9. 零たちの部屋 仮想現実空間との通話

 それから一ヶ月、穏やかな日々を過ごすことができている。

 皆立ち直れていないが、表面上は元の生活が戻ってきていた。


 ミラは一度ドルフィンの機体に遊びに行ったらしいが、「なんか緊張する!」と言ってコックピットのシートに座らずギャレーや仮眠室でダラダラしてきたようだ。


(私だってドルフィンのシート座ったことあるんだから座ってやれよ……)


 キャシーはなかなか進展しないカップルにやきもきするしかなかった。


「ゼノン陰謀論はある一定の時期にありとあらゆるSNSで一斉に言われ始めているんですよね。アカウントは全部バラバラなんですが。これって普通なんでしょうか」

「ビッグデータには詳しくないからわからないな」

「私も専門外すぎる。お手上げだ」


 モニターの向こうでは、サミーにドルフィン、それからホークアイがコーヒー片手に雑談している。


 一方の現実世界の部屋にはジェフが遊びにきていて、ミラと三人で食後の茶を飲んでいる。エリカはドローンを飛ばしてリアルの部屋に来てくれていたから彼女も一緒だ。


 あれから皆、帰宅に一時間以上かかる場所への外出は禁止だし、酒も基本NG。

 半スクランブル待機の状態である。楽しみは三度の食事くらいなものなのだ。


「ミラとキャシーはこんなに美味い飯を毎日食ってるのか……羨ましい」


 ジェフはテーブルに突っ伏した。


「料理上手な彼女でも作ったら? ジェフならいけるだろ。開業医ほど稼ぎないだろうけど、医者だし金あるし真面目だし女癖悪いわけじゃないしモテないわけがない」

「時間がねぇ……こんないつ仕事でデートをブッチするかわからない男と付き合ってくれる女の子なんてそもそもいない……」


(ジェフ、ワーカーホリックだから普通の女性とは無理な気がする……怪我人とか出ると関係なくてもすっ飛んで行くらしいし。昼休み返上で検査捩じ込むらしいし)


 自立していて自分の時間が必要なタイプの人だったらいいかもしれない。


「理解のある同業者しかいないわよ、同業者」


 ドローンのスピーカーからエリカが声を発した。


「同業者ねぇ……軍人か医療従事者か。漠然と彼女が欲しいってタイプでもないからそもそも気になる人とか好きな人が欲しい」

「気になる人が欲しいだなんて、ジェフが健全すぎて私はドン引きしている」

「お前が不健全すぎるんだよ!」


 ホークアイとドルフィンの声が聞こえたキャシーがモニターに目を向けると、仮想現実空間の三人はいつの間にかトランプをしていた。


(サミーが相手で成立するのか!?)


 絶対に成立しないだろうとキャシーは思った。


「ババ抜きしてるんだって〜」


 ミラは頬杖をつきながら面白そうにモニターを眺めている。


「私の手札はこれだ」


 ちら、とホークアイはカメラに向かって手元を見せてくれた。ジョーカーを持っているようだ。


「なあホークアイ、お前、デイブレイクとどういう関係だ?」


 ドルフィンが問いかける。彼はサミーの手札を引いた。


「え? デイブレイク? 何回か寝たなぁ……片手超えたくらいか?」


 キャシーは茶を噴き出しそうになった。

 デイブレイクは確か輸送機のサイボーグシップ。なんて会話をしているんだ仮想現実空間の野郎ども!


