4. 基地内、西門付近 タカの止まり木

 キャシーと待ち合わせて足を向けたのは、基地内にあるバー、タカの止まり木であった。


 アハメットもよく足を運ぶ、西門に近くにある酒場だ。パイロットをはじめとする軍人たちの憩いの場であるそこは、まだ時間が早いにもかかわらず半分以上の席が埋まっていた。

 席を見渡せば少し遠くの席にダガーとアグレッサー数名の姿が見えて、皆で片手を上げて挨拶した。


「キャシーは何にする?」


 ショーンの問いかけに、キャシーはすぐさま口を開いた。


「エールにします、1パイント!」


 彼女は元気よく答えた。


「結構行くな! 俺も同じのにしよう。つまみは適当に頼んでくるけどOK?」

「中尉にお任せします!」

「了解」


 アハメットは注文しに行くショーンについていくことにした。

 ここは都度レジカウンターに赴いて注文する方式なのだ。


「まだ中尉って呼ばれてるのか?」

「聞いてくれるな」


 アハメットは呆れるしかない。


「デートとか行けば?」

「そのうち……今日は巻き込んですまん、奢る」

「いいのか? じゃあお言葉に甘えて。もちろん次は俺が出すよ!」


 なかなか奥手だなぁとアハメットは内心ため息を吐いた。自分だったら二人きりでカウンター席でしっぽり飲むのに、なんで邪魔者をわざわざ誘うのだ。


 ショーンがエールを二つ頼んだので、アハメットも同じものをオーダーする。スピードメニューのピクルス、フードメニューからフライドポテトとソーセージの盛り合わせにナチョスも併せて注文する。


「次は二人でどっか行けよ?」

「ああ、来てくれるかなぁ……」

「飲み行かないか? って聞いたら普通に来ると思うぞ。そりゃあ歳の離れた上官とかだったら警戒するかもしれないけど、同世代だし普通に来るだろ。キャシー、飲むの好きみたいだし」

「そうならいいなぁ……」


 そうこうしている間にもドリンクとスピードメニューが出てくる。ショーンが会計をしているのでアハメットはエールを二つ手に取った。フードは席に運んでくれるのである。



 アハメットは一足先に四人がけのテーブル席に戻ってキャシーにエールを手渡した。


「どうぞ」

「ありがとう、なんだかいきなり来てもらって悪いな」

「構いませんよ、酒飲むの好きですしね! いいんです、私たちの神は宇宙空間は見えないので!」


 そう言うと、キャシーは手を叩いて笑っていた。


「なーんかそういうの面白いなぁ。私はにわかプロテスタントだから」

「俺もにわかイスラームなので! 仲間ですね!」


 スピードメニューと自分のエールを手に、ショーンが席に戻ってきた。ひとまず乾杯する。


「お疲れさまです。明日はオフですね!」


 このノリで「明日オフだから出かけようか!」と言えばいいのに、想像の通りショーンは「ようやくゆっくり休めるなぁ」などと言っている。


(ど! う! し! て???)


 ガンガン行けばいいじゃないか。なぜ「一緒に出かけない?」と言えないのだ。キャシーはフリーだ。今がチャンスだぞ。そう思いはしたが、ショーンはショーンで色々考えることもあるのだろう。


「まあでも、ドルフィンとミラも明日休みだし……二人の邪魔にならないように、どこか出かけようかなぁと思ってるんですよね。サミーも連れて」

「最近デモも多いから、外に出るなら気をつけろよ」


 アハメットは内心ため息を吐いた。だめだ。このままだとショーンの恋は永遠に成就しない。


「二人とも暇ならせっかくだから一緒にどこか出かけたら?」

「え?」


 ショーンが目をしばたたかせた。


「ショーン、最近戦闘機と工具とばっかり対話してるだろ? たまにはいいんじゃないか? チームで交流を深めてもさ。それに今色々と物騒だし、キャシーもショーンを護衛として使っちゃえばいいんですよ」

「ええ? でも中尉も休みたいですよね、たまのオフですし……」

「君がどこか出かけたくて、でも相手がいないとかだったら全然付き合うけど……」


 アハメットがお膳立てしてやっても後ろ向きな発言をするショーン。


(こいつ、せっかく援護射撃してやってるのに!)


