13. 零とフィリップ 非常通路の迷子たち
代わり映えのない細い非常用通路を進む。頼りは零のドローンのライトだ。
壁に張り付いていた非常用通信回線の端末は見事に死んでいるが、衛星からのGPSがある。ドローンの大体の居場所はわかるのだ。
零の機体とドローンはネット回線を通じてではなく、直通で繋がっていた。零はダガーを励ましながら、宇宙空間にいるサミーに機体経由で問いかけた。
「サミー、聞こえるか? メインアイランドのシステムに侵入されたみたいだ。助けてくれ」
「なんですって? 確かに先ほど管制システムがダウンして、AWACSが司令塔代わりをしてくれてまして、今私はホークアイの補佐をしてます。彼、もう百回くらい
(ホークアイはそういう星の元に生まれてるんだな……)
ホークアイのうんざりした顔が脳内に浮かんだ。完全に過労だと思う。
だが、零の中で圧倒的に運が強そうな男ナンバーワンが彼だ。放っておいても上手いことやるのがホークアイ。正直あまり心配はしていない。
今サミーを取り上げても大丈夫だろうという謎の信頼感があった。
「多分お前しかどうにかできない。俺には無理だった。緊急事態用にばあちゃんからもらったシステムリセットコードもダメだったし……」
何かあったら使えと言われたシステムリセットコード。ブラボー船団のメインシステムの大元を組んだのは零の祖母なのだ。それが使えないとなれば、システムが根本的に書き換えられている。
「ブラボー船団のシステムは宇宙空間からは完全にシャットアウトされていて、甲板から有線接続でもしない限りアクセスが不可で……敵の仕業とは思えません。内部に侵入者がいれば別……しまった、狙われましたね。私が宇宙に出た瞬間を」
「どういうことだ?」
「あなたと一緒に捕縛した捕虜。おそらくこれを機に動き出しましたね。だからアレは危険だと何度も上申したのに!」
(ああ、あれか……)
捕虜と聞いてピンときた。サミーが言っているのはパルス弾で捕縛したゼノンのことだ。どうやってシステム内に侵入したのだろう。
厳重に隔離されていると聞いていたのに。
「艦内に接続できたとして、お前にどうにかできるのか?」
「リセットコードが使えないとなると、私にできるのは部分的にコントロールを奪い返してあなた方を宇宙に逃すくらいです。あとは非常用脱出艇のシステムくらいは復元しますかね。他にできることは……」
サミーが言い淀んだその時、背後のダガーが上を見上げながら訝しげな声を発した。
「なんだ?」
天井、つまり地上から何か音がして、砂埃が落ちてくる。
「やばい、崩壊するぞ! ダガー、走れ!」
ダガーを先導するように零は飛んだ。その後をダガーが走る。目の前に古めかしいドアがあった。ドアノブ式だ。零のアームでは開けられない。
零が飛び退くとダガーがドアを開けた。零がそこに飛び込むとダガーがドアを閉める。
ドアの向こうで轟音が聞こえて地面が揺れた。
(崩れたな……)
「隔壁が分かれていて助かったな」
この男との連携はなかなかうまくいく。ダガーと仕事をしたら、ひょっとするとあまりストレスがないかもしれない。
逃げ込んだ先は古びたロッカールームのようだった。
「ああ、もう嫌だ……」
ダガーはその場にへなへなとへたり込んだ。
「ドルフィン! どうしたんです?」
零はスピーカーもオンにして、今ダガーといること、これまでの状況を話した。
その間にダガーは逆側の扉の方に近寄ってドアを開けようとしたが、開かない。ドアノブが壊れているようだ。せめて怪我してなけりゃなぁ……と独り言のように呟いて、ダガーは空いている椅子にどっかりと腰を下ろした。
「閉じ込められたな」
零は長テーブルの上、ダガーの目の前に降り立った。
「地図とドローンの位置情報から、そこ、特定できました。二十年前まで使われていたロッカールームですね。助けを寄越すので動かずそこにいてください、いいですね? それから私はなんとかしてシステムを奪還します」
「悪いなサミーありがとう、嬉しいよ。俺もう疲れた」
「ダガー、怪我してるんですから、それ以上動いちゃダメですよ。大人しくしててくださいね!」
「いくらなんでもガキ扱いしすぎだろ」
零が笑うと、サミーが言った。
「ダガー、まだ二十歳なんですから、ドルフィンからしたらお子ちゃまみたいなもんでしょう。では、また何かあれば連絡します」
通信はそこで切れた。
(二十歳!?)
「二十歳……お前? 本当に?」
「知らなかったんですか? 俺、今二十歳です。年末の誕生日で二十一」
ふんぞり返って腕を組みながらダガーはニヤリと笑った。
「は?」
もしも零に目があったら、限界まで目を見開いていたに違いなかった。
「どう考えても計算が合わないんだが……どういうことだ?」
「ミラと俺は六歳差です。ミラが士官学校に入ったあと、やっぱり孤立しちゃって……俺が飛び級で追いかけたんです。学力も身体能力も問題なしってことで。特例なのででかい声じゃ言えないですけど」
(嘘だろ……俺は二十歳そこそこのガキンチョに本気になってイラついてたってこと?)
「仲良くしてあげて」とミラが言っていた意味をようやっと理解した。
「ドルフィーン、どうしたんですか? 黙っちゃって」
「二十歳には見えなかった。階級と経歴から二十五は過ぎてると思ってた。大人気ないことを言いまくってすまなかった」
零は素直に謝ることにした。二十歳と考えると、とてもできた男であるとしか言えない。
先ほどの会話からサミーにもかなり信頼されているようだ。
(やっちまったにも程がある……)
「このおっさん更年期なんかな? って思って耐えてました」
「おっさん言うなよ! まだ三十五!」
むきになって言い返すと、ダガーは笑った。
「もういいですよ。ミラ、本当に男見る目がないから、また変なのに捕まったんだなぁ引き離さないとなぁと思ったり……俺も散々失礼なこと言いましたよね。その後もフィジカルでしか恋愛してこなかったんだろとか。本当すみませんでした」
ダガーは頭を下げてきた。ああ、こいつも日系人に育てられてるんだっけ。そう思い出した零は流れるようにスピーカーから声を発した。
「いいよ、もうそのことは気にすんな。今はミラと仲良くやってるし……」
「俺も安心です。ほんっとうにミラは自分の飯も作れないくせに変に世話したがりだから、またどうせ変なダメ男を拾ってきたんだろうって思ったんですけど、俺本当にドルフィンで安心してるので……」
(ミラの評価が低すぎる……確かに変なところでポワーっとしてるからな)
変な男といえば自分も変な男だ。特に、出自がものすごく変なのだ。
「俺、多分変だぞ」
「サイボーグだからってことですか? それ言ったら俺もミラもある意味健常者じゃないですし」
「ちょっとバックパック開けてみろ? ソックスのドッグタグが入ってるポーチ、開けてみてくれ」
ダガーは不思議そうな顔をしてバックパックに手を伸ばした。
(口で言うの嘘っぽいからドッグタグ便利だな……)
零はダガーの顔芸を見ることになった。さっきの仕返しをする時である。
「ダガーちゃん、どうしたんだ? 黙っちゃって」
それから一時間経過した。明らかにダガーは疲れてそうだ。
零はバックパックの中身を思い出して声をかけた。
「なんか飲んだり食べたりしてていいぞ。こんな状況だ、ミラもキャシーも気にしない」
あの時無理を言って飲食物を持ってこさせてよかったなぁと零はしみじみと思った。
「いただきます……流石に腹減ったし喉も乾いて」
(ミラはどうしてるだろう……)
まだ自分達の状況を知らせてなかった。第二ブロックに帰って戦っているのだろうか。
サミーは無線でミラとやりとりできているはずだ。
指示系統を混線させないように零は必死でミラに連絡を取るのを我慢していた。
ミラに助けてもらおうにも、零は自分の大まかな現在位置の把握しかできない。ここまでのアクセス経路がわからないのだ。いたずらに連絡を取るもの憚られたのだ。
「みんな無事ですかね……」
「ネット回線もシステムも死んでるからなぁ……ジェフが心配だ。医務局でもロボット暴れてそうだし」
「先生心配ですね。先生はドルフィンの正体知ってるんですか?」
