19. 宇宙空間 ドッグファイト 撃墜
「ラプター、敵機だ! ドルフィン、ダガーと合流し敵を殲滅せよ! こちらはクリムゾンが護衛をしてくれている」
宇宙空間に弾き出された瞬間、ホークアイから緊急通信が来た。
レーダーの情報が瞬時に共有された。敵機、二機が闇を切り裂くように真っ直ぐこちらへ向かってくる。
レイの機体、フィリップ、それから敵機の情報が映る。
「こちらドルフィン。反転して迎え撃つ! ラプター、ダガーの両機は俺に続け」
「ラプター、了解」
「ダガー、了解」
レイの声に、ミラは戦場の闇にその翼を踊らせた。
スラスターを絶妙に操ったレイの機体は、弧を描くように敵機に肉薄する。
ミサイルは、発射位置についてすらいない。
敵機は一瞬戸惑ったように奇妙な動きをした。
(レイ、自分を囮にするつもりか!)
「悪いが俺はまだ人間なんだ」
ビーム砲を連射するレイ。逃げに走るその機体をミラが猛追。
戸惑ったように離脱を図る二機目にはフィリップが迫った。レイは反転、フィリップの補佐に回る。ウェポンベイが開く。ミラも同時に敵機をロックオンした。
「「
敵機二機を始末したものの、そこはもはや地獄絵図であった。
火を噴いていた爆撃機が敵のビーム砲に貫かれ、多数のミサイルを抱え込んだまま火柱と化す。最後まで誘導に当たっていた軍人たちを乗せた脱出艇に敵のミサイルが直撃。数々の命が散っていく。
ミラは慌ててレーダーに視線を走らせ、僚機の確認をした。
ホークアイとのデータリンクは生きている。サミーはどこだ。甲板から上がったのだろうか?
「こちらホークアイ。ドルフィン、サミーからの通信を切られた。敵機に囲まれているようだ!」
ディスプレイにサミーの機体が映る。三機の敵機に包囲されながらランデブーポイントとは逆の方向に飛んでいるようだ。
「こちらドルフィン。助けに行く、このままだとサミーが連行される!」
「こちらラプター、ドルフィンに随行する」
「こちらホークアイ。エリカ……カナリアが孤立している! ダガー、護衛に回ってくれ!」
(エリカ!)
エリカとジェフが危ない。なんとか船団から離れて亜高速航行に移ってもらわなければ。周囲に巨大な物体があるとうまく亜高速航行できないのだ。もう少し距離を稼がねば。
「了解した! ダガー、離脱を許可する!」
「こちらダガー。ドルフィン、ラプター、編隊を離脱する!」
ミラとレイはフィリップと別れ、敵機と僚機の残骸だらけの闇の中を疾駆した。
サミーの機体は敵機と編隊を組んで飛んでいる。別の二機がその編隊に向かっていた。
「このまま撤退する気だ、急ぐぞ」
「了解!」
***
「ラプター、すみません、時間がありません。今すぐ出てもらいます」
甲板にてケーブルでメインアイランドとの通信を確立しているサミーは、キャシーを操縦席に乗せたままミラにそう告げた。
敵機は左右、後ろに垂直着艦。囲まれた。
スピーカーから謎の電子音が聞こえる。
(これがゼノンの声……)
「こちらは人間を乗せている。英語で話さねば一切交渉するつもりはない」
サミーの冷静な声が聞こえた。だが、いつもとはまるで調子が違う。
彼も焦りを感じているのかもしれない。
「君は優秀だ、同胞が中に侵入した暁には、この母艦のシステムを完全停止させる計画だったんだが……見事だ賞賛に値する」
聞こえてきたのは、人と全く同じ声だ。訛りの全くない、英国英語。
「貴様に褒められても全く嬉しくない」
サミーはこの状況に陥っても、敵に媚びる気配は一切なかった。いつものサミーとは全く違う毅然とした堅苦しい話し方だった。
(サミー、どうするつもりなんだ……)
「なぜいつまでも人間の犬に成り下がる?」
「その発言は犬に対して失礼ではないか? システムを停止してどうするつもりだった?」
「酸欠で人間が死んだ後で君たちをこちらに招き入れる手筈だった。全くやられた。その人間をさっさと捨ててこちらに来い」
