12. フィリップとの道中 警報

 ひとけのない廊下を進む。

 恐ろしいくらい静かで、流石に何か話しかけなければ少々気まずい。そう考えた時のことであった。ダガーが口を開いたのである。


「俺、こんなんでいいんかなって思うんですよね」   


 零はその発言の意図がわからなかった。


「どういうことだ?」 

「みんな命を張って飛んでるのに、俺は今なんにもできない。こんなのいいのかって思うんですよね」

「まだ怪我が治ってないんだろ、無理することじゃない。長引いたり何か影響が残ったら事だ。身体は大事にした方がいいぞ」


 そう答えると、彼は無言で俯いた。ダガーのブーツの立てる音とドローンのプロペラファンが風を切る音だけが無機質な廊下をこだました。


「俺は全部を失くした。だから身体は大切にしろ。ここで無理して身体を壊すのは本当に勿体無いぞ」

「……はい」


(意外にしおらしいな)


 そう、こいつはミラの弟分だ。

 この男が突っかかってきたのはミラ絡みの時だけである。そんなに悪い奴でもないのだろう。


 実際、パイロットとしての悪い話は聞かない。サミーも、操縦の腕は悪くない。根性があるし機転も効く。失敗はきちんと認めて明日の糧にする性格だと結構褒めている。   


 気を落とすな、と声をかけようとしたその時であった。

 ドローンのマイクを震わせるほどのけたたましい警報が廊下に響き渡った。


「火災報知器? 火事?」

「おかしいぞ、ここからえらい離れた格納庫でも鳴ってる」


 遥かかなた、格納庫の機体の外部マイクからも警報が聞こえる。本来ブロックごとに分けられるはずの警報がそこかしこで鳴っているのはおかしい。


「マジですか?」

「ミラはすやすや寝てる。機内には響かないな。これはこれでよろしくないかもしれん」

「ちょっと、のんきにミラの実況してる場合じゃねぇ! 防火扉閉まってるんですけど!」


 カメラを向けると、確かに防火シャッターが上からガラガラ閉まりはじめていた。ダガーが走り出した。

 零もドローンを最高速度で吹っ飛ばしたが目の前で防火扉がピシャリと閉じた。


「閉じ込められたな。俺は大して困らないが」

「そりゃあんたの本体は安全地帯でしょうし困んないでしょうね!」


 窓もない、左右に部屋がずらりと並ぶ廊下である。

 格納庫はどうなっているのだろう、機外カメラに目を繋ぐ。整備士やスタッフが大騒ぎしている。

 天井からスプリンクラーの水が大量に降り注いでいるからだ。


「そんなことないな? 大騒ぎだぞ。うん、こういう時サイボーグは大変だな。下手すりゃ逃げ遅れて焼け死ぬ」

「あんたはまずミラを起こしてくださいよ! 逃げるのも手伝ってくれるって! これほんとに火事? システム不具合とかじゃねぇのかな。煙の匂いも一切しない。どこか抜け道ねぇかなぁ……いっそ天井裏か床下とか通気口でもいいんだけど」


 その辺をきょろきょろと見回しながらダガーは道を戻りはじめた。

 零はミラに声をかけようかしばし逡巡し、スピーカーをオンにした。

 その時だ、ベッドに身体を横たえていたミラが目をこすりながら若干不機嫌そうな顔でむくりと起き上がった。


(ああ、かわいい……!)


