15. 甲板のサミーとキャシー 捕虜殲滅作戦

 キャシーはついに甲板に出た。


 ここはメインアイランドの下側で、前方はるか遠くに第一格納庫、AWACSや輸送機用のリニアカタパルトが見える。見上げる宇宙はどこまでも暗い。


 彼女がいたのは誘導路だ。着陸した機体はここを進み、エンジンカット後誘導車に引かれてエレベーターに乗り込み、格納庫に戻るのだ。

 宇宙空間に出たのは初めてではないが、訓練以来だ。一瞬呆けて我に返る。

甲板の人工重力は生きているようで、彼女はスムーズに歩くことができた。


「キャシー、見つけました。今そちらに向かいます」


 イヤホンに通信が入った。


(サミーだ……)


 見知った機体がこちらにアプローチしてくるのが見えた。

 安堵で体が震えた。

 100メートルほど先、アマツカゼがゆっくりと垂直着陸する。

 キャシーは嬉しさを全身で表すかの如く、走った。


「サミー!」

「こんなところまでありがとうございます。あとちょっと頑張りましょう」


 機体に駆け寄った。カバーが自動で空いたので、早速接続の準備をする。

 まずは甲板にあったハッチのような蓋を開けると、確かに古のケーブルが刺せそうなポートがあった。おそらく建造当時に使用していた物だろう。


(めちゃくちゃ古めかしいな……)


 確認できたので変換器をサミーに差してから、ケーブルの準備だ。


「敵は来てないか? 大丈夫?」

「大丈夫です。キャシーの目には見えないと思いますが、アグレッサーの僚機に偵察を頼んでいますし、ホークアイのレーダーをデータリンクしています。あ、キャシー、私に刺す方は引っ張るだけで抜けるように、爪を折ってください」

「なるほど、了解。あとはテープで補強か」

「そういうことです」


 ペンチとマスキングテープを持ってくるように言われていたのはそういうわけだったのか。

 合計3本接続した。増やしたから回線が速くなるわけではないだろう。きっとそれぞれで別々のシステムの修復作業をするのだ。


(サミーがサミーでよかった……仲間でよかった)


 接続が完了した。


「根本的にシステムを破壊しましたね。重力制御装置だけは独立システムなので生きていますが、酸素共有も止まっています。想像していた通りですね……キャシー、念の為コックピットに。シートに座ってください」

「わかった」


 キャノピが上がった。キャシーはラダーを駆け上がる。


(だからフライトスーツ着てこいって言ったのか……)


 キャシーが来ていた気密服はフライトスーツとしても使えるものだ。


「今ミラたちはどうしてる?」

「順調です。目標まで100メートル。敵も私がシステムに潜り込んだことに気づきましたね。今与圧してるので少々お待ちを。酸素濃度も順調に上昇中」

「ありがと」


 荷物を収納に押し込め、酸素マスクを切り替えて一息つく。

 なんとかここまで辿り着いた。

 しばし無音だった。邪魔になるのではと口をつぐんでいたが、サミーから声をかけてきた。


「気圧も酸素濃度も適正値です。酸素マスク外してくださっても大丈夫。サバイバルキットの飲み物とか、よかったらどうぞ。食料は三日分は積んでますけれども、でもできるだけ節約してください……補給に戻る時間は確保できそうですが、念の為。正直、もうブラボーⅡはだめだと思います。空気を失いながら慣性で飛んでいるオブジェ状態です……ごめんなさい、守れませんでした。私にできることは皆を脱出させることくらいです」


 大体の予想はついていた。ここに来てサミーの補助をする適任は他にもいた。でも、サミーはキャシーに甲板に来てほしいと言った。それが全ての答えだったのだ。


 もはや、脱出するほかないのだろう。

 最悪、時間がなければこのまま飛んで逃げる気だったのだ。


(いざとなったら乗せて逃げるって前言ってたもんなぁ……あの時は冗談だったんだろうけど)

「生きてりゃどうにかなるよ」

「私はこの移民船を任されました……でも、何もできずこんな……ごめんなさい、キャシー、本当にごめんなさい」


 ドクター・アイカワに任されたと言いたいのだろう。キャシーは感じた。サミーは今、泣いている。


(なんていい子なんだ、サミーは)


 操縦桿に両手を伸ばした。ああ、どうしたらサミーにわかってもらえるのだろうか。


「お前は悪くない、いつもできることを考えて頑張ってる。私のことも逃してくれるんだろ?」

「……はい」

「ミラやドルフィンやダガー、それからできるだけ多くのみんなが逃げられるようにもうちょっと頑張ろう。一緒にブラボーⅠに行こう。な? 大丈夫だ、安心しろ、誰がなんと言おうと私は一緒にいるから」


 サミーならできるはずだ。キャシーは努めて明るく言った。

 自分が逃げられるとか逃げられないとか、最早そんなことはもうどうでもよかった。サミーは頑張っている。そう励ましたい一心だった。


「はい、ありがとうございます、キャシー……始まりました。ラプターがパルスガンで敵の制圧に入ったようです」


 ミラならきっと大丈夫だ。


「大丈夫、ミラなら絶対できる」

 キャシーは確信を持って言った。


***


 敵は人体を操るのだ。流石に零の背筋が凍った。


「今、そちらの監視カメラに接続完了しました。人も結局身体を動かすのは電気信号です。潜り込ませた触手で操ってますね? 前頭葉を破壊されて、ていのいい動く人形にされているはず、私だったらそうします。ラプター、もうその人間は助かりません」


 零はサミーからの通信を直接自分のドローンのスピーカーで流した。


「わかった」


 ミラはその言葉とともに、つかつかと白い球体に歩み寄る。手にはアサルトライフル。


「私を連れて寝返れば、英雄として迎えられる」


 研究者がしわがれた声を出す。


「そのセリフ、いい加減聞き飽きたというものだ。よくも私をコケにしてくれたな! しかも、私がいない時にシステムに侵入して破壊するだなんてなんてクソ野郎……できることなら直に破壊してやりたいですね!」


 サミーが零のスピーカーを通して冷酷に言い放つ。 


(悪役かよ、怖いなサミー!)


