17. シュテファンとティム ジェフとカナリア
「この子は骨形成不全という障害があって……お願いします、きちんと身体を固定できるシートで、あ、贅沢だというのはわかってるんです。可能でしたら……」
地下シェルターでそう訴える中年の女性は、どうも施設の職員らしかった。
民間人の脱出誘導をしていたシュテファン・ミュラーは彼女の言葉に息を飲んだ。自分の息子と同じ障がいだったからだ。
もうこのエリアの脱出艇は定員ギリギリ。ぎゅうぎゅう詰めの状態だ。
かなり重症で日常生活もままならなかった息子と比べればその子は軽症なように見えた。だが、放っておけなかった。彼をこの船に乗せるのは、危ない。
シュテファンは膝をついてその少年に視線を合わせた。
「わかった。安心してくれ、軍の脱出艇で脱出させる。君、名前は?」
「ティム」
「よしティム、おじさんと一緒に行こう」
転ばれたら事だ。彼はティムを背中におぶった。
施設の職員も皆脱出艇に乗り込んだ。中はもう足の踏み場がないほどだろう。
ドアがゆっくりと閉まる様子を見て、シュテファンは軍に向かおうと足を急がせた。このフロアは全員避難完了だ。
(フローはどうしているだろうか……)
システムが復旧して、同じく軍で働く息子、フローリアンから10時間ほど前に一度メッセージが来た。補給に戻った、という簡潔なメッセージだった。メッセージであれこれやり取りをして、その後は全く連絡がない。
フローリアンはドローンを購入した後、GPS情報をシュテファンに提携してくれた。彼曰く『プロペラが壊れて動けなくなったり盗まれたりしたときは回収を頼みたい』とのことだった。
それを確認する限り、あっちこっちちょこまか飛び回っているようで彼が元気なことがわかる。
うだつが上がらず未だ中佐の自分と違い、彼は出世街道まっしぐら。自慢の息子だ。
ここから一番近いのは第一格納庫。有事の際、シュテファンが使うように言われているのは第一格納庫の脱出艇だ。
親戚の子供だとかなんとか理由をつければ、乗せてくれるだろう。
同僚とはそこで別れる。他のメンバーの脱出艇は第二格納庫にあるからだ。
もう脱出のタイムリミットが近づいている。そろそろ自分も逃げる手筈を整えなくては。
20分ほど人気のない地下通路を進み、復活したエレベーターに乗りこんだ。
「おじさん、軍の人だよね?」
「ああ、そうだ。安心しろ」
エレベーターの扉が開いたので回廊に出た。ここからまっすぐ進めば格納庫だ。
「僕、軍に友達がいるんだ。大丈夫かな……パイロットだから」
「名前は? 何の機体のパイロットか分かるか?」
施設出身の軍人は多い。休日にボランティアに行く者の話も聞く。きっとそこで交流を深めたのだろう。
「フロー。AWACSのパイロット」
シュテファンは驚きのあまり足を止めた。首を可能な限り後ろに回す。
「大丈夫、心配するな。そいつはおじさんの息子だ」
「え、フローのお父さん?」
「ああ、電話してみようか? いや……もう近いな。直接行こう。宇宙に出ていなければいいな」
格納庫に到着した。いた、フローリアンの機体がそこに見える。
「あれがフローだ」
格納庫内も酸素がかなり薄くなっている。息が上がる。
「な……親父? ……え、ティムじゃないか!」
エントランスドアが開いて、ドローンが飛び出してきた。
「ここの脱出艇にエンジントラブルがあって、まともに動く状態じゃない。てっきり、他の脱出艇に乗ったのかと……」
シュテファンは奥歯をぎりりと噛み締める。おそらく、空きがない。
「なんてことだ……もう時間がないな」
彼の言葉に、フローリアンは意を決したように言葉を発した。
「……ちょうど二人分サブシートが空いている。ティム、私の機体に乗ってくれるか?」
これから最後の司令塔として飛ぶのだ。民間人、しかも子供を乗せるだなんて、許されるとは思えない。
「フロー、いくらなんでもそれは……」
眉間に皺を寄せて非難したシュテファンに、音量を抑えつつもフローリアンは有無を言わさぬと言った口調でこう言った。
「機長は私だ。親父も軍人なんだから知ってるだろう。民間の旅客機だろうが軍用機だろうが、航空宇宙機において、全ての権限を持っているのは機長。つまり私だ。ティム、よく聞け。君は今から私の甥っ子だ。その人は君のお父さんの兄。つまりおじさんだ。わかったか? 大人しくできるな?」
「うん!」
フローリアンの機体を見上げて格好いいと漏らすティムに、シュテファンは笑みを浮かべた。
***
「なんとか終わった……」
ジェフは膝をついてへなへなと崩れ落ちた。医務局のサイボーグが皆エリカの機体に積み込まれたのだ。
もう周囲には人っ子一人居なかった。
ジェフは皆に先に逃げろと言ったのだ。作業なら、エリカと自分でなんとかなるからだ。
(今から乗れる脱出艇ってあるのか?)
