15. 零たちの部屋 宴の終わり

「直ったよ〜! 工具ありがとう!」


 ミラは工具箱片手に小脇にニコを抱えながら部屋を出た。

 その後ろをレイがブーンと風切り音を鳴らしながら飛んでついてくる。


「あ、その辺置いといてくれればいいぞ、後で片付ける」


 ミラは元気よく「了解!」と返事をすると、キャシーの部屋の前に工具箱を置いて、ダイニングに戻った。

 皆がさっきの大乱闘のことを口々に話していた。


「大人気なかった。キャシーやラプターの居住空間を危うく荒らすところだった」

「俺もやりすぎたよ……悪かった」

「もういいよ。グラスとか割れなかったし、反省してるなら気にすんな」


 キャシーがニッと笑った。


「ラプターにすぐに直してもらえてよかったですね、隊長」

「うん……」


 ソックスの言葉に一言返事をしたレイは完璧に押し黙っている。

 申し訳ないと思っているのだろう。

 ミラはニコを抱えたまま口元をほころばせた。口数少なくシュンとしているレイはかわいい。

 その時、インターホンが鳴ってキャシーが立ち上がった。


「あ、サミーだ! おかえり!」


 サミーのドローンに青いランプが点った。キャシーが駆け寄る。


「ただいま帰りました。ホークアイ、楽しんでます?」

「ああ、皆に祝ってもらえるとは思っていなかった」


 キャシーはサミーのドローンを抱えて席に戻ってきた。

 ミラはほぼ片付いているダイニングテーブルをちら、と見て定員オーバーだと悟り、そこを通り越してリビングに行くと、ソファの上にニコを置いた。レイもすぐ隣に降りた。

 

 ホークアイのドローンがこちらに飛んできて、ソファの座面に降り立った。


「先程は悪かった、ラプター。ドルフィンのドローンを壊すことになってしまった」

「いいよ。でも二人、本当に仲良しだね!」

「え? そ、そう見えるか?」

「仲って悪かったら喧嘩にならないでしょ? 遠慮しない間だから喧嘩するんだ。そうでしょ?」


 レイのドローンがブーンとこちらに飛んできて、ローテーブルの上に降りた。


「確かに、日本語には『喧嘩するほど仲がいい』って言葉がある。けどこいつと仲がいい……そうか、そう見えるか」


 沈黙が満ちた。なんだろう。恥ずかしいのだろうか。

 ミラは目をまん丸にして首を傾げ、かねてからの疑問を口にした。 


「うん。だって、二人でよく遊んでるんでしょ? 普段何してるの!?」

「どっちかの部屋でダラダラ喋ってることが多いか? あとは酒飲んだり? ゲームとか? 他にはダーツにビリヤード?」

「ああ、この前ビリヤードしたな。そうだな、何もせずにコーヒーでも飲みながらお互いの部屋にいることが多いか?」

「確かに」


 ミラはニコニコしながら聞いていた。なんだろう、大人の男の友情っていいよなぁ、と思う。二人が並んで仲良く話をしているのを見るのが彼女は好きだった。


(二人とも格好いいし……)


 それにしても、レイはホークアイに何のプレゼントをあげるのだろう。

 気を抜くと表情に出てしまいそうだ。ミラはこれは仕事だと思って必死で顔を引き締めた。

  

 リビングもダイニングも静まりかえっていた。

 あれから茶を飲んでまったりしたのち、ソックスは家に帰っていった。


 キャシーはシャワーを浴びてサミーと一緒に自室に引っ込んでいたし、先ほどまでミラとレイとおしゃべりしていたホークアイも眠いと言ってドローンをこの部屋に置いたままログアウトしていた。


 明日の朝、彼はドローンを繋いで飛んで帰るとのことであった。

 ミラは膝の上にニコを乗せて、レイと未だおしゃべりをしていた。


「帰り際に渡すの?」

「いや、ちょっとサミーの力を借りてだな……ホークアイの部屋にハッキングして、帰ったらテーブルの上にプレゼントがあるって仕様にすることにした」


 なんだそれは、傑作ではないか! 楽しそうだ、ホークアイの反応を見たい。


「面白そうだね!」

「捨てられないように『サミーと俺のプレゼント』ってわかるように細工する!」

「めちゃくちゃ警戒しそうだもんね」


 サイバー警察を呼ばれたら困ったことになる。


「サミー、ハッキングもできるんだ」

「多分このブラボーⅡのありとあらゆるシステムに潜入できると思う。でもやっていいことと悪いことの区別はついてるからやらないけど、今回は流石に『ホークアイ相手ならありでしょう! ワクワクしますね!』って言ってた」

「ワクワクするのか。どんな心境なんだろう」

「サミーは割と人の反応を見て楽しんでることが多い。人って予想外なこと結構するから楽しいんだろうな、きっと。サミーもリフレッシュできるだろうし、ホークアイも今晩くらいはよく眠れてるだろう。明日帰ってびっくりするといい。現時点までは成功だ。ありがとう」


