6. 朝倉邸 ミラ 重工 サイボーグたちとサミー

 食欲を満たしたからか、耐え難いほどの眠気に襲われた。

 まぶたがどんどん落ちていく。


「ミラ、そこで寝たら首によくない。ベッドで寝かせてもらえ」

「そうですね、わかりました……」


 ジェフに促されて、ミラはハウスキーパーの案内で皆でいた部屋を後にした。

 本当はレイが帰ってくるまで待っていたかったし、アサクラ家の皆にお礼が言いたかった。レイの祖母のアイカワ博士には挨拶すらできていない。でも、もう限界だった。


 ほとんど空いていない目でとある部屋に案内され、ベッドに吸い込まれるようにシーツと掛け布団の間に挟まる。

 固すぎず、柔らかすぎずあまりにも心地よいマットレスと肌触りのいい毛布だった。

 ミラの意識は気を失うかのように一瞬で落ちてしまった。


***


「お気遣いいただいてありがとうございます」 

「総裁、この度は感謝申し上げます」


 カナリアとホークアイが口々に礼を言っている。

 零の母親である京香はブラボーⅡから避難してきたサイボーグたちを個人としても企業としても全面的にサポートすることを二人に約束していた。

 ホークアイは副会長であるのでこのことにかなり安堵したようであった。


「いいのよ〜、気にしないで。フロー君もエリカちゃんも広いところでのんびりして。時間できたらオーバーホールしてあげるから」


 零、ホークアイ、カナリア、それからサミーの機体は重工の空き倉庫に移された。

 零はちょうどいいと自分の機体からバックパックに詰め込まれたニコを救出した。

 現在、ホークアイの機体が牽引車で引かれている。


(そろそろ電話くらい通じるか?)


 零は電話をかけた。相手は祖母である。


「あ、ばあちゃん。忙しいところ悪いな」

「あら零ちゃん、いつでも連絡していいんだよ。無事って聞いたから安心した。仮想現実空間のサーバー拡張はみんな頑張ってるみたいだけど、ちょっと時間がほしいねぇ……」


 祖母の声を聞くのは二年ぶりだった。

 あまりにもこちらの心理を読まれている。苦笑せざるを得なかった。


「ありがとう、そのこともあるんだが……」

「サイボーグシップの処遇?」

「ああ、ブラボーⅡのサイボーグ協会の会長はとてもいい人だ。副会長はサイボーグで一番仲のいい友達、よく遊ぶ仲だ。上手く政府に繋いでほしい」

「わかった。副会長さんは男の子?」

「……そう」


 30すぎて男の子はないだろうと一瞬戸惑いを隠せない。


「わかった。仲がいい友達だなんて零ちゃんが言うなんて、よっぽど信頼してるってことね」

「……そうだな」


 零は一度言葉を切った。そして言葉を選びながら伝える。


「……あいつになら……俺の名前を使われても構わないくらいには」

「あらあら仲良しね。それも大統領に言っておく、任せなさい」

「悪いな、じゃあ引き続き頼んだ」


 通話を終えた。きっと祖母がなんとかしてくれるはずだ。祖母は政府に直通のホットラインを持っている。

 ようやくホークアイとカナリア、サミーの機体が駐機された。これで一安心である。

 機体から各々のドローンが飛び出してくるのが見えた。

 一時機体の住処となるこの場所は、元々組み立てた後の機体を保管する倉庫なので環境は抜群にいい。そこに不満はない。

 祖母へのお願いも終わり、今零が心配なことは一つ。ミラのことであった。


「あああああ、ミラ大丈夫かな」


 ニコが入っているバックパックをアームでぶら下げながら零は嘆いた。


(ドローンを置いてくるんだった……でもそうしたらニコを運べなかった)


「……変な場所にいるわけでもないのに大丈夫だろう。自分の実家だぞ」


 ホークアイが横からごちゃごちゃ言ってくるのを零は黙殺した。


(もう離さないとか一人にしないとか言っちゃったのに……)


 健常者とサイボーグで検疫が分かれていたのであんな目に遭わせてしまった。ミラはきっと自分の実家でやたら多い部屋や大きくて機能の多い風呂場に戸惑っているはず。

 戸惑っていないわけがない。それに零の母である京香が面倒そうに口を開いた。


「ジェフ君もいるんだから大丈夫でしょ」

「そりゃあ母さんにとっては自分の家だから大丈夫かもしれないけどさ!」

「ミラも軍人なんだから大丈夫でしょ。ドルフィンは心配しすぎ!」

「そうだ、悪い環境ってわけでもない、逆にいい環境だ。そしてこの船団内で一番セキュリティが整っている。何を心配する必要がある?」


 カナリアとホークアイに口々に言われる。何を? と問われても全部なのだ。


「一人にしておけない……」


 零の言葉に京香がため息を吐いた。


「帰ったらいるわよ、安心なさい」

「あああああ大丈夫かなぁ……」

「大丈夫ですよ。自分の実家ですよ、何言ってるんですか?」


 近頃一丁前の口を聞くようになったサミーが言った。零はサミーの言葉をまるきり無視した。


「それにしてもアンタ、どうしたの? 女の趣味変わったわね。なんの宗旨替え?」

「うるさいな、もう帰るぞ! いいだろ? 機体も移動したし!」


 面倒なことを聞かれ、小学生ばりのわがままを言う零に京香は困ったように傍のスタッフに指示を出す。


「今迎えを呼んだわ。ミラちゃんも不安でしょうし、早く帰ってあげなさい。私は仕事を片付けてから帰るわ」

「え! ありがとう! 迎えってじいちゃんの車?」

「そう、エントランスにつけてもらうことにしたわ。ちょっと待ってなさい」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る