4. 朝倉家のリムジン ミラと龍とジェフ
驚くことにリュウがその場で話をつけてミラはリムジンで大学病院に運び込まれ、レントゲンなど散々検査された挙句、痛み止めを打たれて首に巻くカラーと湿布、頓服の飲み薬をもらった。
病院にジェフとリュウが付き添ってくれたので助かった。
骨格が人と異なっているからである。大騒ぎにならずに済んだのだ。
ミラのレントゲン写真に興味深げに集まる医師たちの群れが見えたが、リュウが「また後で!」と皆に声をかけると皆蜘蛛の子を散らすように去っていった。
リュウ・アサクラに関してミラが知っている情報は少なかったが、彼ももちろん皆から一目置かれる存在らしい。
今はリムジンでレイの実家に向かっているところだ。
レイは自分は病院じゃ邪魔になると言って名残惜しそうにキョウカたちとハイヤーで先に実家に帰ったので、リムジンに乗っているのは三人だけだ。
車は大きすぎないセダンタイプだが、室内はかなりゆとりがあった。
進行方向に対して横になっている座席の向かいにはローテーブル。軽食や商談などもできそうだ。もちろん、外から窓を通して後部座席の中を窺い知ることはできない。
運転席とは仕切りがあって助手席にはSPもいる。
完璧に、セレブの乗り物だ。一瞬重工の社用車かと思ったが運転手はアサクラ家の運転手らしいし、テーブルクロスはかわいいインコ柄。クッションはフクロウの柄。
ミラは思った。これはリュウが個人で所有してる車である。間違いない。
「あ、そういえばジェフ君はどうする? 実家帰るよね! 僕ってばすっかり忘れてたごめん!」
「実は……母となんとか一度電話がつながったんですが『今彼氏とアイランドワンでバカンスしてるーっ! 無事ならよかった! はははっ!』って言われて困ってます! 無理してメインアイランドに帰ってくるなと言ってしまった手前、誰か友人の家の玄関でも借りようかな、と。なのでご自宅前で下ろしてくださればあとは自分でどうにかします、大丈夫です!」
屋根がありゃ眠れるので……とジェフはつづける。
「じゃあ君もうちにおいで。部屋は余ってるから」
「え、いいんですか!? ありがとうございます……龍先生! このご恩は五億倍にしてお返しします!」
頭を下げ続けるジェフにリュウは心底面白そうに笑って見せた。レイの祖父である彼は長身で威厳のありそうな見た目とは異なり、とても大らかな人なようだ。
「いいよいいよ、僕こそ君には恩があるから」
(とてもいい師弟関係って感じに見えるな……)
「ところでミラ、今は気分はどう? 夕飯は食べられそうかい?」
「はい。痛み止めも効いてます。お気遣いありがとうございます」
突然声をかけられて、ミラは縮こまった。
「そんなに恐縮しなくていいよ。気にしないで」
リュウはそう言ってグラスに注がれたスパークリング・ウォーターを美味しそうに飲んだ。
レイの祖父であるはずの彼はミラの目に50前くらいの年齢に見えた。
確か、聞いたことがある。ブラボーⅠのヒエラルキートップの極少数人数の特権階級は抗老化薬が支給されるのだ。
現時点で特権扱いされているのは確か、目の前にいるリュウとキョウカ、それからレイの祖母のイチカだけだという。
「いやー、それにしても京香さん、あの勢いでミラに突っかかっていくんじゃないかと思ってどうしようかと思いましたけど……流石にそれはなかったですね」
「今までミラのこと聞いてた時はそんなんじゃなかったけど、今日はなんか迫力が違ったからねぇ……でも蓋を開けたらやっぱり大丈夫だったから本当によかったよ。ミラ、そんなに縮こまらない。君は心配しなくていいよ?」
やはり予感は当たっていたのだ。あそこできちんと挨拶しないでソファでゴロゴロしていたらヤキトリにされていたかもしれない。ミラは身震いした。
思ったことを包み隠さず言ってくれる二人に感謝するほかない。
なんにせよ、重工を一代でここまでの企業にした手腕は確か。きっと状況によっては手段を選ばない、そんな性格だろう。相当な切れ者のはず。
警戒するに越したことはない。
「零も落ち着かないし本当やばかったですからね……世話になってるってなんのつもりだってそんな自分の母親を威嚇しなくてもって思いましたよ……」
「ま、京香は今まで零が連れてきた女の子たちをいじめることはなかったけど、優しかったことはないからなぁ、警戒もするだろう。あ! ごめん!」
失言だったとリュウの目が言っている。ミラは緊張気味に微笑んだ。
「お気になさらず! 大丈夫です。そりゃ今まで彼女の二人や三人や四人くらいいるでしょうし……」
あの見た目とあの性格。異性愛者なのだから、元彼女の数人くらいいなきゃ逆に驚くというものだ。
「兵器だのゴツいものばっかり作る男ばっかりの製造業のしかも重工でビッグマムとか呼ばれてたらまぁ……歴代のお嬢様たちとは気が合わないと思いますよ。なんか想像つきました……ミラは大丈夫、きっと仲良くなれる。第一、アマツカゼ乗りだ、京香さんの印象も悪くないと思うぞ」
「うん。僕もそう思う。こんな会話しといて安心しろってのが無茶かもしれないけど、困ったら僕を頼ってくれていい」
どうだろう、自分は確かに軍でそれなりの成績は残してきたが、身体能力的にバフがかかった状態だ。他に頑張っている面々とは訳が違う。それに自分はテロ組織出身の人間なのだ。
そう思ったがそれを素直に吐露するのもなんだか気が引けた。
「そうだといいです……ありがとうございます」
ミラはそう口に出すだけで精一杯だった。
なぜだか、リュウと話すとものすごくリラックスできる。それだけが唯一の救いだった。
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