に寄って窓を開けた。朝の冷涼な空気が肌に吹きつけた。
「すごい、中庭だ……」
ミラがいるのは二階だった。ぐるりと屋敷で囲むようにして中庭がある。外はまだ薄暗い。
そこに、背の高い男の姿が見えた。レイの祖父のリュウだ。
彼はこちらに手を振ってきた。
「おはよう! よく眠れたかい?」
「おはようございます、おかげさまで!」
リュウの足元をニワトリが走り回っている。ミラはこの時、本物のニワトリを初めて見たのだ。彼女は目を輝かせた。
「ニワトリだ!」
「よかったら下に、玄関においで! 外で遊ばせてるから」
「行きます!」
窓を閉めてミラは一階に向かった。
玄関に向かうとリュウが待っていてくれた。
「これ、僕のウィンドブレーカーだけどクリーニングから戻ってきたばっかりだからよければ着る? あ、元は零が着てたやつだから!」
なかなか威厳のある顔つきながらも柔和な表情のリュウがそう言った。
口調はレイとそっくりだ。さすが祖父と孫だ。
「ありがとうございます」
「気にしないで、ちょっと遊んだら一緒に朝ごはん食べよっか」
「はい!」
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