11. 零たちの部屋 ホークアイの誕生日祝い

「ドローンを飛ばしてこい!」とドルフィンが言ったので、フローリアンは言われた通りにドルフィンの部屋にドローンを飛ばした。


(ここか……)


 表札にはアサイ、とあった。

 着いたぞ、とドルフィンにメッセージを送ると、ガチャリとキーが回ってドアが勝手に開いた。

 向こうからラプターがすっ飛んでくる。


「ようこそホークアイ! さっきぶりだね!」

「ああ、体調は大丈夫か?」

「うん、もうすっかりよくなった!」


 出迎えてくれたのはラプターだった。後ろからキャシーもやってきた。


「来たな色男! ブラックのドローンもいいな、かっこいいよ」

「ありがとう、久しぶりだなキャシー」


 そう言うと、赤毛の整備士は緑色の目を細めて微笑んだ。

 赤毛に緑の目。なかなか見ない色だ。

 赤毛は昔忌避されていたという。わざわざアバターにする人間も少ないのだ。


(そもそも、赤毛の絶対人数も少ないらしいからなぁ)


 サイボーグたちのアバターの設定はかなり自由だが、髪や目の色は実際の色にしている者が多いと聞いていた。フローリアンも実際金髪碧眼なのである。

 赤毛の人口自体がそもそも少ない。見た目や容姿で人を評価するのを彼は好まないししたくもないが、とても珍しく貴重な宝を見たような気分になった。


「美女二人に出迎えられて最高の気分だな」

「うちのレディーたちへのナンパはやめろ。撃ち落とすぞ!」


 どこからかドルフィンの声が降ってくる。


「もう、お客さまを威嚇しないで。入って入って。レイ、今料理中なんだ」


 ラプターはクスクス笑っている。


「本当ドルフィン、獰猛すぎるよな。タックネーム、オルカの方がよかったんじゃないか?」


 キャシーも笑いを噛み殺す。


「違いない」


 イルカよりシャチの方がよほど似合っている。女性陣に先導されて、フローリアンのドローンは廊下を進んで扉を抜けた。



「お久しぶりですホークアイ!」


 そこにいたのは満面の笑みのソックスだった。


「元気そうだな。怪我は治ったのか?」

「まだちょっと違和感はありますけど、この通りギプスも外れて腕も問題なく動かせます」


 ならよかった、ウイングマンが戻ってきてドルフィンも気が楽になっただろう。

 彼は飛ぶ仲間がいなくて自分の所属する飛行隊の別部隊に混ざって訓練だの偵察だのとなかなか落ち着かない日々を過ごしていたはずだ。


「ドルフィン、邪魔するぞ」

「ああ、どこでも好きに降りろ」


 ドルフィンにそう言われたはいいが、どこに降りようかと戸惑っているとラプターに促されて、とりあえずダイニングテーブルの上に降り立つ。 


「……サミーはいないのか?」

「サミー、さっき突如呼ばれて残念ながら」


 フローリアンの問いにそう答えたラプターの視線を辿ると、サイドボードの上に電源の入っていないサミーのドローンが鎮座している。

 キャシーがドローンを撫でながらため息をついてサミーの声真似をはじめた。


「私が人間だったら暴れるか号泣するかしてます! 楽しみにしていたのに! ホークアイによろしく伝えてください! って言って消えた。スクランブルじゃないらしいからいいんだけどさ」


 あの子忙しすぎだろう、そう腕を組んだキャシーにフローリアンはなんと声をかければいいかわからなかった。


(おそらく、あの捕縛したゼノンの件だろうな……)


 彼女らは知らないのだろう。あれはトップシークレットなはずだ。

 自分はサミーに信頼されている。ここで口を滑らせて裏切るわけにはいかない。そう考えたフローリアンはコメントを差し控えることにした。


「まだこっちはちょっと時間かかりそうだ。ミラ、ホークアイに先にあれを」

「OK!」


 どこからかドルフィンの声が聞こえてくる。彼は未だキッチンで忙しくしているようだ。


「あれとはなんだ?」

「現物見てのお楽しみですよ」


 ソックスのその言葉に、ふふ、と笑いをこぼしたラプターがポケットから何かを取り出した。


(なんだ?)


 ドローンの下の方に手を伸ばしてゴソゴソと何かしている。


(ん?)


