16. 第一格納庫 ホークアイの帰還

 サミーはエンジンカット後、とりあえず第一格納庫に引っ込んだ。

 第一格納庫のメンバーはホークアイの機体が収容されるエリアの隣を喜んで案内してくれた。


 彼らはキャシーが目視、触手点検をしている間に、酸素と燃料、オイルを補給してくれて、タイヤの圧も確認してくれた。もちろん工具も喜んで貸してくれた。

 キャシーが緩みかけていたボルトを締め直し、息を吐いたその時だ。


「帰ってきましたよ、ここの主が」


 一人の男性整備士の声に顔を上げた。

 見上げるほど大きな機体。背にドーム状のレーダーを背負ったAWACS、シンボルマークは目が照準マークになった印象的なタカの横顔。


 牽引車に引かれて戻ってきたホークアイであった。


「サミー! キャシー! 無事だったか。一体どうなっているんだ? なぜここに」


 停止した機体に駆け寄る。


「ホークアイ、よかった。無事だったか」

「おかえりなさい、ホークアイ」

「ああ、だがいささか疲れたな……すまないが整備と補給を頼みたい。少し時間をくれ、二人と話したい」


 整備士に向けたその声には疲労が滲んでいた。


「ええ、任せてください。コリンズ中尉には控室に食事を用意していますので、よろしければホークアイとお話がてらどうぞ。その後はシャワーでも仮眠室でもお好きに使ってください」


 キャシーはその整備士の言葉で気がついた。すっかりさっぱり忘れていた。


(そういえば、お腹すいた……)


 いつから食事していないのかもはや思い出せなかった。

 エンジンやコックピット含む機体上部からアクセスする整備は完了している。一度休憩しよう。

 全身が悲鳴を上げていた。


「一体どうなっている?」


 モニターの向こうには、ホークアイとサミーの姿があった。

 キャシーの目の前にはマカロニの入ったトマトスープ、バゲットサンドの具材はエビとモッツァレラチーズ。それから合成肉のローストビーフとレタス。そのほかにクッキーやらポテトチップやら色々とてんこ盛りだ。

 本人はすっかり忘れていたが、実に十時間ぶりの食事である。


(美味い……調理師気合い入ってる)  


 サミーは今までの出来事をかいつまんでホークアイに説明している。


「なるほどな……ドルフィンもラプターもエリカも無事ならばよかった。本当はここでコーヒーなんて飲んでいる場合ではないな」

「あなたは気分転換して仕事帰りの荒ぶった気が収まったら一度仮眠を。きっと最後の最後まで司令塔として働いてもらわないとなりませんから」

「とてもではないが眠れる気がせんな」

「せめてベッドに入って横になって目を閉じてください。敵も消耗が激しいからか、今すぐ攻撃を仕掛けてくる様子はありません」


 食べ終えたら少々身体を休めようとキャシーも考えた。そういえば、民間人の脱出は進んでいるのだろうか。

 地上や他のフロアの様子が全くわからない。彼女はサミーに聞いてみようと口を開いた。


「ところで、民間人の脱出は?」  

「そろそろ脱出艇への乗り込みが始まってます。民間人にパニックが起こっていないのが幸いです」

「そのようだな。うちの父親から安否の連絡が来ている。今脱出艇の手配と避難誘導をしているらしい」


 キャシーはサンドを咀嚼しながら、そういえばホークアイの父親も軍人だったなぁと思い出していた。確か広報室の室長だ。ミュラー中佐。


「サブアイランドの方はどうなっている? 予定通りか?」


 今度はホークアイがサミーに問いかけている。


「ええ、各サブアイランドの非常用システムは独立しているので問題なさそうです。避難完了、桟橋を切り離し艦船誘導と護衛を従え次第安全圏まで飛んで、亜高速航行で逃げてもらいます。海洋艦は予定通り囮にして投棄」

「順調っぽいな。ミラの手柄で侵入者を始末できたのは大きかったな」


 キャシーはコーラを喉を鳴らして飲んだ。糖分と炭酸の刺激が染み渡る。


「ラプター、パイロットの枠を超えているな……」


 ホークアイは画面の向こうでコーヒー片手に苦笑している。


「能力値が桁いです。味方で幸いでしたよ、本当に……ところで、敵は完全な機械生命体かと思っていましたが確信を持ちました。彼らおそらくですね。有機物由来のタンパク質と電子機械の混合生物。だからサイボーグを仲間と思っているのでしょう。私も完璧に仲間認定されてずっとリクルートされてます」

「……見せてもらった時も、なんやら触手のようなものがニョロニョロ動いていたな、確かに。あれがアミノ酸でできた有機体かどうかは見た目にはわからなかったが」


 ホークアイは「実は捕虜の尋問現場をサミーに見せてもらったんだ」とキャシーにこっそりと教えてくれた。サミーは何も言わずに微笑んだ。


(ホークアイってサミーに懐かれてるよなぁ……)


