8. 零たちの部屋 キャシーとサミー

 キャシーが起き出してみれば、ミラとドルフィンは外出中だった。


「心配かけたな、ごめん」

「無理しないでくださいね」 


 リビングに行けば、そこにいたのはサミーのドローンだった。

 上官からは「仕事はどうにでもなるから無理しなくていい」と休みをもらっていた。だが、今は戦時下。軍人が甘えていいわけがない。


「うん、とりあえずシャワー浴びてくる」


 そう言えば、「ちょっと待ってください」とサミーのドローンはキッチンに飛んで行って、すぐに戻ってきた。アームにペットボトルをぶら下げている。


「水分とってから行ってください」

「ああ、ありがとう」


(いい子だな、サミーは)


「お腹は空いてますか?」

「うん、シャワーの後で何かお腹に入れるよ」


 水分補給してから熱いシャワーを浴びた。あの悲惨な光景は未だ瞼の裏から離れなかったが、いつまでも寝込んでいるわけにはいかない。


(軍人になるって決めた時に、覚悟は決めてたはずだろう。キャサリン・コリンズ)


「中尉の分まで頑張らないと」


 ショーンは山は越えたが集中治療室から出て来られない状態だと聞いている。ケーニッヒの整備士としてはまだまだ自分は半人前以下だが、多少は肩代わりできるはず。


 きっと今一番辛いのはドルフィンだ。彼のメンタルの支えにはなれるとは到底思えないが、機体ボディのサポートならしてやれる。


「ん?」


 シャワーを浴びて生乾きのままの髪を下ろした状態のキャシーがリビングに戻ると、テーブルの上に食事が用意されていた。


 シチュー皿には湯気が立つポトフ。隣の皿には端が少し焦げたフォカッチャ。小皿に用意されたオリーブオイルと岩塩。グラスには、いつもドルフィンが用意してくれているよく冷えたお茶。


「慣れないことをしたら失敗しました。パンを少々焦がしました」

「これ、サミーが用意したの?」

「ドルフィンがポトフを作って冷蔵庫に入れてくれていました。アームを借りて鍋でそれを温め直して、フォカッチャもトースターで温めました」

「あ、ありがと……これくらいの焦げならなんともないよ」


 キャシーは動揺した。サミーとてあれだけの軍人や政府要人を失ってかなり動揺しているに違いない。

 気遣われている。

 サミーが今までキャシーの食事や飲み物を準備しようとしたことはなかったからだ。


 そこまで腹は減っていなかったが、このくらいだったら食べられるだろう。キャシーは食卓についた。


「サミーも正直戸惑っているだろうし、食事の準備も慣れないだろうにありがとうな。ドルフィン、イタダキマス」


 食事を用意してくれた彼に感謝して、早速スープを口に運ぶ。

 じんわりと染み入るような優しい味だ。


「戸惑っています。もうソックスと話もできないし、彼の新しい飛行データを読むこともできないなんて正直混乱しています。ドルフィンもラプターも大変なショックを受けています、見ているのが辛いです。それに、普段一緒に飛んでいるダガーも大怪我でしばらく飛べません。軍人も政府要人も死者、怪我人ともにあまりにも多くて色々な計画が全部パーです。ありとあらゆる未来を想定していましたが、今回のこれは私の予測を凌駕しています」


 サミーは一気に捲し立てた。


「そうだよな……」

「人というのは本当に予想外の行動を取りますね。今回学びました。人間同士で争っている場合ではないのに……」

「そうだな。だけど、私たちがこれで誰かを恨んでも悲しみの連鎖が続くだけだ」


 フォカッチャをちぎってオリーブオイルをつけた。


「はい。反政府主義者たちは許せませんが、我々が復讐しても何にもなりません。同意見です」

「うん、今はみんなの生活を守るために軍人としてできることをするしかない……」


 キャシーは己に言い聞かせるように口にした。


「はい。私たちでできる最善を考えましょう。キャシーと話せてよかったです。正直なところ、私は今あなたのことが一番心配です。少しでも食事を口にしてくれて嬉しいです」


 自分がこんなにサミーに気に入られているのはなんなのだろう。不思議に思いながら、キャシーはソーセージを口に運ぶ。歯を立てれば、そこから肉汁が広がった。


 サミーのドローンに目を向ければ、答えるようにランプが光った。

 AIから見たら、自分なんてどうしようもないくらい頭の悪い燃費の悪い生き物に見えるだろうに慕ってくれるのが嬉しかった。


「午後は工具の手入れに行く。きっとこれから人手が足りなくて大変なことになる」


 いつでもパイロットと機体のサポートができるようにできる限りのことをしなければ。


「お供してもいいですか?」

「ああ、一緒に行こうな」



 キャシーとサミーが外出して戻ってくると、ドルフィンとミラはすでに部屋に帰ってきた。ドルフィンはソックスの形見をもらったようだ。

 相変わらずドローンの姿でいつもと変わらないトーンで話す彼を見ているとさっぱり精神状態はわからないが、ミラは「もう大丈夫だと思う」と言っていた。


 後日、ミラとサミーとソックスの見舞いにも行ったし、一般病棟に移ったショーンの見舞いにも行った。


「あなたが思ったより元気そうで安心しました。簡単にくたばってもらっては困りますからね」


 サミーはショーンに思い切り憎まれ口を叩いていた。ショーンは「相変わらず嫌われてんなぁ」と弱々しく笑っていた。

 あの日、ソックスを飲みに誘ったのはショーンだった。彼のショックは計り知れない。


「ソックス、本当にいいやつだった……」

「もっと一緒に飲みたかったですね」


 キャシーが言うと、彼は予想通りの言葉を口にした。


「俺が誘ったばっかりに」


 嘆息したショーンにミラが声をかけた。


「ソックスはドルフィンをこれからも支えたいって日記に書いてた。だから、ショーンは早くよくなって、ドルフィンの機体を今までみたいに整備してやってほしい。それがソックスの意志を継ぐことになるし、弔いになると思う」

「そうです。私たち戦闘機にとって、あなた方は医者みたいなものです。へこんでいる暇があったら早くよくなってください。もし私がドルフィンの機体だったら、あなたの尻を叩いてどやしたい気持ちでいっぱいだと思います」

「サミーにそこまで言われちゃあ世話ねぇなぁ……」

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