13. 零たちの部屋 ドッグファイト

 宴もたけなわ。ソックスは明らかに真っ赤になっているが意外に受け答えはしっかりしている。


「なぁ、ラプター。君に一つ聞いてみたかったことがあるんだ」

「何〜?」


 フローリアンもいい感じに気持ち良くなってきたので、いつもよりもふわふわしているラプターにかねてからの疑問をぶつけてみることにする。

 ちら、とドルフィンを見ると、余計なことを言うんじゃないぞ、と言いたげな顔をしている。フローリアンの口元に、ふふ、と笑みが溢れた。 


「ジェフに聞いたんだがなぁ……」

「黙れ」

「まだ何も言ってないぞドルフィン」

「ドルフィン〜、ホークアイがミラと話すのが気に食わないからって遮るなよなぁ」


 キャシーはこちらの味方のようだ。フローリアンは鼻で笑って、もったいぶったようにワイングラスをくるりと回した。


「何〜? ジェフがどうかした?」


 ラプターは無邪気に首を傾げた。


「ジェフが言っていたんだ。ドルフィンと出かけると、いつも一悶着あると。ある日は道端をテケテケ走り回るなんとかとかいう小鳥を追いかけて気づいたらどこかに行っているし……」

「だから黙れと言っている」

「塀に止まったカラスにツヤツヤだね〜っとかなんとか話しかけて、ずっとホバリングしてるから目的地に辿り着く気がしないし……」

「腕力で黙らせるぞ」

「こりゃダメだと地下通路を通ったら、間違えて迷い込んだハトに俺が出してやるからな!! とずっと話しかけてるし、警備員に網持ってこさせるし、一緒に外に出るもんじゃない、とな。このクレイジー鳥マニアとちゃんとデートできたか? 私と出かけた時の方が百万倍ましだっただろ? 痛い痛いおいドルフィン!」


 腰を上げたドルフィンがテーブルを回ってこちらにやってきて、いきなりはがいじめにしてきた。肩関節が悲鳴を上げた。


「貴様余計なこと言うなよな!」

「君、意外にモテないんだろ? え?」


 フローリアンはドルフィンを肘でどつき返した。


***

  

「ミラ、ホークアイとドルフィンがいちゃついてるぞ、いいのか?」


 キャシーはカオスな状況にどうしていいかわからずにミラを見た。彼女は、息も絶え絶えな様子で笑っている。声ももはや出せぬ有様だ。


「道端をテケテケ走る小鳥! いますね! 白と黒で尻尾をブンブンしてますよね! うちの実家の店舗の前、よく走ってますよ!」

「ソックス、その小鳥はセキレイって言うんだ! 覚えておけ! めちゃくちゃかわいい!」


 その間も謎の関節技を食らっているホークアイは、今や顔面がソファの座面に埋まって上から頭を押さえつけられている。


(リアルだったら関節外れるだろ……いや、窒息死)


 仮想現実空間、痛みはどうやら感じるらしいがやはり怪我はしないようだ。

 ある意味便利か? いや、喧嘩とか発生したら怪我しないし死なない分、えらいことになりそうだな……そう考えていた時、ホークアイの姿がシュンっと掻き消えた。


「え? うおっ!」


 バランスを崩したドルフィンがソファの座面から転がり落ちる。


「あ、ホークアイ、ログアウトしてドローンに繋いだんだ! 頭いいね!」


 ミラの声にキャシーはホークアイのドローンに目を向ける。ちょうど彼のドローンは飛び上がった直後であった。

 ミラは目をキラキラさせながら黒いドローンを見上げた。


「さっさとこちらに移動すればよかった。暴力反対だぞドルフィン」

「俺が手を出すのなんてお前くらいだよ!」


 モニターの向こうでがば、と起き上がったドルフィンが声を上げた。


「いやあ、それにしてもなぁ。君のことだ。五体満足な頃もその図体で『かわいい小鳥ちゃんだ……!』とかなんとか言いながら道端のスズメを見てたんだろ? 絵面が酷い」


 モニターの向こうのドルフィンもシュンっと掻き消えた。


「誰がそんなことするか! 昔は散歩とか行くたびに鳥見てたからいちいち声に出したり追いかけたりしてない。今はドローンで地上をフラフラすることがほとんどないからここぞとばかりに鳥を追いかけてるだけだ!」