「はいできた! ちょっとこのドローン、抱っこしていい?」 

「ああ、構わんが……一体なんだ?」


 翼を引っ込めていたので、球体上のドローン本体の下にはヘリにあるようなスキッド、いわゆるソリのような脚があるだけだ。ラプターの腕にひょいと抱えられる。


(……まさか)


 フローリアンははっとした。もしかして。

 その時、ラプターは彼のドローンを抱えたまま姿見の前に立った。


「どう? やっぱり金のチェーンメイル、最高に合うね! 誕生日おめでとう!」


 それは、ドルフィンやサミーのドローンにもあったブレスレットだ。彼らと違うのは、金色の鎖でできているということである。


「これは……」

「チェーンメイル。丸カンっていうこのちっちゃい輪っかを開いて繋いで、鎖みたいに編むんだ」


 ラプターが鎖を下から掬うようにして見せてくれた。真ん中には雫型の水色の石が揺れている。


「先週誕生日だったんだろ? 私もちょっと手伝わせてもらった!」

「二人とも器用ですよねぇ……」

「ありがとう……」


 それ以上のコメントは浮かばなかった。

 まさか、そんな手の凝ったものを用意してくれていること思わなかった。


「真ん中の石はアクアマリンっていうんだ。キャシーと選んだんだけど、ピッタリだなって思って。ホークアイ、いくつになったんだっけ?」


 無邪気に聞いてきたタプターにフローリアンは素直に答えた。


「今年で三十三になった」

「その年で少佐ですか!? やばい……」


 ソックスが顔色を変える。

 平均的に言えば、三十歳前後で大尉であるのはやや昇進が早い方だ。ラプターは二十七で大尉である。彼女はかなり出世が早めだ。フローリアンも佐官になるにはかなり早い方である。


「ホークアイは私たちとは違うから!」


 ラプターが主張する。


「ですよねー、自分達とは次元が違う」 


 ソックスは不貞腐れたようにつぶやく。 


「君たちひどいな!」 

「ひどくもなんともないだろう、お前は優秀すぎる」


 天井からドルフィンの声が降ってきた。台所で忙しくしているらしいが、こちらに耳を傾ける余裕くらいはあるらしい。


「ドルフィンがブランクもなくずっと軍に所属していたら、活躍具合からして今頃中佐くらいにはなっていると思うぞ」


 彼はテロによってブランクがあったり、船籍を移動したりと人よりハンデが大きい。現在大尉であることが奇跡だとすら思える。

 いや、そもそもパイロットとして活躍していること自体がある意味奇跡だ。


「どうだろうなぁ……」


 ドルフィンはとぼけたように言った。しばらくすると彼は出来上がった料理をロボットで運んでテーブルに並べた。サラダと揚げ物、よくわからない何かが並んでいる。おそらく和食なのだろう。


「よし! あとはキャシー、頼んだ!」

「ありがとう! 足りなくなったら勝手に作る!」

「冷蔵庫の食材、好きにしていいよ!」

「了解した!」


 キャシーやラプター、それからソックスは意気揚々と皿を並べたり料理を取り分けたり酒をついだりしている。


「ホークアイ、俺たちも飲むぞ。ドローンは置きっぱなしでいいから、ログインしてうちに来い」

「わかった」


 フローリアンが仮想現実空間にログインし直すと、ドルフィンの部屋のテーブルの上にはもう酒が用意されていた。ハーフボトルのワインである。


「よし、俺たちも飲むぞ」


 ドルフィンがグラスに注ぐと淡い黄金色の液体の中を美しい泡が登っていく様が見えた。


「スパークリングか?」

「ああ、シャンパンを解析して作ったやつだ。来月売り出される非売品。先行入手した」


 ドルフィンが端末を操作すると壁のモニターと現実世界がつながった。


「そっちも準備できた? こっちは万全!」

 キャシーの声に、ドルフィンが答えた。

「よし、乾杯するか」 


 フローリアンはフルートグラスに手を伸ばし、皆で乾杯した。


「うん、ヨーグルトっぽい香りも、果物っぽい香りもいい。泡も繊細で……スッキリしていてエレガント。悪くない。よくできてる」


 一口。たったの一口でドルフィンはそこまでの感想を述べて見せた。

 ヨーグルトはわかる。果物も、果汁にしたものは飲んだ記憶があるのでわかる。だが、エレガント?


(わからん……だが香りはとてもいいな)


「それ何? ワイン?」


 モニターの向こうでビールを飲んでいるラプターに問われたドルフィンの口角がゆるりと上がった。


「そう、スパークリング。シャンパンを再現したものだが、見事だ」

「まず、シャンパンってスパークリングと違うの?」


 キャシーがビールを傾けながらドルフィンに問いかける。


「基本は一緒。まあ製法とかも多少違ったりもするけど、産地の違いで名称が変わる。フランスのシャンパーニュ地方のものをシャンパンっていう」

「なるほど……! シャンパンってだけでまず地球産なんだな。だからめちゃくちゃ高いのか!」


 感心したように目を輝かせるキャシー。


「ホークアイ! どう? 美味しい?」

「シャンパンの味ってどうですか?」


 ラプターとソックスが口々に問いかけてくる。うん、なんと答えればいいのだろう。フローリアンは逡巡しながら口を開いた。 


「……以前飲んだワインより飲みやすいことは確かだな。香りも好みだ」

「それだけ分かれば十分だ。まあ、スパークリングとかシャンパンって発泡系だからその分慣れてなくても飲みやすく感じる。それを再現できているのもすごい」


 この男は自分の知らない世界をたくさん知っているのだろうな。フローリアンはモニターの方を見て楽しそうにラプターと話すドルフィンを見て、グラスを片手に口元を綻ばせた。

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