第二部 第一章
1. ブラボーⅠ 検疫
仮想現実空間の中でも、彼らは隔離されていた。
現実世界では、機体も肉体も検疫の真っ最中である。
ブラボーⅡからの避難民である零ももちろん例外ではない。ここまで一緒だったミラとも引き離されてしまった。
(みんなどこにいるんだ?)
ホークアイは? カナリアは?
一時的にサーバー増強しているのだろうが、そろそろ限界が近そうだ。
人混みをかき分けてロビーに出ると、自販機前のハイテーブルで何やら飲み物片手に立ち話をしている栗色の髪の女性とブロンドの髪色の男性を認めた。
「ホークアイ! カナリア!」
零は駆け出した。
よかった、二人とも元気そうだ。
二人の視線がこちらと交差した。
「ドルフィン!」
カナリアが跳ねるようにこちらに走ってきた。零は腕を広げて受け止める。
「よかったカナリア、ジェフは無事か?」
「ええ。ミラとキャシーも無事なんでしょ? さっきサミーに会ったわ」
「君たちが無事で本当によかった」
横からホークアイの声が聞こえ、零がホークアイの方に身体を向けた時に事件は起こった。
彼が若干警戒したように身構えた。
「え? なんで?」
(だめ? ハグするの、この二人の文化圏だと普通じゃないか?)
流石にショックを受けて、零は後ずさった。
カナリアが弾かれたように笑い始める。
「さっき、フローってばサミーにぶっ飛ばされたのよ」
「サミーは普通に感動の再会をしようとしただけだったようだが……力加減を誤ったのかミサイルのように突っ込んできて、そこの自販機に叩きつけられたんだ。悪い、ドルフィンが嫌だとかそういうわけじゃない」
苦笑したホークアイの右手がこちらに伸びたので、零はその手を力強く握りしめた。
アイスブルーの目が細まった。
「ラプターも無事と聞いた。よかった」
「二人とも無事でよかった。家族と連絡は? みんな避難できたのか?」
「親戚含め皆無事だ」
零はホークアイの肩を親しみを込めて二、三度叩いた。
「よかった。本当によかった」
噛み締めるようにそう口にした。
***
キャシーは血液検査に始まり、身体中隅から隅まで散々調べられてうんざりして更衣室の椅子に検査着のまま座っていた。
(ミラは大丈夫かな……)
彼女はまず体温測定で引っかかり別室に連行され、未だ出てこない。
ミラはそもそも平熱が高いのだ。難癖つけられていなければいいが。
着替えが終わったキャシーが外に出ると、そこにはジェフとダガーが待機していた。それからベンチの上にはサミーのドローンもあった。
キャシーは皆の元に駆け寄った。
「お疲れ様です、キャシーさん」
「揃いも揃ってどうした?」
「零もフローリアンもエリカも解放されて、今は格納庫……と言いたいところだが甲板の駐機場に待機中」
「ウエムラ中尉は?」
キャシーのこの問いにはダガーが答えた。
「あいつはジェフが手を回してくれて、病院に運ばれましたよ」
「今までの状況から判断して、そのまま放っておくのは危険だ。入院させてくれって一本紹介状を書いた。そんで世話になってた教授が今や院長だから衛星電話で電話して救急車に乗せた」
さすがジェフである。この男は確か元々はここの大学病院で働いていたはず。ツテでもなんでも山ほどあるだろう。
「来たな」
ジェフの視線の方に目を向けると、ドローンがこちらに向かって三機飛んできた。
「ミラはどうした?」
真っ先にドルフィンの声が聞こえた。キャシーは困ったように口を開いた。
「それが、ミラは最初に体温が高すぎって弾かれて……」
「ハァ? ミラは38℃が平熱だぞ! ちょっと待て俺が乗り込んでくる」
ジェフの一言に、ドローンたちも皆声を発した。
「俺も行く」「私もついていくわ」「私も行こう」「私も行きます」
(全員ゾロゾロついていったら圧がやばいだろ……)
「メンツがやばいっすね。俺も行くかな」
どうやらダガーもついていくようだ。ならば自分も行くしかない。
「……じゃあ私も行くか」
ドローンが並ぶ圧よりも、プロペラが風を切る音がブンブンいっていて凄まじい。なんだこの空間は。
ジェフを中心に、検疫所のカウンターに2機ずつドローンが降り立つ。全てシンボル付きのドローンだ。圧巻である。
「ミラ・スターリングの経過はどうなってる?」
「すみません、個人のプライバシーにも関わりますので」
受付の若い男性が戸惑ったように言う。
(下っ端相手じゃらちが明かないぞ)
「俺は彼女の主治医だ。調べてくれて構わない、ブラボーⅠで医師免許取得済だ。ジェフリー・セキでヒットするはず」
その後別の女性が出てきたが、全くお話にならない。流石におかしいと皆が訝しげに黙り込む。受付に大人数で押しかけているので、結局は打ち合わせ室に案内された。
しばし待てと言われる。
「こちらの方が好都合かもな。他の人間の目もない」
ホークアイはそう言いながらローテーブルの上に降り立った。他のドローンも彼に続く。
サミーがスピーカーをオンにして言った。
「そうですね。最悪暴れればいいんです」
(それはやめろ)
「サミー、頼むから暴れるなよ?」
キャシーはソファに腰をかけた。
「……ここはブラボーⅠ、最悪俺の名前を出すのもありだ。信じてくれれば多少使えるはずだ。検疫ならじいちゃんの顔が利くから電話して呼び出すのもありだな……回線が繋がれば」
電話回線はビジー状態になっていて、数回電話をかけてやっと繋がるか繋がらないかという状態だ。まあ、ジェフが衛星電話を持っているし、機体の無線を使ってもいい。
「零、お前龍先生をそんな雑に使うのか……意味わからん」
「ジェフもじいちゃんと仲良いだろ? 来いって言ったら多分来るぞ」
「仲良いって……いや、そんなんじゃねぇよ。俺は身内じゃないんだ、そんなの無理!」
何やらジェフとドルフィンが話し込んでいる。キャシーはホークアイとエリカのドローンに目を向けた。
「二人は普通に解放されたのか?」
「ええ、いっそ適当すぎなんじゃないのってくらい。機体の洗浄作業だけは結構真面目にやってたわね。まあ、サイボーグシップって基本政府所属の公務員だから、密入国者みたいな変なのも紛れ込んでないでしょうし」
「私も概ね同じだ。サラッと終わったな、サラッと。だからキャシーがなかなか出てこないなと思ったくらいだ」
二人の話を聞いて、ダガーが訝しげに首を傾げる。
「俺はなぜか普通に出られたんですけど……ミラはやっぱ体温がまずかったのか?」
「普通37.5 超えてりゃ医療従事者は発熱認定するからなぁ……うん。だからと言ってミラが実験室出身だってことはわかるだろうがよぉ……」
ジェフは眼鏡を外して頭を抱えた。
「小鳥ちゃん、今頃お腹を空かせてピヨピヨ鳴いてるんじゃ……」
ドルフィンがぶつくさ言っているが、その場にいた全員がそれを黙殺した。
(ミラ、結構図太いから多分大丈夫だと思うけど……腹が減ったら自分から食べ物要求するだろうし)
その時、ドアが開いた。
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