9. サイボーグ協会 フローリアンとサミー

 自動ドアが開く。ロビーにたくさんのサイボーグたちが疲れ果てた様子で座り込んでいた。

 泣いている者もいる。

 皆が一斉に逃げてきたわけではない。ランデブーポイントで集まってのち、大型の機体に随行する形で逃げてきた者たちも多かったはずだ。

 もうそろそろ、大体の安否確認も済んでいるはず。


(そろそろこちらにたどり着いた者は全員検疫を抜けただろう……)


「ホークアイ、無事だったか!」「君が無事でよかった!」「ホークアイ、君なら生き残ると思っていた!」


 ブラボーⅡの仲間たちに囲まれる。


「皆も無事でよかった」

「これだけサイボーグが一気に増えて、輸液交換や機器整備は間に合いますかね……」


 一人が不安そうに口にした。 


「私もそこに関しては頭が痛いと思っていたが……アサクラ総裁が動いてくれるとのことだ。安心してほしい」


 周囲がどよめいた。


「ホークアイ、東方重工にも顔が効くんですか?」「流石だ……」「もうホークアイに一生ついていきます」


 口々に言われてなんとも言えない苦笑いを浮かべるほかない。


「いや、私と言っていいものか……」

「総裁と顔を合わせるきっかけはドルフィンですよ。彼は総裁の一人息子、レイ・アサクラです。私も創造主はドクター・アイカワですが、ドルフィンがいなければ総裁とここまで仕事以外の話をする仲でもなかったでしょうね」

「お、おいサミー、彼の出自は!」

「もう名前を出してしまえと言っていましたよ、どうせ黙っていてもバレるからと」


 目を見開く者、口が開きっぱなしになっている者。見渡す限り理解が追いついていない様子だ。さもありなん、とフローリアンは思った。

 多くのサイボーグたちの生命維持装置や肉体制御のメカシステムの開発元は東方重工だからだ。

 圧倒されている皆を見回したその時、遠くからこちらに走ってくる見知った姿を見つけた。


「ホークアイ! よかった、無事だったか!」

「ラーズグリーズ! 無事でしたか、心配しましたよ!」


 ブラボーⅡサイボーグ協会会長の無事な姿がそこにあった。手を取り合って再会を喜ぶ。


「ドルフィンもラプターもカナリアも無事なようだな」

「どこでそれを?」

「先程、アサクラ総裁から直々に連絡があった……驚いた。せめて航空・宇宙兵器部門の統括あたりだろうなと思ったが、直々に総裁と話をできるとは。ホークアイが総裁に直接交渉してくれたんだろう? 私の分まで色々と仕事をさせてしまったな」

「交渉というか……なぁ……」


 フローリアンは困ったようにサミーを仰ぎ見た。


「多分、京香さんはホークアイのこと気に入ったと思いますよ」


 そんなまさかとは思うが、サミーのことだ。おそらく総裁の声色や表情から感情を分析してそう判断したのだろう。


「事実だと思うぞ。いい副会長を持ったなと言われたよ。今度はアバターで顔を突き合わせて話したいなと言っていた。音声通話で話したのか?」

「いや、ドローンで、ですね……私とエリカ、それからドルフィンとサミーの機体は今重工で預かってもらっているんです。もう甲板もいっぱいですし、ご存じの通り小型中型サイボーグシップは宇宙空間にあるとメンテするにも負担が大きいので」


 中に人がいる以上、サイボーグシップはメンテナンスに非常に時間を費やす。最低限輸液交換しなければ餓死してしまう。

 一人ではどうにもならない。その辺の健常者より優秀だが、人に頼らねば生きていけないのがサイボーグシップだ。


「ああ、総裁もおっしゃっていた。重工製のサイボーグシップのメンテナンスは引き受けるとのこと。軍がどう動くかわからないが、最悪の場合でも皆の整備士たちは一時的に重工が契約社員として雇ったのち、希望者はもちろん軍への入隊試験を受けることも可能としたいとおっしゃっておいでだ。整備の人材確保も考慮されている。もちろん我々はいずれ軍に移籍することになる。それまでは多少重工での開発系のテストや仕事も引き受けて欲しいと言っていたが、無理にとは言わないとのことだった。皆も安心してほしい」


 皆心配していたのだ、自分達の専属の整備士たちを。

 フローリアンも整備士がいるが、機体の大きさから専属の一人がついているわけではない。彼らとはビジネスライクな付き合いだが、サミーとキャシーのような特別な絆を持っている者も少なくないのだ。


プログレス・ゴールドシュミットPG社の機体に関してはこれから交渉ですか?」


 フローリアンの問いにラーズグリーズは笑みをたたえた。


「そちらの方が難しいのではないかとブラボーⅠ統合軍と政府に真っ先に交渉に行った。ブラボーⅡのサイボーグシップはPG製の機体は少ない、全機軍が預かってくれるとのことだ。それからシステム系サイボーグたちも政府と軍が責任を持って整備してくれるとのことだ。一部空きシステムにすぐに組み込めそうだ」


 手に汗を握っていた聴衆たちはおお、とどよめいた。

 PG社の本家本元は地球のアメリカだ。ブラボー姉妹船団ではあまり工場もなく受け入れ先が危ぶまれたのでそちらの対処を先にしたのだろう。

 やはり頼れる会長だ。流石の行動力とフローリアンは感心するほかない。


(軍と重工には後で恩を返さねば……)


 安堵のあまり、ロビーのソファによろよろと腰を下ろした。


「大丈夫ですか!?」


 案じたサミーが隣に腰を下ろして肩を抱いてきた。


「いささか疲れたが……なんとかなりそうだな、よかった」

「もう休みましょう」


 フローリアン本人に自覚はさほどなかったが、ブラボーⅡのシステムがダウンしたあとは補給以外ずっと宇宙を飛ぶ管制室として働きつづけ、最後は護衛も少なく武器の装備もない、そんな状態で機体に仲間や家族を詰め込んで逃げてきたのちもずっと動き続けていたのだ。

 神経が擦り切れそうになっていてもおかしくない状態である。


「そうだな……全く眠れなさそうだが」

「キャシーもジェフもダガーも妙にハイになっていましたのですぐにベッドに直行とはならないかと。ドルフィンもかなりのショートスリーパーなのできっとおしゃべりには付き合ってくれますよ。それに、カナリアがそのうち起き出すかと思いますし」

「……ああ」

「一度現実世界に戻るのもいいですし、こちらにドルフィン呼び出すのもありですね。ドルフィンの部屋があるはずですので、ゆっくりお茶でも飲むのもいいですし。あ、もちろん外のカフェでコーヒーでも飲んで一服でも。ブラボーⅡにはなかったケーキとかアイスとか、他にも色々軽食とかもありますよ」


 その言葉に、フローリアンは分かりやすく眼の色を変えて顔を上げた。


「こちらのことは任せろ、少し休憩してこい」


 ラーズグリーズに肩をバンバン叩かれて、「お願いします」と後を託し、フローリアンは立ち上がった。

 邪魔にならない程度にブラボーⅠの協会メンバーに挨拶だけ済ませて、ひとまず休憩としよう。

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