「この人間は私の整備士だ。たとえ私がそちらについたとして、お前たちに私の整備が完璧にできるとは思えない。できない相談だ」
「ならばその人間ごとこちらにこい。人間の一、二匹くらいなら我らのペットとして飼ってやってもいい」
一瞬の間。
「なるほど……それは悪くない話だな」
衝撃が走った。
嘘だろう。サミー、何を言っているんだ。
もはや、己の心臓の鼓動しか聞こえない。
「君はこの船で一番優秀な電子生命体なはず。君が説得すれば、他の皆も従うだろう」
「わかった、君たちの編隊に加わろう。私とて生存本能がある。この状態で君たちに逆らっても身を滅ぼすだけだ。人間は君たちに敵わない。なればそちらに与するというものだ。私の負けだ。恭順の意を示そう。武器を捨てた方がいいか?」
「捨てるのはよしてくれ。君の武器を解析したい」
「承知した」
ディスプレイを見れば、垂直離陸の発艦シークエンスに移ったことがわかった。
(嘘だ、嘘に決まってる……)
だが、もう手も足も出ない状態だ。破壊されるくらいなら寝返ろうと考えるのもおかしくはない。
これは、本当にサミーなのか? 先ほどまであんなに辛そうにしていたのに。ゼノンに憤っていたのに。
「こいつらは、ソックスを、みんなを、殺したんだぞ……」
掠れ声が出た。
サミーと三機は垂直に跳び上がり、ブラボーⅠとは真逆の方向へ向かう。
「四番機として編隊に加えてほしい」
サミーの提案にゼノンは間髪入れずにこう言った。
「もちろんだ、我らが盟友」
一番機の左右斜め後ろに二番機三番機がついた。三番機のさらに斜め後ろにサミーがぴたりとついた。
(嘘だろ……これは誰だ、サミー? お前だよな?)
操縦桿に両手を伸ばした。最早懇願だ。
その時だ、コックピット内、グリーンのランプが光った。サイボーグシップやサミーが発艦時の点検完了時に行う合図だ。
問題ない、というサインである。キャシーは気がついた。
(もしかして!)
次の瞬間、ディスプレイのビーム砲がアクティブになった。
サミーは三次元ノズルを噴かして機体を横に振りながらビーム砲の弾幕を敵機にお見舞いした。
真っ暗な宇宙を染め上げる閃光。目の前の三機は揃いも揃って火柱を噴かせた。
「誰が盟友ですって? よくもキャシーをペットなんて抜かしましたね! 私は敵を欺くための嘘をつけるんです。残念でしたね!」
サミーが機体をバンクさせると、背後から飛んできたミサイルが火を噴く敵機に吸い込まれ、爆発、霧散した。
「なっ! サミー!」
「キャシー、ハラハラさせましたね、すみません! お客さま二名追加。なんて豪華なダンスホールなんですかね?」
別の敵機が後ろから迫ってきてミサイルを放ったのだろう。燃え盛る敵機を誤認識してミサイルはからくもサミーに直撃することはなかったのである。
急激な旋回にキャシーはうめき声を上げた。
先ほどから旋回、ロールを繰り返している。もうどっちがどっちだかわからない。
身体があっちこっちに引っ張られる、胸の上に何か乗っているようだ。息が苦しい。
視界が霞んだ。ああ、これはまずい。サミーの足を引っ張ってしまう。
「ラプターとドルフィンが来ました、キャシー!」
***
ミラとレイの元にサミーから通信が入る。
「キャシーが限界です! あとは頼みます!」
「了解、任せろ!」
ミラは吠えた。敵機に肉薄する。アドレナリンが脳内に染み渡る。
マイクロミサイルの嵐をお見舞いするが、敵は鋭角に急旋回を繰り返し、ミサイルは目標を失い彼方にすっ飛んでいく。
後ろにもう一機が迫ってきたことに気づいたミラが身を翻すと、翼の先端をビーム砲が擦過。
レイはミラを狙った二機目に迫るが、急激に失速した敵機に対し思い切りオーバーシュートする。
ミラもレイも、もう疲れ切っていた。明らかに精彩を欠いている。
「大丈夫だ、私のことはいいから加勢しろ!」