 酒飲めばスクランブルもないからこっちのもんだ。そう言ってこの企画を持ちかけてきたのはレイであった。


 サイボーグ・シップはいつでも「半スクランブル待機」状態だ。食事もいらないし風呂に入る必要もない。だから有事の際は真っ先に駆り出される。それから逃げる方法だ! とレイはオフの日には仮想現実空間でよく飲んでいるらしい。


 誰しも、オフの日には色々忘れてゆっくりしたいのだ。今の時勢がどうであろうと、それくらい許されねば心身を壊す。

 サイボーグだって、人なのだから。


「あとは最後を残すのみ」

「レイってサプライズみたいなの好きなんだね」

「軽いやつだけどな。あんまりド派手なサプライズは好きじゃない」


 ミラもあまりド派手なのは好きではない。こそっとやって本人がちょっと驚く、くらいのものなら賛成である。


「私も軽いのなら好きだな。ホークアイ、喜んでくれたらいいなぁ」


 レイと知り合って、ミラは確実に友人が増えた。それがとにかく楽しいのだ。

 テーブルに頬杖をついて、ミラはドローンのカメラに微笑みかける。

 そして微笑んだのも束の間、堪え難い眠気に猛烈に襲われて欠伸をする。


「そろそろ寝ようか」

「うん……」


 ミラはニコを膝から下ろして隣の席に置いた。

 そのまますっと立ち上がって、例のタッチパネルの前までそそそっと近寄った。


「繋いだ」

「うん」


 毎日の日課だ。ミラはレイの言葉を確認して、金色のパネルに頬を寄せた。


「今日、楽しかった」

「うん、俺も楽しかったよ」


 ひんやりとした金属製のパネルが頬に触れた。ミラとしては、人に触れている感触はない。でも彼は今自分に触れている。

 そう思うだけで体温が急上昇した。


「あったかいなぁ」

「さっきお風呂入ったからね」

「そうだね、ほかほかだ。今日もかわいいね小鳥ちゃん」


 ミラは目を閉じる。無意識に額をすり寄せた。

 彼女は何も言わなかった。彼女の頭の上の方にあるスピーカーから声が降ってきた。


「明日は一日一緒だ。きっと大丈夫」


 最近漠然とした不安を感じることも多い。何度か死線をくぐり抜けてきたが正直次があるかどうかの自信は彼女にはなかった。今までは運が良かったとしか言えないのである。

 それをレイは理解してくれているようであった。


「うん、一日のんびりしようね」


 そっと唇を寄せ、おやすみ、と囁いた。


「おやすみ小鳥ちゃん、いい夢を」


 いつもはここで別れる。だが、ミラは今夜もうちょっと頑張りたかった。

 なので思い切って口を開いた。


「ベッドサイドのテーブル、片付けたんだ。一緒に寝よ」


 ドローンで部屋に来てもらって、寝る間際までおしゃべりできる。どうだろう。

 壁にくっついているメインカメラを見上げた。


「……OK、寝るまで一緒にいようか」

「うん!」


 もう寝巻きには着替えていた。ミラはパネルを名残惜しげに撫でて、椅子の上のニコを抱えてから自室に足を向ける。後ろからドローンがミラを追いかけるように飛んできて、リビングとダイニングのライトが消えていく。


「同じ空間で寝るのは……初めて君の家に泊まった時以来か」


 懐かしげにそう言ったレイを自室に招き入れる。

 あの時の自分は随分と大胆だったと今になって思う。飲みすぎて記憶が朧げだが、「ニコとドルフィンと一緒に寝よう」とか言ったのである。

 無言になって赤面しながら話題を逸らす。


「あそこ。ソックスがくれたんだ!」


 ベッド脇、ナイトテーブルの上に敷かれた小さな絨毯。直径30センチにも満たない円形である。カラフルな花のようなモザイク柄だ。ソックスの実家のレストランでよく見るような意匠。

 なんと地球から仕入れたらしい貴重品である。


「絨毯? こんな小さいのあるんだ」

「ランプの下に敷いたりとか、あとはティーポットマットにも使うんだって。いつも世話になってるからって……律儀だよね、ソックス」

「いいやつだよ。本当に」


 レイのドローンはそう言ってその絨毯の上に降り立った。

 ミラはシーツと毛布の間に滑り込むように入った。シーリングライトが消え、ベッドの下の柔らかな常夜灯が灯る。


 ミラは口元に笑みを浮かべて、すぐ近くにあるドローンに手を伸ばした。

 ブレスレットに指を絡め、指先でチャームを撫でた。


「おやすみ。明日一日一緒にいようね」

「ああおやすみ。まったり過ごそうな」


 目を閉じれば、ミラの意識はすぐに夢の中に沈んでいった。

 レイがカメラを暗視モードに切り替え、しばらくもどかしげにミラの寝顔を眺めていたことを彼女は知るよしもなかった。

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