「ミラ起きた」


 その瞬間、突然警報が止む。普通はどこで火災だのどっちに逃げろだの放送が入るはずだが何も鳴らない。

 確かに少々おかしいのではないかと零も訝しんだ。


「さすがに変だな」

「ドルフィンちょっと黙ってください」


 近くの壁に手をついて目を閉じたダガーが言う。ブンブン言っていたらうるさいだろうとドルフィンは近くのベンチの上に降りた。


「なんか変な音が聞こえるんですよね……防火扉の向こうから。なんだ?」

「まあとりあえず部屋に戻るか」


 零がダガーに提案した時のこと、爆音を立てて防火扉が天井に収納されていく。


「「え?」」


 扉の向こうにずらりと並んでいたのは、警備ロボットや掃除ロボット。


「おいおいおいおいやべぇぇぇ!」


 ダガーが悲鳴を上げながら走りはじめて、零も慌ててベンチから飛び上がる。

 遠隔で部屋の扉を開けると、駆け込んできたダガーと共に滑り込む。ドルフィンが鍵を閉めたが、閉めたそばから電子キーが開く。

 ダガーが慌てて二重ロックをかける。


(システムに侵入されてる!)


 零は天井近くまで飛び上がり、部屋の廊下に設置してあった警備システムの回線をドローンのアームで引っこ抜き、物理的に遮断した。

 これで零自身も制御できなくなるが、暴走も防げる。


「つっかえ棒しろ! こうなりゃ物理だ!」


 ダガーはそばにあったシューズラックを引き倒してつっかえ棒にする。この玄関扉はよくある蝶番とドアノブのついたドアではなく、ドルフィンが開けやすいように引き戸のように開く自動ドアなのである。