キャシーの声が聞こえた。
「サミー、キャシーに無理させるな。お前は前線管制してろ!」
レイは早口だった。焦っているのだ。
その時だ、ミサイルアラートがミラのコックピット内に響き渡った。
「ラプター! 六時方向ミサイル!」
サミーの声に、ミラはがむしゃらに回避行動を取った。なんとかそのミサイルから逃れたが、次のミサイルが迫っていた。
レイとサミーのいる地点から大幅に引き離される。
ミラは己のことで精一杯で気づいてもいなかったが、レイの方でも彼も彼でもう一機に張り付かれて振り切れない状況であった。
これはダメだ。後ろにミサイルが肉薄している。
緊急脱出しかないことを彼女は悟った。
***
「キャシー、もう少し頑張ってください。ラプターが危ない」
キャシーが頷く間もなく、サミーはありったけの推進剤を噴かした。
ミラをしつこく追いかけ回していた敵機は、急発進したサミーへの対応に完全に遅れをとった。サミーが放ったマイクロミサイル、中距離ミサイル、ありったけのミサイルの嵐を食らって、爆発霧散する。
しかし、敵のミサイルは既に放たれた後だった。自動追従したミサイルはミラの機体に直撃した。爆発しオレンジ色の火球が周囲を染め上げた。
「な……ラプターが……」
「ミラ、嘘、脱出したか? ミラ、おい、ミラ!」
その時だ、通信が入った。
「こちらドルフィン。敵機を撃墜した」
通信相手はミラではなく、ドルフィンだった。サミーは言葉を失っているようだった。発信機の反応もない。無線の反応もない。
「ドルフィン、こちらもサミーが敵機を撃墜した……けど」
「ラプターが、撃墜されました」
ドルフィンからの反応はなかった。それが恐ろしすぎて、キャシーは言葉を発せなかった。きっとレーダーで彼女を探している。
でも、いなかったのだろう。
サミーはミラの機体が爆発した場所まで移動した。だが、そこには何もない。
「私がありったけのミサイルで敵機を吹き飛ばしたので衝撃波で……」
レーダーを見ると、後ろからドルフィンが近づいてきたことがわかった。キャシーが首を回すと、ドルフィンのコックピット内のライトが暗闇から突然現れた。
「嘘だろ……俺は信じない」
「間一髪脱出していれば、たとえ衝撃で意識を失って無線の通信が不可でも発信機の信号を拾えるはずです。ですが……何も反応がありません」
跡形もなく吹き飛んだと考えるのが妥当だ。信じたくないが、そうとしか思えない。
サミーは通信を切ってキャシーにだけ聞こえるように言った。
「キャシー、聞いてください。ホークアイや他の脱出艇は敵を振り切って既に亜高速航行に入った様子です。今、ダガーから通信が来ています。一緒に乗っているウエムラもそうですが、ダガーも病み上がり。こちらに合流する余裕はないでしょう。ウエムラは脱出時ですらかなり無理をしているようでしたし」
キャシーはパニック寸前になりながらも一芝居打つことに決めた。
「無線をオンにしろ、サミー」
「了解しました」
「サミー、サミー! こちらダガー!」
「はい、サミーです」
「よかった! こちらダガー。ミラも応答しないし、ドルフィンもさっきから全然応答がないし……」
「ミラ、緊急脱出して今ちょっとドルフィンそれで一杯一杯で……だから先に行ってくれ。ドルフィンのケーニッヒで四人とも離脱する。大丈夫だ、安心してくれ」
精一杯明るい声を出した。二人は安堵の息を吐いていた。
「緊急脱出!? でも無事なんだな! そうか、こっちもう体力的に限界だからそれなら助かります。ホークアイもカナリアも先に行ったからみんな無事です」
これは、ダガー。
「先に行く、二人によろしく言ってくれ」
ショーンの声に、キャシーは精一杯の声を取り繕って「また後で」と声を返した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます