10. 仮想現実空間 零とエリカ 買い物

 サミーはホークアイと一緒に過ごしながらも、裏では大統領府にデータの提出をして会議を続けていた。


「こちらも敵機は捕獲して調査済みだ。艦内には入れていない。衛星で管理してもう始末済みだ」


 国防長官の言葉にサミーは驚きを隠せなかった。


「どうやって始末したんです?」

「中性子線を使用した。奴らには人間で言うところの核のようなものがあり、染色体に似た構造のものを内包していた。あとは単純に酸欠にしたり、氷漬けにしたりすれば死ぬ。宇宙空間に放り出すのが一番だ。だが、捕獲した敵の傾向から、過半数はかつて地球に襲来した機体と変わらない。半生物が載っている機体はわずかだ」


 ブラボーⅡで捕獲した捕虜以外に、艦内戦闘で撃墜した機体があった。彼らはあまりにも損傷が激しくろくなデータ収集もできなかったが、どうも、全てにあの半生物とでもいうべき核は載っていないらしい。


(気づかないわけだ……)


 かつて地球に攻め込んだゼノンに生物反応は見受けられなかったが、そこに関しては未だ謎が残る。だが、殺し方がわかったのはかなり有益な情報である。


「なるほど、半生であるからに放射線は有効な手段ですね……電子機器も基本的に高線量下ではまともに動かなくなりますし」

 

(捕虜を放射線で殺したのか……ドルフィンには聞かせたくない話だ)


 確かに、パルスガンでは意識を失わせるまでしかできなかったからだ。だからラプターに小型爆弾を設置させたのだ。


「外側の殻を閉じた個体は通常兵器では壊せない……おそらく、君は捕虜を始末したつもりだろうが、小型の爆弾程度であれば死んでいない。まだブラボーⅡで生きているだろう」


 未だ四十歳。若きブラボーⅠの大統領、チアゴ・サントスは冷静に言った。それに対し、サミーが問いかける。


「とすると、いかがなさるおつもりですか?」


 サントス大統領はブラボーⅡ副大統領であるハサン・ハリムウスマーンにはしばみ色の視線を向けた。


「あなたがよしとするならば、反応弾を携えてブラボーⅡを潰しに行く。なるべく早急に。もう軍は展開済みだ」


 ブラボーⅠの大統領はソックスが亡くなったあの時、同時に国会議事堂を襲撃され死亡していた。現在、ブラボーⅠの代表はハリムウスマーン副大統領であった。

 副大統領は重々しく頷いた。


「ああ、それしかあるまいな。資源を奪われて奴らが再利用する前に、ブラボーⅡを放射線で汚染して使えないようにする……ありだな」


かくして、ブラボーⅠとブラボーⅡの臨時共同政府が樹立されることとなった。


***


 調理を終え、洗浄が済んだキッチンの零のアームが収納された。

 夕飯の準備が一通り整ったちょうどその時、仮想現実空間のサーバーが安定したと連絡があった。

 皆のいる客間にドローンを飛ばすとテレビがついていた。ニュースのチェックをしていたらしい。避難所の様子が映し出されていた。


(なかなか厳しいな……)


 支援をするにもどこにどう金を出すか頭が痛い。

 カメラで見渡せば、カナリアのドローンが起動状態だ。


「あれ、カナリア。休んでたんじゃないのか?」

「なんだかよく眠れなくて」


 零は彼女の気持ちがよく理解できた。

 サイボーグたちとジェフまで乗せてきたのだ。相当気が立っているだろう。眠れないのは仕方ない。

 零だとて亜高速航行に入って制御をサミーに任せられる状態だったが、眠るどころか余計に目が冴えて眠れなかった。ミラも同じだったようだ。たまにポツリポツリと会話したり、ミラがサバイバルキットのビスケットをポリポリ食べるのを見たり、お互い言葉もなくぼうっとしたりして過ごした。


「サーバー、安定したようね? 私たちもサイボーグ協会覗きに行かない?」

「そうだな、向こうが気になる。俺たちも行こう」


 その言葉に、ジェフが問いかけてきた。

「龍先生の手伝いは終わったのか?」

「ああ、夕飯作りもひと段落済んだところだった。あとはカレーを煮込むだけ。じいちゃんもカレーライスなんてベタなもん作るよなぁ……」

「カレーか! ああ〜、俺なんか手伝った方がよかったよな……」

「私もなんかしないとな……片付けとか、明日になったら掃除とか?」


 ジェフとキャシーの顔にはでかでかと「しまった」と書いてあった。


「しばらくゆっくりしてほしいってじいちゃんが言ってたから、そんなに気にするな。まあ今夜酒にでも付き合ってあげてくれ。きっと喜ぶ。じいちゃん酒豪だからいくらでも飲むし。牛すじカレーだから楽しみにしておくといい。じゃあカナリア、向こう行くか?」

「ええ、行きましょう!」


 

 ログインしてすぐさま、寒すぎて己の腕を抱く。


「さ、寒っ! なんだこれこっち季節導入されてるんだっけ?」


 零はいつもカナリアやホークアイと話す時のようにドイツ語で話しかける。


「そうみたいね……別に風邪ひいたりしないからいいんだけど、地味に削られるわね」


 隣りのカナリアを見れば、膝丈のスカートにブラウス姿だった。このままにしてはおけない。


「どこかで上着を買おう。とりあえずこっち」


 そこは東京、銀座の歩行者天国を再現している街並みだ。零にも見慣れたブランド店が軒を連ねているので、彼の感覚で手頃な価格の手近な店に入る。

 零はとりあえず目についたテーラードジャケットを選び、店員にレディースのフロアに案内を頼み、移動してカナリアのコートを見繕う。


「このブランドならやっぱりトレンチだろ。これとかどう?」


 カナリアを見ると、ここで自分も買うのか、と驚きの表情をしていた。


「あ、ブラボーⅠって通貨円だったわね。これってものすごい価格じゃないかしら? ドルフィン、ちょっとこんな高級な……私は庶民なのよ!」


 タグの値段を見てカナリアが狼狽えている。銀行はブラボー姉妹船団で共通だ。口座の中の金は生きているはずだし、カード類も使えるはずだ。

 だが、零はカナリアに払わせる気は一ミリもなかった。


「普段世話になってるしプレゼント。うーん、ミラには黙っててくれる? ミラに服ってあげたことないからさ」


(多分ミラはブランド物の服とかあげてもあんまり喜ばないだろうしなぁ)  


「ミラにもだけどこんな高級ブランド、悪いわよそんな!」


 零はそう言われて戸惑った。彼には普段着のレベルの店だ。


「あの時の礼だよ。ショッピングモールでプレゼント選びに付き合ってくれただろ」

「値段が釣り合わないわ……」


 遠慮しつづけるカナリアを押し切り、それを鏡の前で羽織らせる。


「うん、問題ない。似合ってるぞカナリア」

「お似合いですね」


 音もなくどこからか現れた店員の援護射撃に心の中でガッツポーズをした。いいぞ、そのまま協力してくれ。

 この店員は、おそらくサイボーグ化を許されなかった先天性の身体障がい者か中途障がい者だろう。事故や病気で脳内にチップを埋め込んでこちらで生活している人間だ。


 フル・サイボーグは一般的に政府のお抱えだが、それ以外のこちらの住民はフリーランスとして働くか役所、一般企業のリモートワークなどに従事するほか、こうして仮想現実空間内でのショップの店員や飲食店にて仕事をしている者も多いのだ。

 ブラボーⅠはいち早く障がい者たちへの仮想現実空間への門戸が開き、こちらの環境も抜群にいい。


(いいな、違和感がない……)


 かなりテンションがハイだった。今ならミラにキャッシュ一括払いで自家用の航空宇宙船をプレゼントできる気がする。 


「で、でも……」

「俺は昔、友達の誕生日にスポーツカーをあげたことがある。だからこれくらいの値段は気にならん」


 カナリアは愕然とした顔をした。


(しまった、オートバイくらいにしておけばよかった)


 残念なことに零は自分の金銭感覚が庶民とあまりにも乖離していることに、未だに気づいていなかった。 


「……もしかして、と思ったんですがやはり朝倉零様ですよね、お元気そうで何よりです。昔、百貨店で勤務していた折に対応させていただいたことが」


 店員に言われてまじまじと顔を見た。零ははっと思い出した。


「あー!!外商の!」


 名前は思い出せない。だが、男の顔には見覚えがあった。結構世話になった記憶がある。


「交通事故でこちらの住民に。でもこうして前と変わらずお客様の対応ができるのはいいですね。お連れ様、お気になさらず。零様にしてはかなり大人しめなお買い物の仕方です」

「おーい」


 大人しめな買い物の仕方とはなんだ。零は心の中でツッコミを入れた。


「彼女さん……にしては安い買い物ですね?」


 この質問に、眉間に皺を寄せていたカナリアがとうとう噴き出した。


「友人だ。普通自分とこの商品安いとか言うか?」


(いいぞこのままならいける!)


「ああ、なるほど納得しました。ご友人ですか、それにしても安い買い物ですね」

「ちょっとなんのコントのつもり?」


 カナリアはクスクスと笑い続けている。


「てなわけだ。大人しくもらってくれると嬉しい」

「ふふ、わかったわドルフィン、ありがとう。大人しくプレゼントされるわね」

「会計を頼む。もちろん、一括払いだ。このまま着ていく。サイズ変更も後から可能だろう?」

「ええ、もちろん可能です。二点ですね、ありがとうございます」

「また今度遊びに来る。悪い、名刺かなんかもらえるか?」


 零がここにいることやテロの後のことなど色々気になるだろうに、深く聞いてくることもなかった。その姿が零の目に好印象に映った。少しだけ店員と立ち話し、二人は表に出た。

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