もうだめだ。今から移動する気力も体力もない。エリカの貨物室はもう一杯一杯だ。
「よかった、間に合ったわね」
「ああ、エリカ、行ってくれ。牽引車、自動運転でエレベーター乗れるだろ。後はサミーに誘導してもらえ」
「ジェフはどうするの?」
「俺はもういい。疲れた、動けん…」
気づけば三十時間近く動きっぱなしだ。もう立ち上がれる気がしない。
「ちょっとジェフ、何言ってるの!?」
慌てたようにエリカのドローンが飛んできた。
「零に会ったら伝えてくれないか? あいつは自分のせいで俺の人生がぶっ壊れたと負い目を感じてる。でも、俺はあいつと出会えてよかったって……」
「なんでそんな遺言みたいなこと伝えなきゃいけないの? 席ならあるわ。操縦席。一緒に逃げるの!」
ジェフは苦笑してドローンを見上げた。
「いいかエリカ。ここだけの話だが、お前らサイボーグは敵にお仲間だと思われているから攻撃される可能性が低い。俺は置いてけ。その方が万が一の時に安全だ」
「そんなのさっきラーズグリーズとフローから聞いて知ってるわ! お願いだから乗って! あなたがいなきゃサイボーグは体調崩した時とか困るのよ! 早く操縦席に!」
「ブラボーⅠには優秀な医者がいっぱいいる。それに、そんなに簡単に操縦席に座れなんて男に言ったらだめだぞ」
ジェフは苦笑した。長年サイボーグシップと関わって、操縦席に座るということがどういう意味を持つのか理解しているつもりであった。
「もう、はっきり言わなきゃわからない? 他の人にはこんなこと言わないわ。ジェフだから言ってるの。なんで分かってくれないの?!」
驚きのあまり、ジェフは言葉を失った。
(俺だから、言ってる……?)
「疲れてなにもわかってないわね。早く操縦席に座ってドリンクでも飲んでブドウ糖のタブレットでも齧るの。さっさと立って!」
その後もどやされて、のろのろとジェフは立ち上がった。ドローンに誘導されて機体に乗りこむ。
もしや、とジェフは彼女が言った意味を理解し始めた。
よくエリカからメッセージが来た。暇さえあれば映画に行こうとか散歩に行こうとか、部屋に遊びに行っていいかと聞かれた。
話も合うし、自分も喜んで出かけていたし、ドローンもよく部屋に来て一緒に
ゲームしたりテレビを観たりした。
(……マジで?)
「なぁ、エリカ……もしかして、俺のこと……」
動揺からジェフの目が泳いだ。
「気がついてなかったの、知ってたわ。ドルフィンのことどうこう言えないくらいあなたも鈍いわねって呆れてたのよ!」
「……すまん」
操縦席と副操縦席。迷わず操縦席に向かう。
「すまんってそれ、ノーっていう意味?」
「違う、気づかなくて悪かったって意味だ。ノーだったら副操縦席に座ってる」
「それもそうね。仕方ないわね……許してあげるわ」
エリカは満足そうに声を出して笑った。
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