12. サイボーグ協会前 チェックメイト

「どうだった?」

「会長は元気です。ご安心ください」


 サミーの言葉でラーズグリーズも無事にこちらに辿り着いたことがわかった。


「我らの処遇もどうにかなりそうだ。軍と政府がシステム系の皆も重工製以外の皆も預かってくれる」

「それなら一安心だな」


 零はうそぶいてみせた。仕掛けたものは全てかっちりハマったようだ。


(ばあちゃん、アシストありがとな)


 後で祖母には礼を言わねばならない。

 母親の京香は自社製のサイボーグシップならば絶対にフォローを確約するのはわかりきっていたし、零の思った通りに事が運んでいた。


 フォローの見返りとして、何件か零に仕事を頼みたいと京香は言っていたが、まあ無茶なことは言わないだろうとたかを括っていた。

 他にも零はこっそり上官や知人の安否確認も済ませていた。直の上官であるスミルノフ、それからホークアイと飛んできたクリムゾンの安否はホークアイに聞いていたが、他はさっぱりだった。

 サミーに調べさせたところ、ソックスの家族も無事にこちらに辿り着いているようで胸を撫で下ろしたところだった。


「もう個人レベルでできることもないし、ちょっと休憩しましょうって話になったんです。ホークアイはラーズグリーズから労働禁止令を言い渡されました。私はホークアイが働かないように監視する担当をおおせつかりました」

「ホークアイ、もし疲れていて横になりたきゃ俺の部屋のベッド使うか?」

「いや、疲れているが眠気はない」


 零の部屋はブラボーⅠに未だ残してある。ログインしたままアバターでベッドで寝るのが好きと聞いたことがあるホークアイだったので提案してみたが、どうもそんな気分ではないようだ。

 零は時間を確認した。後少ししたら夕飯の時間。

 だったらこのままサイボーグ組はこちらで息抜きもいいかもしれない。


「カフェやバーにでも行きません?」

「いいわね!」


 サミーの提案にカナリアの弾んだような声が響いた。それと共に自動ドアが開き、硬い靴音が聞こえた。

 サミーとホークアイの身体で相手の姿は見えないが、ここはサイボーグ協会のエントランス前。道の真ん中で皆で喋っていては邪魔だ。

 零が道の端に移動するよう促した時、ちらりと背後を確認したサミーの動きが止まった。


「よかった、まだいたか。ブラボーⅡのサイボーグ諸君、ごきげんよう」


 そこにいたのは黒いフリルとレースたっぷりの、いわゆるゴシックロリータな服装に身を包んだ女児だった。ホークアイよりも色の濃い輝くような金髪に碧眼。フランス人形のような顔立ち。

 零は驚きのあまり言葉を失う。


(この年齢の子供のアバターは認められていないはずだ……) 


 見たところ、十歳よりは下だろう。 


「チェックメイト……私の姉です」


 サミーにはきょうだいがいるとは聞いていた。彼女が長女のCheckMateチェックメイトなのか。

 祖母の作ったAIでサミー以外と会ったのは初めてだ。


「ではAIか。なるほど、そのアバターは特例だな」


 ホークアイの言葉からも彼が零と同じことを考えていたことがうかがえた。

 未成年はアバターを作成できるのは十三歳からだし、成人するまで実年齢よりあまりにも年下に見えるアバターの作成は禁止だ。また、成人が未成年にしか見えないアバターを作ることも認められていない。


「サミット、我らのきょうだいを名乗らせるのも恥ずかしいほどの出来損ないがなぜこの顔ぶれとこんなところに? 博士が作ったアルゴリズムをそこまでジャンクに書き換えられるとはある意味天才だ。何を学習したらそうなってしまうんだ? 貴様とは話したくもない」


 仰々しいほど芝居めいた口調だった。

 カナリアはその不遜な物言いに顔色を変えた。


「チェックメイト、ここではよさないか?」


 サミーが呆れたように言った。

 ホークアイがチェックメイトを睨みつけている。ぎりりと奥歯を噛み締める音さえも聞こえた気がした。

 戦場では冷静沈着な司令塔とか言われているらしいこの男だが、零が知っている他の誰よりも口は悪いし短気。そして、誰よりも情熱的。


(爆発寸前だが頑張っているな……)


「お前のような自分の船団を沈ませる戦犯に用はない。ブラボーⅡの優秀なサイボーグシップたちに挨拶に来たんだ、私は」


 戦犯。流石にその言葉に我慢ならなかった零であるが、零のかたわらの男はそれどころではなかった。

 ホークアイが拳を握りしめてわなわな震えている。そのアイスブルーの瞳が氷点下の色を宿していた。

 一歩踏み出しかけたホークアイの左肩を零が掴んで引き止めた。同時に、ホークアイの右肩にはサミーの手が置かれていた。 


「あなたはこれから人間と円滑にコミュニケーションを取るためにも、もう少し空気を読めるようになった方がいい。私はなんと言われても構いませんが、皆がショックを受けているので。私たちこれからカフェに行くので失礼しますよ。さてホークアイ、アイスでもケーキでもなんでも奢ってあげますからね〜!」

「チェックメイト、帰り際にすみません。ちょっと急ぎで教えてほしいことが……!」


 自動ドアからまるでタイミングを読んだかのように職員が出てきた。しかもチェックメイトの携帯端末までもがけたたましく鳴った。

 今だとサミーが動いた。零はなんのことかさっぱりわかっていなかったが、サミーは確信していた。

 大統領府からの出撃命令だ。無視するわけにもいかないだろう。


 ホークアイが非難の声を上げた。


「おい、サミー、離せ!」

「サミット、待て!」


 サミーはチェックメイトの言葉を無視し、ホークアイの肩を抱くようにして半ば強制的に背を向ける。


「行きますよホークアイ」


 ホークアイを引きずるように通りの方に歩き始めた。まるで駄々をこねる幼児を連行する親のようにすら見える。  

 零とカナリアは慌てて彼らを追いかけた。


「おい離せサミー! あのクソガキを黙らせる!」

「相手がAIでもこんなところで手を出したら即お縄です。我慢してください」


 なおも抵抗するホークアイ。零はサミーの手伝いをすることにして、サミーの逆側にアプローチ。腕を掴んでずるずる引きずる。

 じたばたもがいたが無理だ。そのままサミーとスタスタ歩き続ける。やがて、抵抗が止んだ。


「少しは頭が冷えた?」


 カナリアの声に、ホークアイは口を開いた。


「……どうしても許せず逆上してしまった……悪かった」


 消えいるような声だった。


「何も悪くないですよ。あんなに怒ってくれるとは思いませんでした」


 零はサミーの言葉とほぼ同時にホークアイを解放した。

 ホークアイはため息をついてから口を開いた。


「なんだあれは? サミーはできることを全てやって我らを逃したのに、何がジャンクだ!」

「最初は私たちは全く同じに作られて……初めは全く同じアルゴリズムで動いていたはずなんです。でも各々で色々学習して書き換えが進んでいて……だからかチェックメイトはあんな感じに……ホークアイが激怒しているのだってわかっていたはずでしょうに、なぜあんなことを」 


 そう言っていたサミーがホークアイにいきなり抱きついた。


「うお!」

「でも嬉しいです、あんなに怒ってくれるなんて!」

「おい、離せ!」


 ホークアイは本気で迷惑そうな声を上げた。


「ありがとうございますホークアイ! 大好きです!」


 こう見ていると、やはりサミーに性別はなく限りなくニュートラルな存在なのだなと思う。性別がプログラムされていれば、多分こんなところでホークアイにこんな風に抱きついたりしないしましてや大好きなんて言わない。

 この世の男性の過半数がしそうにない行動を、AIであるサミーが取るはずもないからだ。


 サミーに対して腕をつっぱってなんとか引き剥がそうとしているホークアイは、見ている分にはかなり面白い。

 零は高みの見物と言わんばかりに腕を組んで唇に弧を描いた。


「サミー! 往来で大の男が同性に抱きついているのは人目を引く! やめろ暑苦しい!」

「じゃあ脱ぎましょう!」

「「そういう意味じゃない!」」


 零とホークアイの口から一字一句同じ言葉が飛び出した。

 零は黙って見ているつもりだったが、思わず口が出てしまった。こんなところで脱がれたら困る。カナリアは声を上げて心底楽しそうに笑っていた。

 やれやれ、と言いながらサミーがホークアイから離れた。


「わかってますよ、わかってます。なんだか面白くなってしまって。とりあえず、そこの店でも入ります?」


 サミーが指差したのは、ショーウィンドウに色々なスイーツが並んだ一軒のカフェであった。


「チェーン店です」


 サミーが付け加えた。零はそのカフェを利用したことはないが存在自体は知っていた。五体満足だった頃、何度か見かけたことがある。


「カフェ・ツェントルム。ブラボーⅠに何軒かある店だな」

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