10. 戦闘 補給 格納庫
目の前の光景は、ミラの心を捕らえて離すことを許さない。
どこまでも深く漆黒の闇。その中で流星のように飛ぶ戦闘機やミサイル。輝くレーザーガンや炸裂するミサイルの輝き。
ブラボーⅡの軍人たちは果敢に戦った。
どちらが優勢かと問われれば五分五分であると言えよう。
ミラは宇宙を疾駆した。敵機の背後をぴたりと追う。黄金の目で捕らえ、支援AIが自動でロックオン。
しかし、ミサイルが放たれる直前で、敵機があり得ない動きで直角に曲がる。
サミーはそれを見越していた。あらかじめ発射していたビーム砲に敵機が突っ込む。
敵機が炎の塊になってバラバラと散っていく。
「敵機の撃墜を確認。お見通しですよ」
「サミー、ナイスキル!」
ミラの相棒はサミーだ。まだフィリップは骨折が完治しきってないので飛べないのだ。
「これは効きますね!」
誘導系の武器はこの先効くかどうかわからない。東方重工が考えたのは、強力なビーム砲を小型化してサミーに載せようというという一見意味のわからない手法だった。
だがミラはわかっていた。電磁妨害もこの先もっと強化されたらどうなるかわからない。ならば、真っ直ぐ飛んで強力な武器ほど有能なものはない。
幸い、ミラやサミーは他のパイロットと比べるとかなり目がいいのだ。ミラのアマツカゼも同じ理由で小径ビーム砲が搭載された。
実際、それはかなりの効果を上げていた。
部下を引き連れていない二機は小惑星帯に突っ込んだ。
敵機はゾロゾロくっついてきた。ミラは口元に笑みを浮かべた。
「サラマンダー各機へ、ターゲットの誘導に成功」
小惑星に張り付いていたのは、レーザーキャノンとレールガンを背負った狙撃手、ケーニッヒの群れであるサラマンダー中隊であった。
***
ミラは格納庫の壁に寄りかかって天井を見上げた。補給に戻るのは何度目だろう。
「疲れた……」
何か腹に入れるか。よろよろとミラは控室に戻って、チキンスープの素に湯を注いだ。
マグカップはイルカ柄だ。
「ミラ、ちょっとは横になれよ」
フィリップがこちらを覗き込んできた。実はほとんど眠れていないことがバレているらしい。
ミラは嘆息した。
「眠れないんだ……部屋に戻ればもうちょっと休めるかもしれないけど、部屋に戻ったら呼び出された時に時間ロスするし」
シャワーを浴びて、仮眠室で横になっても気が休まらず眠れないのである。皆その間も敵と戦っているのだ。休めるわけもない。
フィリップは歯痒そうな顔をした。彼はまだ腕の骨折が治りきっておらず、戦闘には参加できないのだ。
「ミラの部屋の枕とか持ってこようか? それともニコでも連れてくる?」
ニコを抱き抱えて横になれば少しは気が休まるかもしれない。
ミラは無意識のうちに口元にうっすら笑みを浮かべていた。
「そうだね……」
その言葉だけでフィリップはミラの言わんとしていることに気づいたようであった。
だがいくらなんでも申し訳ない。
「部屋に入っても大丈夫なら任せてほしい。ニコだろ? 気にすんな。俺は今飛べないし……何かさせてほしい。頼むよミラ」
ミラは半ば押し切られてしまった。部屋のスペアキーを渡し、何かあれば連絡してほしいと端末をちらりと掲げた。
フィリップを見送ってマグを傾けてチキンスープを飲もうとしたその時、端末にメッセージが来た。
(レイだ!)
『今さっき帰艦して補給中。君は今控室?』
ミラはすぐさま電話をかけた。
「早いな。お疲れ、ミラ」
彼が笑っていることが手に取るようにわかる。それくらい反射的に電話をかけたのだ。
「よかった。おかえり」
声を聞いただけで胸が熱くなった。会いたい。会いたくて仕方がない。
機体のところに、誰よりもそばに行きたい。
「どうした小鳥ちゃん、疲れてるなら俺のことは気にせず休んでくれ。声が聞けただけで嬉しい」
疲れている。確かに疲れている。でも、会いたい。
「……遊び行っていい? もう寝ようとしてた?」
「もちろんいいよ、気が立って眠れそうになかったから大丈夫。ご飯とかも持っておいで」
「ありがとう!」
ミラは控室の冷蔵庫にあったラップサンドを三個ほど確保し、チキンスープを耐熱ボトルに移し替えた。それから紙パックのオレンジジュースとペットボトルのミネラルウォーターを引っつかんでレイの元へ向かった。
アグレッサーの機体は第三格納庫の第二ブロックで管理している。レイの機体はすぐ隣の第三ブロックにあるのだ。
念の為、フィリップに「レイのところに遊びに行く」というメッセージも忘れずに送ってから彼女は走った。
***
零はカメラを切り替えた。作業に勤しむキャシーや整備士の姿が見える。
「キャシー、今ミラがこっちに向かってる」
零はキャシーの作業をつぶさに眺めてタイミングを見計らって声をかけた、彼女は作業用のグローブを外してタオルで額の汗を拭って機外カメラを見上げた。
「そうか、よかったなドルフィン。こっちは今から輸液交換する。それ終わったら医療班が血液検査したいって言ってる」
「了解した。サミーはどうした?」
先ほどまでサミーのドローンがちょこまか飛んでいたが、一体どうしたのだろうと聞いてみたのだ。
「補給とデータのバックアップが終わったって言って、アグレッサーの若手三機引き連れて敵機の情報収集に行った」
「そうか……」
「大丈夫。ちゃんと戻ってくるって言ってた」
そう言ったキャシーの笑顔は輝いていた。いっそ眩しいと言ってもいいほど。
(俺の周りの女性はみんな強いなぁ……)
見習わねばならない。
その時、視界の隅でキラキラ光る髪の人物がこちらに真っ直ぐ走ってくるのが見えた。ミラである。ダチョウかと思うくらい一目散である。
「早っ!」
「え? どうかした?」
「ミラがこっち向かってきてる。走って!」
「それだけ会いたかったんだろ。よかったじゃん」
キャシーはドリンクを傾けながらこちらに意味深な視線を向けてきた。
「外ではごちゃごちゃ作業してますが、中ではイチャイチャしてもらって構いませんので!」
「いやぁ、ラブラブですね!」
その場にいた整備士たちが皆からかってくるので零は急に恥ずかしくなった。
「うるさい、食事をしに来るだけだ!」
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