 ぴこん、とドルフィンのドローンのランプが光った。


「ラプター、ドルフィンと二人で出かけた時どうだった?」


 うーん、とミラは考えるような仕草をした。 


「意外に普通だった。動物園のヒクイドリにだけ興奮してた!」

「……ほら! 道端のスズメとかカラスとかにギャーギャー言ったりしないだろ!」

「流石にラプターの前では浮気しないのか?」

「そういう括りで考えるな変態が!」


 ドルフィンのドローンからプロペラファンが展開した。


「変態? 君に言われたくないな」


 ホークアイが鼻で笑う。

 サイドボードから飛び上がったドルフィンのシルバーのドローンは真っ直ぐにホークアイのブラックのドローンに突っ込んだ。


「おっと、やる気か?」


 ひらりと避けたホークアイが涼しげな声で言う。


(ドローンでドッグファイトはやめてくれよ……)


 キャシーの心のうちを無視したように、サイボーグ同士の喧嘩がはじまった。



「埃が舞うだろ!」


 キャシーが非難の声を上げる。


「ちょっと隊長! 危ないですよ!」


 テーブルの上、グラスを掠るような位置をドルフィンが飛行して、ソックスは慌ててワイングラスを手に取った。

 一方のホークアイは得意げにいくつか飛行機動マニューバをしてみせた。


「すごーい!」


 一方のミラは目をキラキラさせてドローンを見上げている。ソックスも同じ表情をしていた。


「……ホークアイ上手いですね!」


(これだからパイロットは!)


 キャシーは呆れ返って言葉も出なかった。パイロットたちは着眼点が違う。でも、まあいいかとも思った。

 テーブルの上のチーズやサラミは食べ尽くしていて、ちょうどナッツやドライフルーツでも用意しようかと思っていたと思っていたところだ。

 グラスを割らなければどうでもいい。いや、どうでもいいということにしよう。


「ドルフィン、意外と歯応えがないな。レーダーとミサイル頼りか?」


 小馬鹿にしたようにホークアイが言う。


「黙れ、ちょこまか逃げるな!」


 ドルフィンはホークアイを猛追する。


「武器も装備してないのに、どうやって勝敗をつけるんだよ……」


「地面に叩き落とす?」


 キャシーは呆れ返って言ったが、ミラは明らかにワクワクしている様子だ。


(壊れるだろ……)


「ドローン壊れたらドルフィンと外デート行けなくなるし、個室にも呼べなくなるぞ」

「それは困るなぁ」


 ミラはのんびりとグラスを傾けた。ドローンがブンブン飛び回る中でよくもまあこうしてまったりしていられるなぁと感心する。

 良くも悪くも肝が据わっているのだろう。自分とは育ってきた環境が違う。

 ドルフィンは器用に逃げ回るホークアイをなおも執拗に追いかけ回している。


(やめてくれよ……)


「お前逃げるなよ!」

「追いかけられたら逃げるだろう!」

「ちょっと外でやってくださいよぉ……」


 最初こそ楽しそうにしていたソックスが困り果てた声を出した。


「断る。外で飛んだら飲酒操縦でドローンのライセンス剥奪される」


 ソックスに言い放つドルフィン。


「あ、確かに飲酒状態だね! 外じゃ捕まる!」


 感心したようにミラが言った。


(ドルフィンを止めてくれよミラ!)


 ホークアイのドローンがキッチンの方に向かう。

 その時、ドルフィンが操作したのか、パッとキッチンにつながるドアが閉まった。ホークアイは急上昇して天井付近をくるりと旋回。後ろに迫っていたドルフィンのドローンのすぐ横を危ういところでとすり抜ける。


「っ!」


 スレスレの反転に動揺したドルフィンはホークアイのドローンを慌てて避けて、バランスを崩したのかド派手な音を立てて床に墜落した。


「え、まじか!」

「隊長が落ちるだなんて!」

「ドルフィンの墜落を確認!」


 ホークアイの誇らしげな声が響いた。彼はサイドボードの上に降り立って見せた。


「やられた……動けん……」


 落下し一度バウンド。今や思い切り上下逆さまになっているシルバーのドローン。零が悔しげに言った。


「レイ! 大丈夫!?」


 ミラが慌てて駆け寄る。 零のドローンがプロペラファンを一度収納したので、手で起こしてやる。脚が折れている。


「骨折してんじゃん……だから言っただろ、ドルフィン」


 キャシーはため息をついた。


「……変えの部品が部屋にある。ミラ……ごめん、明日にでも直してくれないか?」

「今直してあげる……もう室内で暴れないでね。わかった?」

「うん」


 諭すように言うミラに、ドルフィンは大人しく返事した。

 ミラはどっちかが壊れるまで喧嘩は終わらないとわかっていたのだろう。


「ミラ、ドライバーなら私の貸すよ」

「ありがと、キャシー」

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