14. ミラの自室 ドローンの修理

 キャシーがミラにドライバーなどの工具を貸すと、ドルフィンのドローンと部品を持ったミラは彼女の自室に引っ込んだ。


 壁にあるドルフィンのメインカメラとメインスピーカーはオフライン状態。きっとドローンに繋がれたまま、ミラと一緒にいるのだろう。

 念の為キッチンに顔を出したが、ドルフィンはやはりいない。

 キャシーはミックスナッツを皿に盛ってダイニングに戻り、盛大にため息をついた。


「ホークアイ……ドルフィンのことからかいすぎだぞ」

「すまない……まさかドルフィンがあんなに反応するとは思わず」


 ホークアイのドローンは、ミラのいた席に舞い降りてきた。


「ミラの前で楽しそうにベタベタキャッキャすんなよなぁ……お互いそんな気はなくって悪友同士が殴り合ってるだけってのはわかってるけどさぁ」

「……そうだな、ラプターはドルフィンに触れないわけだし、いい気はしなかっただろうな。私も悪いがあの男、正直やりすぎだとは思ったが」


「ノン・サイボーグだったら肩が外れて窒息していたぞ」と本気で嫌そうにぶつくさ言っているが、キャシーはそれを丸々黙殺した。


「ラプター、飄々としてる感じでしたけど、気にしないわけないですもんねぇ……自分自身は隊長と触れ合えないわけですし」


 ソックスはアーモンドを口に入れ、苦々しげに噛み砕いた。


「大体さ、ドルフィンって女心わかってなさすぎるんだよ。あいつどうなってんの? なんかこう、私に対してもさぁ……実はタラシ野郎なのか?」


 キャシーは不思議でならなかった。動作確認とか言ってあの男は平気で自分とサシ飲みをするわ、コックピットには入れるわ、ミラに自分の正体を明かす前に自分には明かす。

 枚挙にいとまがない。


「隊長は、キャシーのことを優秀な整備士としてかなり信頼しています」

「そうだな、サミーの件もある。特に君のことは私に対してもいつも褒めている……サイボーグにとって、整備士は医者のようなものだ。君に心を許すのも理解はできる……だが……やつは恋愛力が低そうだな」


 やはりホークアイもそう思うか。そう、なんだろう、少し違和感を感じるのだ。


(ミラとサシ飲みするの緊張する、とかも言ってたよなぁ……)


「恋愛力は確かになさそうだよな。まあ私のことは一人の人間、いち整備士として扱ってくれてる。だからソックスが言うように信頼してくれてるんだろうなってのもわかる。口を開けばミラの話ばっかりだし、私に対して下心みたいなのは感じないから」

「隊長って、あんな出自だから野心がある女性が寄ってくるばっかりだったんじゃないですかね? だから仕事仲間として同居人として誠意ある接し方をしてくれて、ラプターとのことも応援してくれるキャシーのこと、一人の人間として大好きなんだと思うんです。これは自分の推測ですけど」


 キャシーは愕然とした。そんなこと、今まで考えたこともなかった。

 はっとした彼女は緑の目を見開きながらソックスの焦茶の目を見つめた。


「ホークアイのこともそうです。隊長の正体を知っているのに気安く接してきて、そしてあなたは隊長のこと歳も近くて仲のいい友人の一人として接しているわけですし。本当はすごく嬉しくて甘えてるんだと思うんです。でも、だからこそどう振舞っていいのかちょっとわからないとかなんじゃないかと」

「確かにそうかもしれない。ブラボーⅠであいつの周りの男は朝倉の御曹司を利用しようと近づいてくる男か、あからさまに妬んでくるか……想像できるな、確かに。逆に野心のない人間なら、面倒ごとを避けようと男女関係なく近づかないだろう」


 キャシーは以前「遠慮したり逃げだろうとしたりするくらいがちょうどいい」と言ってしまったことがある。もしかしてら彼はそんな経験があったのかもしれない。

 あの発言は果たして彼に言ってよかったのだろうか。正解だったのだろうか。


「だから、意外に普通の人間が経験したような恋愛経験も正直ないんじゃないかと。将来彼の妻になろうと狙う野心のある女性としか付き合ったこと、ないんだと思います」

「王族や貴族の婚姻でも、王族側は大学のパーティで自然に知り合ったつもりでも、相手方はそれを用意周到に計画して自然な出会いを演出した、なんて聞いたことがあるな。どこの王族だか忘れたが……」


 三人は揃ってため息を吐いた。 


***


 ミラはキャシーに工具箱を丸ごと借りて、レイの部屋から部品を持ってきて自室のデスクの上に部品を並べた。

 まず、折れた脚を外さねばならない。プラスドライバーを手に取った。


「ごめんミラ……」

「ホークアイに乱暴なことしないで。ホークアイはバカにしてるんじゃなくてからかってるだけなんだから……本当に嫌で嫌で仕方ないってわけじゃないんでしょ?」


 嫌だったらとっくに個人的な付き合いをやめていただろう。この男、多分内心構ってもらえて嬉しいのだろう。


「うん、嫌じゃない……」


(かわいいんだからもう……)


 周囲が案じていることなどつゆ知らず、ミラはこの迷惑をかけまくったこの男を心の底からかわいいなどと思っていたし、ホークアイと馬鹿騒ぎしているさまを心の底から面白がっていた。


 さらに、折れた脚を直してくれ、としおらしく頼んできたところがミラのハートをぶち抜いたのである。


 いつもしっかりしていて、仕事だって部屋の管理だってきちんとやっている。たまにハメを外したくらいが人間らしくていい。彼女はそう思っていた。

 ミラは元来、ダメ男を支えてやろうとして破滅するタイプである。レイを好きになったのがそもそもイレギュラーであるとミラのことをよく知るフィリップやエリカ、キャシーは思っていた。


「部屋の中とかぐちゃぐちゃになったら大変だから、ドローンでも暴れないでね。怪我人出たら大変でしょ」

「怪我させたくない。もうしない」

「うん、ならもう言わないよ。あ、このドライバー電動だ!」


 グリップのところのボタンを押したらドライバーは電動で回転し始めた。切り替えスイッチを押すと逆回転する。 


「便利〜! さすがキャシー! 家でもこんなの使ってるんだ!」

「ショーンがキャシーは工具オタクだって言ってた」


 ショーンとはレイの専属整備士であるショーン・ウエムラのことだ。キャシーは彼について、現在ケーニッヒの整備を本格的に教わっている。


「この前俺の機体ボディ整備する二人の様子見てたんだけど、仲良いな。あの二人」

「ショーン、彼女いないって言ってたから狙ってるかもしれない」

「サミーがブチ切れなきゃいいんだけど」

「そうだね……」


 サミーはキャシーのことが大好きだ。それは誰の目で見ても明らか。

 ミラはドローンをひっくり返して脚の固定ねじを外す作業に取りかかる。


「あいつ、自分も同じ人間のパイロットだったらよかったのに、もっと一緒にいられるのにって嘆いてた。働き通しだもんな。もうちょっと一緒にいたいよな。ちょっとわかる」

「それ、なんか辛いな……切なくなっちゃう」


 ミラの手が止まる。


「AIに人権をってのもおかしな話だけど……」

「クリムゾンに相談しようかな。サミーに余暇を与えてくださいって。政府直下の仕事だとどうにもならないかもしれないけど」

「あのおっさんなら話せばわかってくれると思う。あの人の権限でどこまでできるかは別問題だけど」

「そうだね、でも話してみるよ」

「それがいい」


 ミラは作業を再開した。器用にねじを外し、それらを無くさないように普段ビーズを入れている小皿にぽいぽい入れていく。 


「できた! じゃあ新しいのつけるね。あ、これ外さなきゃ」


 ミラはイルカのチャームを撫でてから自作のブレスレットを外した。


「それ、本当に気に入った」


 そうっと机の上に置く。

 正直びっくりした。そんなに気に入ってもらえるなんて思ってもみなかった。

 それどころか、嫌がられたらどうしようとまで思っていたというのに!


「どうせホークアイが色々話したんだろ? 俺が電話してる間に」


 ふふ、と笑みがこぼれた。


「ホークアイに行動も言動も読まれてるね!」

「俺の面白行動をミラにバラすのが最近楽しいらしいな。今までは黙ってくれていたが、相当話したかったんだろう……まあ奴の性格はともかく感謝してる」


 ホークアイはレイがサイボーグとして社会生活を送りはじめた時には、もうレイの正体を知っていたようだ。

 ミラとホークアイが出かけたとうの昔から知っていたのである。


(あの時、話したくて仕方なかっただろうな……)


 それなのに正体を黙っていてくれたという恩義があるのだろう、とミラは考えた。


「とっておきのプレゼント、用意してるんでしょ?」


 あの酒のつまみが彼からの誕生日プレゼントだとは到底思えない。ミラは交換用の脚の設置に取りかかる。


「俺の考えていることはミラには筒抜けなようだ」

「やっぱり。絶対にホークアイ気づいてないよ。何あげるの?」

「内緒だ。最後に仕掛ける」

「後で本人に聞こうっと」


 ドライバーのモーターが回転する音が小気味よく響く。

 最後のねじもきちんとはめ終わった。未だひっくり返ったままのレイがぼそ、と言った。


「ニコがこっちを見てる。めちゃくちゃ見下ろしてる。ミラに作業させたのを恨んでるのか?」


 レイがわざとらしく言った。

 机の端に、シロフクロウのぬいぐるみであるニコがでん、と鎮座していたのである。

 ひっくり返った状態で見上げるニコはなぜだか貫禄がものすごい。


「結構目が本物っぽいもんね、ニコ。動物園のシロフクロウとそっくりだった!」

「この子、再現度高いよ。俺も好き」

「うん、ニコはよくできてるし本当にかわいい。また本物も見に行こうね」

「ああ、また行こう。連れて行ってくれ」

「任せて!」


 もっと寒くなってくるこれからの時期、あるいは春になった新緑の季節。きっと楽しいに違いないとミラは思いを馳せた。

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