「例のテロで、俺が救急に運ばれて一番最初に対応したのがあいつ。その時からの付き合いだ」
プロテインドリンクにストローを刺したダガーがびっくりしたようにこちらを見た。
「付き合い長いんですね、そういえば親友だって言ってましたもんね」
彼はそう言ってストローに口をつけた。
「若いからメイン担当ではなかったけどな。あいつは俺とタメだ。俺のせいでサイボーグ診る道に進むことになった哀れな男だ」
「ついでに前例が全くないヘビ人間と鳥人間も診ることになったと」
「そう、何でも屋軍医。まあ、優秀だ。そこは間違いない」
ダガーはクッキーに手を伸ばした。
「キャシーさんいただきます」
「気にすんなよな」
「あ、これ美味しいですね。ナッツもいっぱい入ってて腹に溜まりそう」
(こいつも気持ちよく食べるなぁ)
二人の育ての親に会ってみたいと思う。松山の親族だと聞いてはいるが、きっと彼女はちょっと違うはず。
告発した張本人だと言うし。
「チョコも食べてもいいんだぞ、遠慮はするな。食べられる時に食べておけ。キャシーには俺が後で倍にして返しておく」
「ドルフィン、さすがセレブ」
「セレブなのは忘れろ。俺は心が広い
「自分で心が広いとか言うかぁ? そういや、タックネームの由来はなんなんです?」
「水泳やってたからだ。高校の時ブラボーⅠの代表で地球の大会に行った。ギリギリ八位入賞。お前は?」
あっという間にダガーはクッキーを食べ終えた。
「入賞!? すごいっすね。俺はクリムゾンに、お前は『ミラのマモリガタナ』だからダガーだって言われたんです。よくわかんなかったんですけど……」
「短刀、つまり『ダガー』はサムライがいたくらいの昔は嫁入り道具だった。懐剣ともいうな。あとは敵将の首を取ったり切腹にも使う。目立たないが非常に重要な刀だ……さすがクリムゾン、日系人ならではだな」
「詳しいんですね」
「じいちゃんが刀いくつか持ってるから、ちょっと齧ったくらいだよ」
その後、流石に会話のネタも尽きた。手持ち無沙汰になった零は格納庫の自分の機体のカメラに目を繋いだ。
格納庫に零の整備士、ショーンがいた。例の基地襲撃事件で大怪我をしてしばし緊急治療室にいた。未だ療養していると聞いていたのに。
「え、なんでショーン!?」
「ショーン、どうしたんですか?」
「格納庫にいる。大丈夫なんかあいつ、ごめん、ちょっとショーンと話す!」
零は慌てて機体に接続した。
「おいショーン、お前何してんだ! 寝てろ!」
突然の声にショーンは驚いて飛び上がった。
「ドルフィン、大丈夫ですか? 今ダガーと閉じ込められてるってキャシーから聞きましたが!」
「俺たちのことはいい、まだ万全じゃないんだろ?」
「口出しすることくらい問題ないですよ。今キャシーはサミーのヘルプに甲板に向かってます。ラプターはダガーとあなたを救助しに武装して向かいました。サミーがこの状況をなんとかしてくれたらすぐに飛べるように、万全にしておきますので!」
その目は本気だった。零は言葉に詰まった。
「最悪の場合、自分達の逃げる算段は大丈夫か?」
「もちろん、お気遣いなく。ダガーと一緒にラプターをもうちょっと待ってあげてください」
にっこりと笑いかけられて、しばし雑談したあと零は接続先をドローンに戻した。
「ショーン、元気でした?」
「ああ、整備士に口だけ出してるみたいだ。手は動かさない、指示飛ばすだけってな」
その時だ、ドンドンと先ほど開かなかった扉がたたかれて、無線が繋がった。
「レイ、フィリップ、大丈夫?」
扉の向こうにミラが来ていた。
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