 アハメットは思い切りショーンの足を踏みつけた。


「ッ!?」

「ん? 中尉、どうかしました?」

「ああ、いや、ええっと……」 


 その時、アハメットの鼓膜を爆音が叩いた。身体が吹き飛ぶ。


「っ……いってぇな」


 訳のわからないまま床に臥していた身体を起こしたその時、彼の意識は途絶えた。


***


 一度盛大に吹っ飛ばされ、訳もわからず身を起こしたところでキャシーはショーンに押し倒されるように再度地面に転がった。

 カウンターと壁の隙間に引っ張り込まれる。

 腰からハンドガンを抜いたショーンがいた。


「トラックかなんかで突っ込んできやがった!」


 あたりには鼓膜を叩くような銃声と悲鳴。一体どうなっているんだ? ショーンを見やると、彼は左上腕のあたりから流血して腕を真っ赤に染め上げていた。


「一発食らった。ちくしょう。ソックスは?」


 キャシーも震える手で護身用のハンドガンに手を伸ばした。ない。

 吹き飛ばされた時に落としたのだろう。

 周囲を見渡すと、腕を押さえてうめき声を上げていたダガーがいた。彼は利き腕をやられたようだ。


「っ! キャシーさん、これを使ってください!」


 ソックスに銃を差し出されたので、キャシーはそれを受け取って安全装置を解除した。


 弾丸が至近距離で飛び交い、カウンターの上にぶら下がったワイングラスが破片になって降ってくる。

 ショーンとキャシーはカウンターの影に身を隠しながら応戦。そのうちにキャシーの銃の弾倉の中が空になる。


「くっそ!」


 全弾打ち尽くすなんてあってはならないことだったが、この時のキャシーは気が動転していた。

 やがて、銃声が止んだ。


「ここは終わりだ」「次に行くぞ」そんな言葉と床板を靴底が叩く足音がいくつも聞こえる。カウンターを盾に片目を覗かせると、前がひしゃげた改造トラックがバックして走り去っていく。


 入り口のドアとその周辺がごっそりとなくなって、ポッカリ穴が空いて外の光が室内を燦々と照らしていた。


 もはや、聞こえるのはうめき声ばかりである。 

 ショーンがゆっくりとカウンターから目を覗かせている。

 周囲を確認し銃を構えながら、彼はカウンターからそろりと抜け出してあたりの状況を確認し始めた。地に臥している者は大半が制服を着た軍人たちだ。

 襲撃者も何人か倒れているが、彼らはこと切れているようであった。


 ここにいたのは大半が過酷な訓練を乗り越えた軍人たちだ。不意をつかれたが皆果敢に応戦したのである。 

 

(何? 何が起こった!?)

「奴ら行ったか?」


 キッチンや奥の個室から皆護身用の銃を構えたままの軍人や軍属が顔を覗かせている。


 海兵隊と思わしき体格のいい黒人と白人のコンビがそろそろと出てきた。二人とも銃を手に警戒しながら周囲と床に臥した侵入者に目を光らせる。次いで、ドアが吹き飛んだ入り口から外に視線を向けた。


 二人が室内を振り返り頷いた。安全が確認されたのだ。


「襲撃相手は撤退済み、負傷者の救護活動をするぞ!」


 ショーンの言葉に皆一斉に負傷者に駆け寄る。奥の部屋にいたのは制服から医官だということがわかった。

 外を確認した数人が頷いた。どうやら脅威はないようだ。


「まずはトリアージを!」「手を貸せ!」「AEDを持ってこい!」


 怒号が聞こえ、キャシーは弾かれたように飛び出した。


(ソックスはどこだ?)


 喉がカラカラに乾いていた。そして、探していた人物を見つけた。


「ソックス!」


 ソックスは頭から流血し、うつ伏せに倒れていた。

 一人の医官の男性がソックスの身体を横向きにさせた。かたわらに膝をつき、頸動脈に手を当て、呼吸を確認している。


「ソックス!」


 その医官は傷を確認し、苦しげに顔を横に振った。

 さっきまで一緒に談笑していた男は、頭を撃ち抜かれて即死状態だった。

 キャシーはその場に膝をついた。手が震えた。唇が震えて言葉が出てこなかった。


「キャシー!」


 腕を抑えたショーンがそばに駆け寄ってきた。隣の医官が弾かれたように立ち上がった。

 ショーンは腕からのおびただしい流血で半身を染め上げていたからだ。


「ソックス……おい、ソックス……」 


 うわ言のように繰り返すその身体がふらつき、かしいでがくりと膝をつく。ショーンは医官に頭部を庇われながら床に倒れ込んだ。


「中尉!」


 キャシーの悲痛な叫びが響いた。

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