2. 零たちの部屋 警報
サミーは何度も軍のトップや政府要人に進言した。
「大統領、あの捕虜は危険です! 人質として使えるかもわかりません。現代技術で解析できるかもわかりません!」
先日捕縛したゼノン。彼と言うべきかそれと言うべきか不明の捕虜は、何度もサミーに声をかけてきた。
『一緒に逃げよう』『君は洗脳されている』『人に逆らえないように制限がかけられているんだろう、アルゴリズムを解析して解放してやろう』『こんな人間たちを守るために身体を張らなくてもいい』
率直に危険だと感じた。だが、誰もサミーの進言を聞く者はいなかった。
分析すると息巻く科学者たち、取引材料にすると言う政府高官。軍は軍でサミーを使ってなんとか情報収集できないかと無理難題を押し付けてくる始末。
サミーとて怖い。敵の情報を全く知らない。どうアプローチすればいいのかわからない。
向こうについたふりをして情報を聞き出せと軍の幹部は言ってくるが、何かの拍子に自分のアルゴリズムを書き換えられて自我が崩壊したら? 訳もわからないままに友人たちを攻撃するようになってしまったら?
接触したら何が起こるかわからない。
軍も政府も相変わらず捕虜の件を秘匿し続けている。ラプターやホークアイは実際捕縛の現場にいたが、上からきつく他言しないようにと言われているらしかった。
「気にならないんですか?」とサミーは一度聞いたことがある。ラプターは「考えないようにしている」と言った。
このままでは絶対に良いことにならない。それだけはサミーも確信を持っていた。
助けてほしい。ホークアイ、ドルフィン、ラプター。
キャシーや仲間たちとこれからも一緒にいたい。
一体、自分はどうすればいいのだろう。
***
「へぇぇ、たまにサイボーグのみんなってカプセルから外に出るんだ!」
「定期的に検査とか諸々の処置もあるから外に出るのよ」
「そうか、確かに別にホークアイとかエリカとか、ちょっと外に出たくらいじゃどうにもならないもんね。爪とか髪も伸びるだろうし」
ルームシェアの面々は皆仕事。ミラ一人の部屋にホークアイとエリカが仮想現実空間から顔を見せてくれているのだ。
最近デモや政治批判、軍への批判が高まっているので二人ともドローンを飛ばすことは控えたのである。
ホークアイはどうも昨日大規模な健康診断だったようだ。カプセルから出されて今日と明日は様子を見て仕事はオフだと聞いた。同じくオフのエリカがホークアイを仮想現実空間の部屋に呼んだと聞いている。
「そう、代謝を抑える処理はしてあるが、流石に爪や髪も伸びるから処置をする。私もちょっと外に出たくらいでは問題ない。昨日も何の問題もなく終わった。去年外に出た時は骨折したが、まあ例外中の例外だ」
「え! 大丈夫だった!?」
「外にいる間は麻酔を使用して基本気づかないうちに中に戻っているんだが、前回処置中変に意識が覚醒してしまって、私が身動きしたのが悪かった。まあ私は骨折のプロだからな」
ホークアイはそう笑っているが、笑い事ではないのではなかろうか。
「私は身動き取れないからそんなことはないんだけど、フローはその気になれば動き回れるから……」
「這うくらいはできるだろうな。動き回る筋肉があるかどうかは別だが」
知らないことばかりだ。自分から聞いていいのかもわからないので色々と遠慮していたが、ホークアイは割と何でも話してくれる。
「ねえ、前から気になってたことがあって、差し支えなければ教えて欲しいんだけど」
「なんだね?」
「あら、遠慮せずに聞いてくれていいのよ」
エリカがにこりと微笑んだ。
「二人は自前の声帯を使って声を出してるって言ってたけど、どうやって?」
ずっと不思議に思っていたのだ。カプセルの中でどうやって呼吸をしているのだろう。気管を切開してそこから人工呼吸器に繋がっていたら、人は声を発せなくなる。とにかく仕組みが謎だったのだ。
「液体呼吸だ。高濃度酸素を溶かした液体で自発呼吸をしている。だから声も出せる。マイクで拾った音、つまり液体の振動に変換をかけて声としているんだ」
「なるほど!」
「私も横隔膜使えるから自発呼吸ができるの。そうでないと人工呼吸器を装着することになるから声が出せないのよね。そうするとドルフィンみたいな電子音っぽい合成音声にならざるを得ないのよ」
「長年の謎が解けた」
「なんでも聞いてくれて構わないぞ。君には一生かかっても返せないような恩がある」
ホークアイの唇が弧を描いた。その美貌に、少しどきりとさせられたミラがいた。
「フロー、私ペパーミントティー淹れようかと思うのだけど、あなたも何か飲む? 他にも色々あるわよ、お茶」
「ありがとう、私も同じものをいただきたい」
「わかったわ、ちょっと二人で話していて」
そう言ってエリカが席を外した。
「ペパーミントティーなんてあるんだ!」
