16. フローリアンの自室 サプライズ

 朝、目が覚めたフローリアンは起きてきた皆に礼を言って、それからドローンを自室という名の倉庫に戻すために早々に部屋を後にした。


 楽しかった。久しぶりにいいリフレッシュができた。

 誕生日祝いの会というのはホークアイの育った文化圏では自分で企画し客を招待するものだが、一方的に祝われるのもなかなか面白いものだなと思った。


(ドルフィンは日本式ジャパニーズ・スタイルと言っていたな……)


 誕生日の人間に金を出させないのが日本式だという。国も違えば全く文化が違う。

 これは逆に皆を祝い返さねばならない。フローリアンは皆の誕生日を聞き出した。


 ソックスは目の前に迫った十二月。ドルフィンとラプターは四月。キャシーは五月。サミーは製造日ということになり、一月である。


(そしてエリカが八月か。それなりにバラけているな)


 ソックスは自分の家の二階を会場にするから皆来てくれと言っていた。日本式は参加する分にはいいが、自分の誕生日ともなると受け入れ難いらしい。

 さて何を贈ろうか。地下通路を悠々とドローンで飛びながら考えを巡らせる。


 ソックスから酒をもらったからと酒を贈り返すのでは芸がなさすぎるにも程がある。彼は諦めて後ほどドルフィンに相談することに決めた。


 ドルフィンたちの部屋を出て、十分ほどの飛行で己の部屋にたどり着いた。

 国家公務員の宿舎や軍人の官舎はたいてい地上階にあって、それはある意味ステイタスのようなものだが、フローリアンをはじめとするサイボーグたちにとって官舎などただの荷物置き場でしかない。


 ぱ、と扉が開いた。


 本当に小さな部屋だ。元々備え付けの棚の上にドローンの充電器が置いてあって、その隣に今どき珍しい紙の写真が収まったフォトフレームが一つ。それから、銀色の指輪が一つ。母親の結婚指輪である。


 写真は幼い頃、機械の手足を得る前に撮影した家族写真。車椅子に乗ったフローリアンをセンターに、両親の姿が写っている。

 父は同じ軍に所属している一見パッとしないブルネットの髪に青い目の男だ。現在は広報室長をしている。母はフローリアンがフル・サイボーグ候補に決まった頃指輪を置いて出ていった。


 彼女は大女優。今は地球で活躍していると聞いた。北欧の血が入っていて金髪碧眼。フローリアンは母親にそっくりなのである。


 元々旧家の出身で華やかな暮らしをしていた彼女には、例え福祉サポートが介入しようと障がい児との暮らしはつらかったに違いない。時間の融通の利かない父親の仕事もそれに拍車をかけた。

 スポットライトを浴びる華やかな世界を知っているから尚更だと思う。


 でも、きっと母は彼女なりに頑張っていたのだと今の彼なら理解ができた。昔の誕生日の出来事をふと思い出して少々感傷的になる。

 フローリアンは家族写真から目を背けるようにドローンを反転させ、充電器に接続すると仮想現実空間にログインした。



「なんだ?」


 仮想現実空間の自室。ローテーブルの上に小さなプレゼントボックスのようなものがある。


 フローリアンは警戒した。

 ネズミを狙う野良ネコのようにテーブルに近寄る。

 すると、バースデーカードの立体映像が飛び出してドルフィンとサミーの連名のサインが流れるように記載された。


 不意打ちの仕掛けに笑い声が漏れてしまった。


(まったく、驚かせるなよ……)


 いくら仮想現実空間といえども、他人の家に物を設置したり勝手に侵入したりなどはできない。おそらくサミーと結託したドルフィンが色々小細工をしたのだろう。


「サイバー警察に捕まっても知らんぞ……」


 口元に笑みを刻んだまま、誰もいない空間につぶやいたフローリアンはソファに腰を下ろした。


 白いボックス自体はそこまで大きくはない。15センチ四方くらいの片手で持てるサイズ感だ。金色のリボンがかかっていたのでそれを解く。

 蓋をゆっくりと持ち上げるように開くと、彼は目を見開いたのちどうしていいかわからず一瞬目を逸らして「やってくれたなぁ」と一言。


 箱の中にあったのは、さまざまな菓子の詰め合わせ。カラフルなグミ、ゼリービーンズにチョコレート。もちろん、このようなものが発売される予定ですら耳に入れたことはない。


 子供の頃憧れたそれらを目にして、嬉しさが脳髄を痺れさせ身体中に染み渡るように拡散した。ここにはない現実世界の肉体本体で鼓動が高まって血圧が急上昇した気さえした。


『食べても身にはならんが、食感と味は保証済みだ。コーヒー、紅茶と一緒に楽しんでくれ。レイ』


 タイミングを読んでいたかのように、目の前を立体文字が流れていった。なんて凝った仕掛けなのだろう。


「こういう仕掛けとサプライズは自分の女にしてやれよ……」


 言葉とは裏腹に表情を崩したままで手を伸ばす。

 シーリングライトの光を受けて輝くジュエリーのようなみずみずしい輝きを放つ、赤いグミ。摘んだ感触は結構固めだ。

 一つだけこの場で味見しよう。恐る恐ると言っても差し支えないような低速で口に運ぶ。


 思った通り歯応えのある食感。甘くてほのかに酸っぱい。子供の頃、口にしたことがあるベリーの味のシャーベットやジュースに似ている味だ。

 ああ、これがあの時焦がれた味なのか。これがグミなのかと感動を覚えた。


「ありがとう、ドルフィン。サミー」


 今までで最高の誕生日であった。ラプターにまず礼を言わなければ。

 自分の誕生日を祝おうとまず動いたのが彼女だと聞いた。

 来年も再来年の誕生日も昨日の面々と過ごしたい。そう心から思った。

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