「サミー、怖いよ!」


 ミラがアサルトライフルを構えながら言った。


「サミーやばい、どっちが悪党だよ!」


 ダガーも怯えたように言う。


「ムカついてるんです。ラプター、どうぞさっさとやっちゃってください」

「了解」


 ショットガンの銃口を、白い球体のセンサー部のような部分に突きつける。


「これからもお前たちは人間に搾取され続ける。いつか、今日を後悔する日が来るぞ!」

「負け犬がキャンキャン喚くな、見苦しい」 


 サミーが吐き捨てるように言い放った。こんなサミーは流石に零も知らない。


(とてつもない怒りを感じる……)


「その距離でアサルトライフルはやばくないか!?」

「問題ない。ダガー、目を閉じろ」


 慌てるダガーをよそに、ミラは引き金を引いた。周囲が閃光に包まれた。


「パルス弾?」


 零が問いかける。


「そ。ハンドガン程度じゃダメだね。さすが」


 うねうね動いていた触手も縮こまっている。先ほどのハンドガンのパルス弾では多少大人しくなった程度の効き目であったが、ショットガンに装填できるくらいならば流石に効力があるらしい。


「暴れてるのはロボットって聞いたから装備してきた。効いたね」

「ラプター、ネット回線直しました。端末で遠隔爆破できるはずです」

「ありがとうサミー! よし、爆薬でダメ押ししとこう!」


 ミラはぴくりとも動かなくなった球体に小型爆弾を貼り付けた。遠隔爆破式の爆薬だ。


 ついでに小型カメラを近くに固定している。

 固定が終わると、彼女は端末を手にとった。

 端末の遠隔操作で爆発できるタイプなようだ。


「サミー! 遠隔起爆問題なさそう! ありがとう!」

「今のうちに逃げてください。細かいところは一時的に直せますが、ブラボーⅡのメインシステムは直せそうにありません。バックアップも根本的に破壊されてます。今や穴の空いた風船状態です!」

「穴が空いた風船か、わかりやすい。的確な表現だな!」

「ドルフィン、冷静に感心してる場合じゃないですって!」


 ダガーの声を零は無視した。

 どうやらブラボーⅡはもうダメなようだ。


(俺の第二の人生が……)


 ミラと出会って、再び生きる喜びを知った。その舞台はもう風前の灯だという。


「保ってあと何時間だ?」

「十二時間、と言ったところですかね。ブラボーⅡは現時点でかなり損傷を受けています。つい一時間ほど前、天井ドームに穴を開けられ侵入されています。陸軍が制圧しましたが、地上階ははちゃめちゃです。これから地下シェルターの人間が脱出艇に乗れるように色々システムを復元します」


 復元というよりも、おそらく一から構築しているのだろう。


「残り時間、今宇宙に出てる奴らが全員なんとか一度戻って補給できるくらいの時間は確保できそうか?」

「はい、そちらはお約束します」  

「よくやった。そこまでわかれば上出来だ。ミラ、格納庫に戻るぞ」


 ミラは一キロほど離れた場所に移動してから端末を確認し、起爆装置を押した。捕虜は死んだ。

 聞いた通りの生命体であったなら、彼だか彼女だかは間違いなく死んだのである。


***


 ジェフが患者を車椅子に乗せ地下ポートに運んでいると、そこに小型の輸送機があった。バズーカを背負った黄色い小鳥のシンボルマーク。

 エリカの機体だ。


「エリカ!」


 患者を他のスタッフに預けて機体に駆け寄る。

 操縦席側のエントリードアが開いて、見知ったエリカのドローンが飛んできた。


「サミーから何か聞いたか」

「ええ、脱出艇には患者と健常者のスタッフを、私に医務局で働くサイボーグを。サイボーグのみんなは私がクレーンで積み込むわ、なんとかここまで連れてきてくれる?」

「わかった」


 エリカは小声で言った。


「もう、この移民船はダメみたいね」

「ああ、サミーの口ぶりはそんな感じだった。エリカはドローンで誘導の補助してくれ。俺はサイボーグたちをなんとか避難させる」


 医務局にも、システムとして組み込まれたサイボーグが何人もいる。

 それから、健康診断や治療中でここに運び込まれている者もいる。

 ジェフがシステムロックの解除をしていると、非常な宣告が下された。

 タイムリミットは十二時間。

 ネットの回線が回復したようで、政府と軍から正式な宣言が下ったのだ。


(十二時間か……ギリギリだ)


「頑張りましょうジェフ。大丈夫間に合うわ」

「ああ、急ごう」


 ジェフは己に喝を入れた。間に合うとか間に合わないとかじゃない、間に合わせるのだ。

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