7. リムジン 零の元カノの話
ドローン四機で玄関前で待っていると、リムジンが車寄せにぴたりと止まった。
運転席から六十過ぎくらいの細身の運転手が降りてきて、これから乗せるドローンに頭を下げる。
もうこの時点でフローリアンは驚きのあまり挙動不審であった。
「ジャック、悪いないきなり呼びつけて。今日は忙しいだろ?」
「いえいえ、零様とそのお友達ですから喜んでどこへなりとも」
優しく耳障りのいいテノール。見事な英国英語だった。
ドローンを四機運ぶのにリムジンが召喚されるとは何事であろうか。適当なバンあたりでいい。いっそ軽トラックでもいい。
(今更だがとんでもない男とお友達になってしまったな……)
ドルフィンは運転手に礼を言うと、開けてくれたドアに乗り込んだ。
サミーも乗り込んだのでフローリアンとエリカも後に続く。
背後でドアが閉まった。とりあえずソファの上に降りる。
車内はフローリアンの想像する典型的なリムジンであった。ところどころ鳥柄のグッズがあるのが異彩を放っているくらいだろうか。
「ドローンをリムジンで運ぶって変な感じだなぁ」
ドルフィンの言葉にフローリアンは笑いそうになってしまった。この男の感覚でもおかしいということだ。少し安心した。
「ドルフィンがそう思うなら、私の感覚は間違っていないということだな」
「なんか変な感じがしますよね……適当なバンとかでいいんですが」
「サミーですらそう思うのね。私もちょっと落ち着かないわ」
「安心しろ、すぐに着く。ここから大体三十分くらいか、まあゆっくりしてくれ」
念の為アームでドローンを固定した時、ゆっくりと車が走り始めた。
「それにしても意外だ。母さんが早く帰ってあげなさいなんて言うとはな。150%ミラのこといびると思ってたんだけど……俺がいないところで変なこと言われても困るからしばらく目が離せないな」
「え、君、総裁がラプターのこといびると思ってたのか!?」
フローリアンは驚きのあまり素っ頓狂な声を出した。
ラプターには以前「そういうことをする人じゃない」と言っていたが、あれは安心させるために言っていたのだろう。少し意外だった。
「あの人、俺がテロに遭ってからめちゃくちゃ過保護だからやりかねないだろうなってな……前々から元カノとか紹介してもまあ……いい顔はしてなかったからなぁ絶対に突っかかるだろうなと思ったんだけど」
「どうかしらね、今までドルフィンが連れてきた元カノとジャンルが違うんじゃなくて? 宗旨替えがどうとか言ってたじゃない」
ああ、確かに。エリカさすがだ鋭いな、とフローリアンは手放して称賛するほかなかった。
「流石だエリカ、その節はあるな」
「過去ブラボーⅠの週刊誌ネタやネット記事からダウンロードしたドルフィンの女性遍歴を見るに、カナリアの推測は当たりかと」
「おいサミー」
「昔から、ラプターのようなグラマラスな体型の女性が好みなことは変わりないようですね」
「サミー、ちょっと黙ってろ」
確かにラプターは出るところは出て引っ込むところは引っ込んだなかなか肉感的な体型をしている。ははあ、あれは元々の趣味か、とフローリアンは一人心の中でこっそり笑った。
「化粧をバッチリ決めブランド物に身を包んだようなモデルのような……あまり知的に見えない女性が多いですね。実際にモデルとか大企業のご令嬢、ハンドバッグより重いものは持てなさそうな女性ばかりです。大男を片手で持ち上げ投げ飛ばすらしいラプターとは真逆ですね。ドルフィン、女性の趣味悪かったんですね」
サミーはかなり辛辣に言ってのけた。
(サミーは控え目に言ったが……なかなか残念そうな気配がするな)
過去の女性たちと話が合ったかのかどうかさえかなりの謎であるとフローリアンは感じた。
「俺に対する嫌がらせか何かか……」
サミーはドルフィンの発言を無視してなおも続ける。
「軍人の元カノはいないんですね……ラプターのような女性は初めてですか? 仕事がバリバリできるようなタイプは今までいなかったみたいですねぇ……どういう風の吹き回しです?」
「女性遍歴をバラした上に色々聞き出そうとするな」
「へぇぇぇ、細かいとこは置いといて、ドルフィンもわかりやすく巨乳が好きなタイプなのね」
「胸も尻も好きだよ! 悪いか!」
「何も悪くないわよ。素直でよろしい」
フローリアンはそこまで女性の胸や尻に目がいくタイプではない。しかし、ラプターの鍛えられて均整の取れた美しい立ち姿と引き締まったウエストには幾度か視線を奪われたことがある。
それよりも何よりも魅力的なのは宝石のような輝きを放ち、話しかけるときもこちらのカメラを見てくれる猛禽の目であると彼は思っていた。
その後もわいわい大騒ぎをする皆を横目に、元々なんの話をしていたのだったか、とスモークの貼られた窓の外にふとカメラを向ける。
地下トンネルから出て地上に出たところだった。
ブラボーⅡと似通っているが、少しばかり緑が多い。ベルリンブロックの洗礼され、計画的に整えられた街並みが広がっている。
「話を元に戻しますけど、京香さんはラプターがドルフィンの命の恩人のアマツカゼ乗りだということを知っています。そもそものスタートが好印象ですからそこまで警戒する必要はないのでは?」
「ならいいんだがな……母さんは味方についてもらわなきゃならない。きっと俺はこれからパパラッチだなんだに追いかけ回されることになる。ドローンの写真を撮っても楽しくないだろうから、きっと標的になるのはミラだ。そうなると、うちの家族で多少なりともメディアに圧をかけられるのは母さんしかいない」
だから戻ってきたくなかったんだ、とドルフィンがひとりごちる。
パパラッチに追われると言うのはわかる。だが、フローリアンが気になったのはそこではなかった。そこまで母親を警戒するものだろうか、普通。
「ドルフィン、率直に聞きますけど、京香さんと仲悪いんですか?」
サミーはこのような時空気の読めないふりをして率直に切り込んでくれる。
そんな彼をフローリアンは結構好いていたしありがたくも思っていた。
「いや、悪いわけじゃない。子供の頃から結構自由に好きなことさせてくれてたしな。だけどあの人はやり手だ。俺の知らない顔があると思う。さっきも言った通り、あの件以降過保護になってるし……特に俺は女性関係で色々あったし……」
フローリアンが知っている限りでは、確かドルフィンには当時婚約者がいたはずだ。
その後の話は知らない。調べれば出てきただろうが、それ以上探る気にはどうしてもなれなかったので知らないのだ。
きっと、破談になったのだろう。
「言いにくいなら言わなくていいわよ」
さっぱりとした声でエリカが言った。流石にそこまで聞き出すつもりはこちらもない。
「悪いな、先にミラに話す」
「その上で何か力になれそうなら相談してくれ」
「ああ、すまないな。俺も頑張らないと……いつもミラには助けられてばかりだから」
「多分、ラプターはそうは思っていないと思うぞ」
フローリアンはつづけた。
「自分はいつもドルフィンに助けてもらっている、そう思っていると思う。今度聞いてみるといい」
このカップルは考えることがそっくりで微笑ましいとフローリアンは心の内でひっそり笑った。
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