「あの野郎にこの前呼び出されてホークアイとどんな関係だってごちゃごちゃ聞かれたんだぞ……最近お誘いしても全然だから俺と付き合ってんのかって。ふざけんな、そんな関係じゃない俺はガールフレンドがいるって言っといたが……お前自分のセフレの首輪と手綱くらい握っておけよなぁ」

「ドルフィンにいちゃもんをつけるということは今の気楽な関係に納得してないな。切る」

「お前らなんつう会話してるんだ???」


 ジェフのツッコミはごもっともである。 


「安心してください! この二人はいつもこんな感じです!」

「フローはこれが平常運転だから気にしないでちょうだい」

「だからって女性陣の前でやめとけよ!」

「そうです! いつもの私の前だけならばともかく、キャシーの前で下品な話はやめてください!」


 そう言って、サミーはホークアイの手札を引いた。


(いや、私は気にしてないけど……)


 それよりもミラだ。あまりそういう下ネタ慣れていない。多分そんなはず。やめてくれよと思ってかたわらのミラを見ると声を必死で堪えながら肩を震わせていた。


 何がそれほどに面白いのかキャシーにはさっぱり意味不明だった。

 ホークアイがドルフィンの手札をひく。続いて、ドルフィンがサミーの手札を引く。

 皆どんどん手札が減っていく。


「ミラの腹筋が爆発してる……頑張れ」

「ミラ、生きて!」


 ミラはジェフとエリカの声に首だけで頷いた。


「おいホークアイ、まじでなんだあの男、お前男の趣味悪すぎるぞ」


 デイブレイクって男性だったのか、とキャシーは思った。そういえばさっきドルフィンは「あの野郎」と言っていたかもしれない。いちいちサイボーグシップたちの性別まで把握していない。


「別に私は好みに合致していれば来る者拒まずだからなぁ。性格は関係ない」

「それ本当に理解できない。あ、俺上がり」

「え! なんですって!」


 サミーが驚きの声を上げた。


「私は相手が自分より可愛ければOKだ、男女関係なく! ドルフィンみたいなのは無理だ。絶対無理。全く食指が動かん! 金を積まれても無理!」

「俺それ喜んどけばいいの?」

「ホークアイは今は私とのトランプに集中しませんか?」


 サミーはホークアイの手札に手を伸ばした。あ、あの様子はおそらくジョーカーを引いたのだろうとキャシーは思った。手札が2枚に増える。


「よし、これで次どちらを選ぶかだな」


 ホークアイは心底楽しそうだ。


「トランプで人に負けたとあれば、私はきょうだいたちに顔向けできないんですが」

「いっぺん負けてみろよ、楽になるぞ」


 一番最初に抜けたドルフィンが飄々と言い、ホークアイも笑みを浮かべて言った。


「そうだぞサミー、この辺で楽になっておけ」


 そして、なんとホークアイは勝ち抜けた。サミーの手元にジョーカーが残る。サミーはワナワナと震えながら言った。


「負けた……私が、私がトランプで!」

「ババ抜きで顔読まれないように意味不明な会話をしながらだったら勝てるかなって……全部本当の話なんだけど! ミラにだけ変な話しながらトランプするって先に言ってあったんだ」


 ミラは息も絶え絶えの様子で頷いている。


「すまんなドルフィン、デイブレイクが君に突撃するとは。迷惑をかけた」

「本当だ! ふざけんな! なんなんだあの男は!」


 そう言いながらもドルフィンとホークアイは勝利に喜んでいるのかグータッチしている。


「トランプで負けるだなんて……」


 うちひしがれるサミー。一方のミラは腹を抱えながら大爆笑している。

 ああ、平穏だな、もうどうでもいいとキャシーは呆れ果てた。


「フローはいい加減控えたほうがいいんじゃなくて? またあなたのがドルフィンに迷惑かけるわよ?」

「最近全然だぞ? そんな暇人じゃない」

「暇人じゃないって割には結構うちに遊びに来るよね!」


 そう言ったミラにホークアイが答える。


「当たり前だ。ラプターやキャシーとしゃべっているほうが余程楽しいからな!」

「だからうちの女性陣をナンパするなって言ってるだろうが!」


 ドルフィンがそう文句をつけた時のこと、皆の端末が一斉にアラート音を響かせた。


「「「え?」」」


 全員の声が重なった。大規模攻撃の知らせである。

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