 以前サミーが言っていた。ホークアイは自分に当たり前のように聞いてくるのだという。コーヒー飲むか? とか、紅茶はどうだ? とか。

 サミーはホークアイが人間扱いしてくれて嬉しいようだ。彼はホークアイを兄のように慕っているのだとキャシーは思っている。


「あの触手、主にD型アミノ酸で生成されていたみたいですね。今研究資料を漁っているのですが、一昨日あたりに解析が済んで、上までまだ報告が上がっていなかったようです」


 地球由来の生物は、人間も含め基本的にはL型アミノ酸で生成されている。


「なるほどな。私もずっと疑問だった。ドルフィンが自分に対しては敵の攻撃がぬるいって言ってたけど、そういうことか。謎が解けた」


 彼らはドルフィンを仲間だと思っているのだ。そしてきっと、サミーのことも。


「正直提案したくはないですが、最悪サイボーグを囮として民間人を逃す手が使えるかもしれません」

「今は確かに攻撃が止んでいるが、再開した場合それはアリだな」

「さっきさっさと寝ろと言っておいてこんな話をして申し訳ないですが、ラーズグリーズの耳に入れておくべきかと。実行するかは別にして、サイボーグが仲間だと思われている話は皆で共有した方がいいと思います。必要があれば私も共に話に参加します」

「君は今私たちと話しながらシステム再起動やら組み直しやら散々頭を使っているんだろう? 私に任せておけ。オーバーヒートしたら事だ」


 ホークアイはサミーの肩を親しみを込めて二、三度叩いた。


「確かに出力が落ちているんですよね……少し休憩しますかね」

「ああ、そうしろ。では私は早速ラーズグリーズと話してくる。今確か補給に戻っているはずだ。ドルフィンの様子も気になるな。ついでに親父の様子も確認しなければ……いい歳して無理していないといいが……」

「私もログアウトします。ちょうどドローンが控室に着きましたので」


 控室の扉が開いた。サミーのドローンがまっすぐ飛んできてテーブルの上に降りた。

 わざわざ部屋から飛ばしてきてくれたようだ。


「では、ホークアイ、この辺で失礼します」

「ではな、サミー、キャシー」

「ホークアイ、じゃあまた!」


 キャシーが画面に向かって手を振ると、二人ともログアウトして画面が暗くなった。

 キャシーがサミーのドローンの方を見ると、グリーンのライトがピカピカ光った。彼女はふと思った疑問を口にした。


「なぁサミー」

「なんですか?」

「地球に襲来したゼノンって、戦闘機は全部遠隔機だし、母艦にも親玉っていなかったんだよな?」


 確か、ドルフィンの祖母であるドクター・アイカワがシステムに忍び込んで機能停止に追い込んだはずだ。そして、母艦にも異星人のような痕跡は見受けられなかったとの話だ。


「そう、私が知っている限りの情報でもそうだったんです。色々ハッキングして調べてみましたがあの球体の情報はどこにもなく……地球、あるいはブラボーⅠで色々調べるしかなさそうかなと」


 彼は少し怪訝そうに言った。


「そっかサミーもわからないか」

「考えれば考えるほど訳がわからず頭が爆発しそうです」

「あーもう何も考えるな! パネル開けて冷やそうか? ファン? ヒートシンク増設? なんでもするぞなんでも」


 言うとサミーは笑って見せた。


「大丈夫ですよ、もうこのことは考えるのをよしましょう。ま、笑い事ではなく私は少しスリープモードにでもしますかね。このままだと本当に基盤が火を噴きそうです」

「今お前がどうにかなったらみんな大変なことになる。無理しないでくれ」


 キャシーも矛盾点に頭がどうにかなりそうだったが、もう考えるのをやめようと思った。今ここで自分で頭を悩ましたところでどうにもならない。だって、サミーですらわからないと言っているのだ。


「キャシーも顔色が悪いです。一緒に仮眠しましょう」

「……え?」


 一緒に……? どういうことだろう、とキャシーは目をまん丸に見開いた。


(私も格納庫で寝るってこと?)


「さっき仮眠室を貸してもらえると聞いた件です。私も、このドローンも連れて行ってください」

「あ、ああ、そういうことな。枕元に……」


 キャシーはとりあえず汗だくだったのでシャワーを浴びて歯を磨いた。替えのシャツを借りて仮眠室に向かうと、枕元にサミーのドローンを置いてベッドに潜り込んだ。


(寝相悪くないから大丈夫だろ……多分)


 片手をサミーのドローンに伸ばした。自分が作った少々不格好なブレスレットがそこにあった。


「おやすみ、サミー」

「おやすみなさい、キャシー。何かあれば起こします、まだ大丈夫なので安心して休んでください」


 サミーの言葉に反応する余裕はなかった。キャシーの意識はたちまち闇の中に沈んでいった。

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