6. 零たちの部屋 主の帰還

 ホークアイは無言でそばにいてくれた。


 何も話さなくていいのが気が楽だった。ミラには無様な姿は見せたくなかったので、ホークアイがいてくれたことは多少なりとも零にとって慰めとなった。


「悪い、みっともなかったな」


 零は目を逸らしたまま言った。


「ラプターには黙っておいてやる。多少落ち着いたか?」

「ああ……」


 そのホークアイも仕事だと言って苦々しげな表情で部屋を後にした。帰り際に彼は「あまり思い詰めるなよ」と噛んで含めるように言った。


「ああ。じゃあな、気をつけろよ」

「案ずるな、ただの会議だ。飛ぶわけじゃない。ちゃんとラプターのところに顔を出せよ」

「夕飯くらいは作りに戻る」


 零はそう答えてホークアイを送り出したのであった。

 その後、わずかな時間でホークアイはミラに零の様子を報告し、その足でサイボーグ協会幹部の会合に臨んでいたことを零は知らない。


 髪をセットする余裕すらなかったホークアイはサイボーグシップ仲間に「何事だ」と驚愕される始末で、彼は「髪をあらかじめセットしたアバターを作っておくか」と苦々しい顔をしていたのであった。


 そんなことを露ほども知らない零は、ホークアイが帰った後もしばらく自室で茫然自失としていた。

 ぽっかりと胸に穴が開いてしまったようとはこういう状態をいうのだな、と彼は他人事のように思った。

 空虚だ。

 何もする気が起きない。


 しかし、このままでいるわけにもいかない。ミラが待っている。零は壊れかけのロボットのように立ち上がった。

 目が覚めた気分だった。ホークアイが来てくれて本当によかった。


(あいつが来てくれてよかった)


 零は仮想現実空間からログアウトして、現実世界に繋いだ。

 リビングのソファの上にはミラがいた。目には泣き腫らした痕跡がうかがえた。

 彼女は膝にニコを抱えている。かたわらにはサミーのドローンがいた。


(しまった……)


 サミーをミラに任せきりにしてしまった。この状況にサミーも混乱しているだろう。

 サミーに人の醜さを知ってほしくなかった。人間同士の殺し合いなんて、彼の教育に絶対によくない。


「ミラ、サミー、引きこもってすまなかった」

「あ、レイ……おかえり」

「おかえりなさい」


 ミラは弱々しく微笑んだ。無理に笑っているのが誰の目にも明らかである。


「サミーと一緒にいたんだ。大丈夫だよ」

「なにか食べられそう?」

「ちょっとだけなら」


 ミラはそう言って苦笑している。

 何か作ってやらないと。零は冷蔵庫の庫内カメラとライトをオンにした。

 野菜とベーコン、ソーセージがある。これだけあれば何か作れそうだ。

 キャシーの分……と考えて、ミラにキャシーのことを聞いてみることにした。


「キャシーはどうしてる?」

「朝オートミール食べさせて、薬飲ませた。今寝てる」

「少しでも休めてそうならよかった」


 起き出してきた時に温め直して少しでも口にできるようにスープか何かを用意しよう。零はアームで野菜とベーコンを取り出して並べた。


「いくら軍人だからと言って、キャシーは整備士ですから……一通り訓練は受けてますけどあんな場面に直面したら……」


サミーはかなりキャシーの様子を案じているようであった。


「精神的にかなりきてるだろうな。サミー、もしも俺たちが寝静まった夜中とかにキャシーが起きてきたらそばにいてやってほしい。無理に話しかけなくてもいいから」

「わかりました」

「何か様子が変だったら、私たちに言ってくれればいい。もちろん、ホークアイでもエリカでもジェフでもいい。誰か話しやすい人に相談してくれる?」

「はい、そうします。ありがとうございます。私はこういう時、どうすればいいかさっぱりわからなくて……」



 手を動かしている方が気が楽に思えた。

 アームで食材を切って鍋へ。蓋をしてあとは煮込めばポトフができる。

 もはや辛さも悲しさも感じない。空虚だった。

 今までどうやって飛んでいたんだろう。もう何も思い出せない。

 いつも編隊を組んでいた笑顔の似合う相棒が、微笑んでくれることは二度とない。


 その時だった。ミラがキッチンに現れた。


「レイ、私は自分で自分の世話くらいできるから無理してご飯作らなくてもいいんだよ?」

「大丈夫。手を動かしてないとおかしくなりそうだ。さっきも一人でいるところにホークアイが来て、無様に泣いてしまった……何かしてた方がいい」


 ミラは少し泣きそうな顔で微笑んだ。


「いい人だよね、ホークアイ」

「ああ。向こうに引きこもって悪かった。君はどうしてたの?」


 零はミラがホークアイをけしかけたことを知らなかった。


「私は……テレビつけると昨日のことばっかりだから、もうどうしていいかわからなくてサミーと話してた。サミーがいてくれて助かった。サミーも最初混乱してたけど、だいぶ落ち着いたみたい」


 話題のサミーはちょうど席を外していた。おそらく例の捕虜を見に行ってるのだろうと零は想像していた。


「サミーに人間同士の諍いなんて、知ってほしくなかった……」

「ああ、俺も心からそう思う。あっちに引っ込んでてすまなかった、サミーとキャシーのケアを任せきりにしてしまったな」

「大丈夫、エリカも来てくれたし……一番辛いのはレイなんだから、そんなこと謝らなくていいんだよ?」

「いや、今回は本当に申し訳なかった。本来、サミーのケアをしなくてはならない立場なのに……あいつはいつもソックスの飛行データを喜んでたから、かなりショックを受けてると思う。心配だ」


 その時だった。突然電話の着信音が零の頭の中で鳴り響く。

 相手はソックスの父親だ。

 なんだろう。葬式は家族で済ませると言っていたはずなのに。


「ソックスの親父さんから電話だ……すまん、ちょっと外す」

「うん」


 コンロの火を一旦消して、零は電話を受けたのであった。

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