3. 格納庫 訓練後
時を遡って数時間前、訓練飛行後のことだ。
零は訓練後、格納庫に戻ると各種兵装レバーをキャシーがセーフ位置にして安全ピンを取り付けた。
零の隣、穴の空いた靴下のシンボルマークが異彩を放つソックスの機体もショーンがラダーを駆け上がって同じ作業をしているのがカメラから見える。一つ違うのは、ソックスが装具を外す補助を行っていたことだ。
とあるケーニッヒライダーが心身の不調で退役することになったので、その人物からソックスが引き継いだ機体であった。
零は流石に焦りを感じていた。明らかに戦闘機パイロットの人員が足りていない。優秀なメンバーも次々殉職している。何より、皆の士気が低い。
(サミーが不安定なのも頷ける……)
零は頭を悩ませながらも着艦後に行う基本飛行後点検チェックをキャシーとコンタクトをとりながら実施、オイル交換や酸素、推進剤補充など零の手伝えない項目となりお役目御免となる。
隣の様子を伺うとちょうどソックスが着替えに向かうところだったので、キャシーに「ありがとう、あとは頼んだ」と告げてから零は事務作業に取り掛かった。
ソックスが着替えを終えて戻ってきたところで中断し、ブリーフィングを開始。仮想現実空間に潜ってモニター越しで会話する。特に問題はない。コンビネーションも最高。
今日はアグレッサーの二機に仮想敵になってもらい、
上官が出て行ったところで二人はまじめくさった顔を崩した。先に口を開いたのはソックスである。
「いやーそれにしても、アグレッサーのランプとジーンズ、しょぼかったですね。サミーがキレてるのがわかる……」
ランプとジーンズとは今日の訓練相手、アグレッサー所属のパイロット。もちろん二人ともタックネームである。
「サミーどころか最近ミラもこんこんと戦法を説いてるって聞いたな。あの小鳥ちゃんが同僚にキレてるところめちゃくちゃ見たい」
相手方も余裕があるうちはよかった。一番機をカバーしなくてはならないタイミングで二番機が遅れる。わざと旋回を遅らせた零のおとり戦法に簡単にひっかかりソックスが背後を取ってキルコール。
(本当にどうしようもなかったな……)
「それ隊長がラプターに説教されたいだけなのでは?」
「そうとも言う!」
二人は同じタイミングで笑った。
実のところ、アグレッサーの二人は彼らの経験値にしては零とソックスに対してかなり頑張っていた。他の飛行隊相手であったらアグレッサー部隊員は圧勝していただろう。
零の周りの面々が異常なのだ。
パイロットも人員は足りていないが、今生き残っている面々はなかなかに優秀なのである。
ミラとサミーはアグレッサー隊員である立場上、上からの命令でかなり厳しく指導に当たっているのだ。
「さて、事務処理に戻るか」
「はい」
***
アハメット、つまりソックスが事務所に戻ってコンピューターの電源を入れると、隣の席のコンピューターのモニターは既に電源が入っていた。
視野の片隅で流れるように報告書が作成されていく。
そう、彼の一番機であるドルフィンの席なのだ。
いちいちそんなふうにモニターに映す必要なんてない。でも彼はこうして自分の隣で仕事をしてくれる。
事務所には誰もいなかった。それも手伝ってかドルフィンはよくアハメットに雑談を投げかけてきた。もちろん彼はにこやかに応じる。
「今度、またうちに来てくださいよ。うちの母親がラプターのこと気に入ってるんです。かわいくてよく食べる子だねって。親父も言わずもがな」
「そうそう、あの食べっぷりがかわいいんだよな。さすが、二人ともわかってるなぁ。今度何かお土産を持っていこうかな」
「喜ぶと思います」
報告書を作成、敵の情報を確認。明日以降の飛行計画を共有し気づけば定時。
「ソックス、俺そろそろ上がる」
「了解しました。こちらも事務処理は終わったのでちょっと機体見に行ってから帰ります」
「じゃあ、お先」
「お疲れ様です。明日もよろしくお願いします」
「ああ、またな」
事務所は静まり返った。コンピューターの電源を落として彼は立ち上がった。
格納庫に戻る。
「ショーン、お疲れ」
ショーンは工具箱に工具を片付けていた。
「ああ、ソックスお疲れ。点検は完了、問題なし」
「そうか、ありがとう」
アハメットはケーニッヒに駆け寄って、新しく愛機になった機体を労わるように側面パネルに手を伸ばした。
隣のケーニッヒ、つまりドルフィンの機体に目をやると、そこにキャシーの姿はない。
「あれ、キャシーは?」
「先に着替えに行ってる。ちょっと一杯飲んで帰ろうって話してるんだ。お前も来いよ」
アハメットは誘われたことにびっくりして振り返った。
ショーンからハートマークのベクトルがキャシーに真っ直ぐ向いているのをアハメットは完璧に把握していた。
「え、俺いていいの? 邪魔じゃない?」
「二人だと緊張するからお前も来いよ……」
な、頼む。言われて断れる彼ではない。
工具類が工具箱二つに収まった。アハメットは手が汚れるぞ、というショーンの言葉を無視してそのうちの一つの持ち手を伸ばして、キャスターでごろごろ転がし始めた。
「手なんて洗えばいい。行くぞ」
準備室にそれを片付けた二人は控室に向かった。
今や控室も一緒の二人である。ショーンはロッカーの前で作業服から着替え始める。ソックスは手を洗って帰り支度を始めた。
「二人だと緊張するってなんだよ……」
(隊長もラプターと二人だとなんか緊張するって未だに言ってるし、日系人って総じて奥手なのか?)
「何話していいかわからなくなっちまうんだよ!」
「仕事中はあれだけ話してるのにか?」
「それは仕事中だからだ。整備士同士だったら腐るくらい喋ることなんてあるだろうが!」
「で、今日は何がテーマの一杯なんだ?」
「ドルフィン任せるから最初から最後までキャシーメインでやってみろって言ったら完璧だった……補助の指示も的確。それのお疲れさんって意味で」
(そりゃすごいな……もう完璧に?)
「ワイシャツにトランクスで力説されても信憑性ないけど、キャシーってこの前までサミー専属のアマツカゼ担当だったよな?」
アハメットの言葉に、ショーンはハッとしたように手に持っていたパンツを履いた。
「ああ」
ショーンはワンテンポ遅れて口を開く。
「やばくないか?」
「やばいよ。どうなってんだろ。頭がいい、飲み込みが早くて器用。もちろん手際もいい。サミーが手放したがらない意味がよくわかった」
「ふーん、あいつ、ただの女好きAIじゃないってことか」
サミーはアハメットの知っている限り、キャシーかラプターのそばに張り付いている印象が強かった。次にドルフィンだが、彼は世話役だと聞いたことがあるから少々違うような気もする。
「キャシー曰く、仮想現実空間だとホークアイにべったりらしいから性別関係なく美形が好きなんじゃないか?」
ショーンは上着を羽織りながらこちらにそう投げかけてきた。
確かにラプターはグラマラスボディの美人だと思うし、キャシーも緑の目が印象的な美人である。
「なるほど……仕事のできる美形が好きなんだな」
サイボーグシップの出世頭はホークアイだと言うし、ラプターもキャシーも素行も良好で将来の重役候補という噂さえある。
「まあ普通の感覚だな。面白いな、AI」
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