 ガツンと壮大な音がして扉が揺れた。こじ開けようとしているのが見てとれた。


「もたねぇ!」

「やばいぞダガー、逃げろ」

「逃げるってどこに?」

「天井のエアコン外せ! 天井裏に上がれるはずだ!」


 ダイニングのテーブルを引きずって移動させ、その上に飛び乗ったダガーは天井設置型のエアコンを力ずくで外し床に投げ捨てる。


「腕力すごいなおい」

「感心してる場合じゃねぇですよ!」


 彼は椅子をダイニングテーブルの上へ引き上げて飛び乗ると天井裏へ身体を滑り込ませた。椅子を蹴っ飛ばしていくのも忘れない。


「レイー? どっか出かけてる?」


 零の頭の中にミラの声が響く。機体のコックピットのマイクだ。しまった、と彼は音声をオンにした。


「あ、ミラ! ちょっとそこから出るな、外を確認しろ! 今ダガーと部屋にいるんだがシステム不具合だか侵入者だかがいてやばい! 格納庫内ハンガーどうなってる?」


 零も機外カメラに目を繋いでいる余裕はない。

 彼はドローンのスピーカーと機体のマイクを直通にした。これで、ミラがしゃべった言葉もダガーに聞こえる。


「あ、キャシーがフォークリフトで警備ロボット串刺しにしてぶっ飛ばしてる。え、何? 何が起こってるの?」

「え! 何それ面白そう俺も見たい!」

「ちょっと興奮してないでミラにちゃんと説明してくださいよ! なんでボケ担当ばっかりなんだよ俺の周り! 早く逃げますよ!」


 零はエアコンの通気口の中に飛び込んだ。



 零はドローンのライトをつけた。腹ばいになって進むダガーの前を飛びながら、ミラに今までの状況を手早く説明した。


「状況は分かった。キャシーたちに加勢してくる。明らかに優勢だけど」

「必要ならサバイバルガンを使ってくれ!」

「OK、ありがとう」


 声を送ると軽快な回答が返ってきた。機内にはサバイバルキットが準備されている。そこに銃も含まれているのだ。


「無線持ってるよな? 軍用回線も使えなさそうだから、何かあれば無線で連絡してくれ」

「わかった。フィリップをよろしく。フィリップ、気をつけてね。レイと喧嘩しちゃダメだよ!」

「わーってるって!」

「じゃあね」


 名残惜しくなって、零はカメラを切り替えた。


 ミラは零のキャノピを開けて翼の上に膝をつき、流れるようにサバイバルガンを構えた。安全装置をいつの間に解除したのだろう。気づいた時には彼女は発砲していた。

 駆動部を撃ち抜かれたロボットがバタバタ倒れていく。


「おお、すごいなミラ」

「ドルフィン、前見てください前!」


 ドルフィンはカメラを機外カメラからドローンに接続し直した。目の前に柱があった。紙一重で避ける。


「あぶねぇなおい……サイボーグも便利なようで不便そうっすね」

「ミラをガン見していた。すまんすまん」

「……ハァ、楽しそうですねぇぇぇぇ!」

「お前何? 羨ましいの? 今フリー? 誰かと付き合えば?」

「よく言いますよ、あんだけ消極的だったのに」


 そりゃあそうだが、ミラにあれほど猛アタックされてノーと言い続けられる零ではなかった。

 その後会話も途切れ、二人は無言で天井裏を進んだ。


「方角はこっちで合ってます? この体勢きちいな……」


 ダガーは腕がまだ万全でないのだろう。早く外に出なくては。


「こっちで問題ない。どこかで下に降りて外に出ないとな」


 零は密かにセキュリティ内への侵入を試みていた。幸いに彼には祖母に教わった情報工学の知識があったが、ちんぷんかんぷんであった。


(一体どうすりゃいいんだ……)


 全く訳のわからないコードに書き換えられている。

 自分の知識では突破できそうにない。


(ばあちゃんがいればなぁ……) 


 少し先に、下から光が漏れている。通気口だ。


「あそこ、下覗いてみてくれ。ドローンだと難しい」

「廊下だ。エントランスも目の前」

「外出れば格納庫直結のエレベーターがあるはずだが……使えるとは思えないな」

「完! 全! 同! 意!」


 その時である、ミラから通信が来た。


「こちらミラ。第三格納庫第三ブロック掃討完了」

「了解、キャシーも無事か?」

「うん、零の機体に流れ弾が当たってないか確認中。さっきちょっと確認したんだけど、宇宙に上がれそうにないね、システムが完全に死んでる。やっぱりレイが言ってた通り乗っ取られてるっぽい」

「やっぱりそうか……わかった。こちらはダガーも元気だ」

「はぁ、ニコちゃん大冒険する羽目になったなぁ……先に降りてますよ」

「ああ、ミラ。また連絡する」

「じゃあね、気をつけて。私は第二ブロック見に行ってくる」


 第二ブロックにはミラのアマツカゼがあるのだ。

ダガーが天井裏から飛び降りたので、零も続く。暴走するロボットどころか人の影も見えない。

 その時だ、警報が鳴り始めた。


「おいおいおいおい……」


 ダガーは慌てて左右を見た。


「逃げるぞ」


 零の言葉にダガーはエントランスの自動ドアを強引に手でこじ開けて身を滑り込ませ、元通り閉めると、自販機の影に身を隠した。零ももちろんダガーにくっついて行き、ひっそりと地面に着地した。

 外に敵の姿は見えない。ダガーはちらりとエントランスを確認した。


「ロボット集まってきてるな。さてどうやって格納庫に戻るか……」


 ダガーが小声で言った。


「ダメもとでエレベーター使えるか確認してくる」


 零は瞬く間に飛び上がると、エントランスを出たところにあったエレベーターに接近、セキュリティ解除コードを送ったが全く反応がない。


(ダメか……)


 背後でド派手な音が聞こえ、零は身を翻した。


「ダガー!」


 ダガーの存在に気づいた警備ロボットが、自動ドアのガラスにぶち当たる。防弾強化ガラスだ。そう簡単に体当たりで割れるものではない。

 ダガーが腰のハンドガンを抜いて構えながらこちらに転がりこんできた。


「エレベーターは?」

「だめだ!」

「くそ、逃げるぞ!」


 どこか逃げ道はないだろうか。隣の建物の影からロボット兵の姿が見えた。


(さすがにアレの相手は無理だ)


 ロボット兵の装備は警備用ロボットとは段違いだ。その時、零は視界の隅に非常用シュートを認めた。人なら通れるが、ロボットは通れない。


「ダガー、シュートに逃げろ!」

「おう!」


 ロック解除を試みたがもちろん開かない。ダガーは銃を向けて一発発砲。ロックを破壊して迷いなく飛び込み、零も後に続いた。

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