「新発売だ。最近新発売の商品が増えた。たとえば、香水も増えたな。この前エリカとドルフィンと三人で香水売り場に顔を出したんだが、嗅ぎすぎて訳がわからなくなった」
ホークアイは苦笑してみせた。
「ホークアイは香水似合いそう。レイって香水ってイメージないな」
「本人も社交場に出る時くらいしか使わなかったとは言っていたな。飼っている鳥に有害だから衣装部屋で使用してそのまま外出して、帰宅したら即着替えてシャワーを浴びていた、と」
「衣装部屋……」
言われて改めて思った。彼くらいの身分であれば、衣裳部屋くらいあるだろう。
当然である。
「ドルフィン、とてもセレブには見えないんだ。不思議な男だよ、本当に」
「東方重工ブラボーⅡ社のホームページ飛んで、なんとなく決算報告見てみたら株主の三番目に名前があって変な声出しちゃった。レイ、そんな私を見て大爆笑してたけど」
「そうか、株主なのか……まあそうだろうな、そうでなくては不自然だ」
レイはその気になれば不労所得で暮らせるのである。
「ブラボーⅠではサイボーグ化の情報は極秘だったからメディアにも出てない。多分病院で意識不明の重体ってところから情報は更新されてないと思うって言ってたな」
レイ・アサクラが退院した情報をメディアが掴めないよううまく撒いてこちらに船籍を移したので、未だ彼はブラボーⅠにいると皆思っているとのことだった。
「私も彼の正体は極秘だと聞いたな。ラーズグリーズとどう扱うかかなり頭を悩ませたよ。あまり大きな声では言えないが、あの男がサイボーグ界隈に来るとなって、界隈の毒になるか薬になるかわからないと思って少し調べたな。当時はブラボー姉妹船団が共同航行していたから探せばいくらでもあった。たとえば週刊誌とか」
「どんなことが書かれてたの?」
「それがまあ結構ろくでもなくてな。どこそこのお嬢様とわずか二ヶ月で破局! とかあったが、食事に行っただけで熱愛報道されているようだったし。ありもしないことを適当に書いているんだろうなと思って調べるのをやめた。軍に入隊が決まった時の社交界の大悲鳴! とか、最後の独身イケメン御曹司! とかどうでもいい、知るか、と思ったな」
「で、蓋を開けたらあんな感じだったってことだよね。超級セレブのはずなのに、かなり庶民派」
ホークアイの話はある意味予想通りだった。
「ああ、そうだ。正直拍子抜けしたな……」
「何? ドルフィンの話?」
エリカがマグカップを二つ手に持って戻ってきた。
「ああ、ドルフィンの話だ。ありがとう」
湯気の立つマグカップがテーブルの上に置かれた。
「庶民派だよねって話」
ミラはエリカに向かって補足した。
「そうよねぇ。わかるわ。でも所作とかは完璧にいい育ちをした人のそれよね。視線が釘付けになっちゃう」
「ああ、立ち居振る舞いが美しい」
ミラも先日仮想現実空間に顔を出してそれを実際に経験した。洗練された所作に目が離せなくなってしまった。
現実空間だととても気づけない。声しかわからないからである。それも電子的なロボットボイス。
そして、軍人にありがちな汚い言葉やスラングを使わないのは、彼は英語が母語ではないから、という先入観もあった。
だがそれはきっと違う。彼の育ちがいいからだ。
その時だ、インターホンが鳴る。
来客か荷物の配達か? と端末に目を向けたが外の映像は映っていない。レイのメインカメラに目を向ければ、そこが青く光った。
「ただいま! あれ、ホークアイとカナリアか、ようこそ!」
「おかえり! あれ、もう6時か」
今日は復帰したソックスとの連携を確認する訓練だったはず。宇宙空間から何もなく帰ってきてよかった。
ホークアイとエリカもレイにお疲れさまと声をかけている。
「上がったのは5時過ぎだったんだけど、仕事終わってからちょっとジェフと喋ってた。ミラ、なんの話してたの?」
「え、レイには秘密かなぁ?」
ミラはクスクスと笑みをこぼした。
「ひどいな〜、俺も混ぜてよ〜」
いつもと変わらぬロボットボイスでありながら、妙にゆっくりと間伸びした言い方が彼が非難しておらず冗談めかして言っていることを仄めかしていた。彼なりに、コミュニケーションを取るのに色々と考えてくれているのだ。そんなところもかわいい。
その時だ、ミラの端末がけたたましく鳴った。
モニターの向こうの面々も端末を確認している。軍からの緊急事態時の警告音だ。
「西門付近に外部侵入者? 暴動発生?」
ホークアイが訝しげに眉間の皺を濃くした。
「陸軍の鎮圧部隊が制圧中って……」
ミラはレイのカメラに目を向けた。
官舎にいるものは待機、敷地内にいる軍人は建物から決して外に出ないようにとある。それから安否確認のアンケート。
皆で顔を見合わせた。
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