12. 仮想現実空間 特別大サービス
一本目は零が猛烈なペースで半分以上飲んでしまった。
しまった……と思いつつも、彼はとある白ワインを冷蔵庫から取り出した。そう、冷蔵庫があるのだ。
(ここが仮想現実だってのを忘れそうになるな……)
「はい、さて次このワイン」
テーブルの上、ホークアイの前にそれを見せつけるように置く。先ほどのハーフボトルのスパークリングは零に言わせれば食前酒だ。今回はフルボトル。
新しいグラスも隣に置く。
「ソックスのプレゼントだ」
「少し重めの白ワインです! 誕生日祝いです」
ホークアイは弾かれたようにモニターに視線を向けた。
「悪いなソックス、気を遣ってもらって」
「いいんですよ、普段世話になってますから。あなたのサポートはいつも的確ですし参考になります」
ソックスは最前線での管制もこなせる男だ。偵察業務の際は目になってもらうことも多い。
だからこそホークアイの的確な仕事ぶりがより一層わかるのだろう。
「私も実は前々から君のことが気になっていた。管制が足りないんだ。こんな偏屈野郎のウイングマンをやめてうちに来ないか? 歓迎するぞ」
「お前リクルートするなよ! 俺の相棒だぞ!」
「どうだ、特別サービスだ! 今度私に乗ってみないか? うちの上官に紹介しよう」
「残念ですがやめときます、うちの隊長がホークアイのこと撃墜しそうな目で見てるので」
ミラとキャシーは大笑いしている。零はワインボトルを手にジト目でホークアイを睨んだ。ホークアイは愉快そうに笑っている。
零は彼を黙殺してワインをソムリエナイフで器用に抜栓し、グラスに注いだ。
「どうだ? 飲んでみろ」
顎で促すとホークアイはグラスに手を伸ばした。
「苦味やアルコールっぽさを全く感じないな。滑らかで美味しい。色も綺麗な黄金色だ」
ホークアイはグラスを掲げて目を細めた。
「気に入ってくれたならよかったです」
ソックスが画面の向こうで微笑む。
「ソックス、ありがとう。ドルフィンと大切に飲ませてもらう」
(こいつ、結構センスあるな)
初心者で色味について言及するなんてなかなかだと思った零である。
零もグラスに注いで香りを確認してから一口。なるほどコクがあってリッチな風味だ。
こってりしたクリームソースを使った料理やバターたっぷりのソテーなどが合いそうだ。酸味は穏やかで南国のフルーツのような余韻もある。
(ばっちりだな。さすがソックス)
「何と合わせていいのかお前に教えてやる。ちょっと待ってろ」
零はそう言い放つとソファを立った。
ホークアイは不思議そうな顔をしてこちらを見上げた。
この男のこの表情、悪くない。そう思った零はキッチンに足を向けた。
あるものを持ってくるためである。
「特別大サービスだ。味わえよ」
零の目の前のホークアイは、零がテーブルに並べたそれを見遣って弾かれるようにこちらを見上げた。
「な……これ……」
言葉を失ったその男の驚きぶりは最高だった。零がモニターの向こうの面々に目を向けると、ソックスは笑顔で頷いていたし、ミラとキャシーはハイタッチしている。
零がホークアイの前に並べたのはワインに合いそうなつまみ類であった。
数種類のナッツやセミハードチーズにドライフルーツ。まだ非売品の新作ばかりである。
固形の食物は、今までこちらの世界にはなかった。今までは酒やコーヒー、茶など飲料のみであった。
今回食品を開発するにあたり、まずは遊びの場で酒と一緒に提供できるもの、茶やコーヒーと一緒に楽しめるものが選ばれたのだ。
零は開発元に味見とレビューを頼まれたのだ。だが、いかんせん量が多い。
友人にお裾分けしていいかとメーカーに聞いたところ、快く了承してもらえたのだ。
「食べても身にはならないが、味は俺が保証する」
「これ、どうしたんだ?」
「こっちで今のところそれの実物を食べたことがあるのは俺くらいだろ? レビューしろって開発元に言われたんだ」
「いいのか?」
アイスブルーの目を見開いたまま、彼はこちらに問いかけてきた。零は苦笑したまま彼の向かいに腰を下ろした。
「だから出してるんだろ。味わえよ?」
零は懇切丁寧に説明した。これはマカダミアナッツでこっちは知っているだろうがアーモンド、それからカシューナッツに……という具合だ。チーズもドライフルーツも同様である。
「ミモレットとそのワイン、合うと思いますよ。十二ヶ月くらい熟成した味がするって隊長から聞いてるので!」
「さすがソックス、詳しいな……」
ソックスの言葉がスピーカーから聞こえて、ホークアイはようやく意を決したようだ。恐る恐るといった様子で皿に手を伸ばした。
零は口の端に笑みを刻んだ。
***
「こちらもミモレットつまみましょう!」
「あ、そうだ! ソックスチーズ持ってきてたよね!」
弾かれたように立ち上がったミラはキッチンに向かった。ソックスがここにくる途中で買ってきたチーズを冷蔵庫から取り出す。
カッティングボードの上でスライスしていると、キャシーがやってきた。
「よっし、他にも何か乗せようか!」
彼女は冷蔵庫からサラミや生ハムのパックを取り出した。
「自分はワインを開けますね」
乾杯はビールだったので、次はワインにしたのである。キャシーが冷蔵庫から取り出したワインを受け取ったソックスにミラはソムリエナイフを差し出した。
「ありがとうございます! グラスはどこですか?」
「そこの食器棚! 適当に持っていっていいよ! よさそうなグラスチョイスして!」
ミラが食器棚に視線を向ける。「へぇ、一式揃ってますねぇ」そう言ってソックスはグラスを物色してリビングに戻っていった。
「ホークアイ、もぐもぐしてるかなぁ……」
「あんまりジロジロ見られて、どう? って聞かれるのもアレだろうから、ちょうどよかったかもしれないな」
キャシーはオリーブを瓶から小皿に盛る。ミラはチーズをスライスし終わったので綺麗に見えるように斜めに並べる。
キャシーはサラミと生ハムをいい感じに盛り付けた。
「うん、オッケー!」
ミラとキャシーがダイニングに戻ると、ソックスは早速ワインを味見していた。いや、モニターの向こうの面々と飲み始めていた。
「ばっちり最高です! ホークアイ、おんなじブドウと製法のワインですよ! 一緒に飲みましょうね!」
「乾杯!」
モニターに向かってグラスを掲げるソックスとそれに応えるホークアイ。
(ソックス、光の速さでできあがってる……)
ミラはチラリとモニターの向こうのレイを見た。彼は苦笑している。
「ソックス、なんかつまめよ、ほら」
「あ、ありがとうございます〜!」
キャシーがフォークを握らせた。うん、何か食べさせた方がよさそうだ、とミラも思った。
「ちょっと水持ってくるよ。ソックスに飲ませる」
キャシーが苦笑しながらキッチンに戻っていった。
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