6. 仮想現実空間との通信

「ラプター、ラーズグリーズが会って話したいと言っている」

「いいよ!」


 モニターの向こうには金髪碧眼、白皙で端正なルックスの美青年がいた。

 ホークアイである。

 そして、もちろんその隣には黒髪のエキゾチックな美男がいた。

 レイである。

 

 キャシーが「対照的でやばすぎるイケメン二人組」と呼んでいる二人だ。

 確かにホークアイはいかにもなヨーロッパ系で、眩いばかりのプラチナブロンドにアイスブルーの目、中性的で細身な容姿に声は甘いテノール。一方のレイは黒髪のアジア系。ガタイのいい体つきで声はバリトン。

 見事に真逆である。


(確かに言われてみると真逆か。なんか久しぶりに見たなぁ……)


 この黒髪のイケメンが自分のボーイフレンドで料理上手のちょこまか飛んでいるドローンで、青鈍色に輝く機体のステルス戦闘機であることがイマイチイコールになりきれていない。

 ミラは頭が爆発しそうになった。


「ラーズグリーズが健常者に会いたいだなんて、どういう風の吹き回しだかさっぱりわからんな」


 ラーズグリーズはブラボーⅡの最も古参のサイボーグにしてサイボーグ協会の会長。サイボーグ・ミサイル駆逐艦のサイボーグシップだ。


「私の操縦桿を握ったノン・サイボーグだぞ。ラーズグリーズも食いつくだろう」


 片眉を上げたホークアイは小馬鹿にしたようにレイを見やった。


(あああ……ダメダメダメダメホークアイ)


「あの時お前が操縦をミラに任せていなかったらどうなっていたかわからんから、俺はそれについてごちゃごちゃ言わないぞ」


 手のひらに汗をかきまくっている。

 気を紛らわすために、ミラは飲みかけのココアが入っていたマグカップに手を伸ばした。当たり前だが、汗で滑る。

 彼女は慌てて両手でマグカップを支えた。


「そういえば……君はラプターをコックピットには乗せたのか?」

「お前が散歩禁止したんだろうが!?」


(ホークアイ、言葉を選ぼうよ……)


 なぜレイと話す時はこの男はこうなんだ? と思った。

 彼なりにレイをからかっているつもりなのかもしれない。だが、次に口を開いたホークアイの声色はいつものふざけているそれとはまるで違った。


「私とラプターのような目に遭わせるわけにはいかんからな。君の目の前でラプターを乗せたまま撃墜されたら君はどうなってしまうんだろうなとあの時考えた」


 レイを見つめるホークアイの視線に憂いが滲む。ホークアイはつづけて口を開いた。


「そう考えたら禁止せざるを得ないな、とラーズグリーズとも話し合った。今はサイボーグの特権がどうのなどと言っている場合ではない」

「確かにそれはその通りだ」


 レイは重苦しく頷いた。


「別に飛ばなくてもいいだろう。コックピットに招待するといい。早く乗せてやれよ。ラプターも乗りたいだろう?」

「うん、乗りたい!」

「次のデートは俺の機体か……うん、確かにこの前は外に出たいなと思って動物園に行ってしまったが、機体もありだった。だけどコックピットはいかにも過ぎてちょっと俺も躊躇してしまった」


 いかにもとはどういうことなのだろう。

 レイは考え込むように腕を組んだ。


「だがまずラーズグリーズに会ってくれ。君も同席しろ」

「俺も? 何でだよ?」

「ラーズグリーズが壮大な勘違いをしていて……私がラプターに気があるんだとからかってくる。否定しているが信じてくれない」


(あー……)


「まあそうだろうな。コックピットに乗せて操縦までさせたんだから、サイボーグならそう思うのが普通だ」


 レイは腕を組みながら淡々と言った。


「え! そういうものなの?」

「君への当てつけでコックピットに招待したが、流石に操縦させる気はなかった……本当に申し訳ない」


 ホークアイの言葉に、レイは困ったようにこっちを見た。


「コックピットに招待して……招待するまでならばまだしも、操縦桿を触らせるってことはサイボーグシップの感覚だと、つまり……」


 彼は言葉を濁らせた。


「つまり?」


 ミラは目をパチクリと瞬かせて、首を傾げた。

 言い淀んだドルフィンに対し、ホークアイはミラに向かって口を開いた。

 とても、言いにくそうに。


「あれだ……客観的に見ると私と君がような感じになっている」


 ミラの思考が止まった。


「……え?」

「サイボーグシップにとって、自分を操縦させるというのはそういうものなんだ……困ったことに」


 俺もこっちの生活長くないからあんまり実感はないけど、とレイは困ったように続けた。


「まあ実際急所を握らせているようなものだしなぁ……」

「貴様! 急所とか言うなよ!」

「間違っていないだろう。とにかく、ラーズグリーズに会って言ってくれ。ラプターは自分の女なんだとな!」


 ミラは依然唖然としていたが、はっと我に返った。


「ご、ごめん! ホークアイ大丈夫? 他の人からも何か言われてない? パートナーとかいたら勘違いとかされたり……とか」

「こいつ、セフレは山ほどいるけど真面目なお付き合いをしている相手はひとっりもいないから気にしなくていいよ! 気にするだけ時間の無駄だ」

「バラすなドルフィン! しかも最近全然だぞ! そんな暇人ではない!」


 妙に慌てたような挙動のホークアイが言う。

 ホークアイが遊び人だとはこの時まで知らなかったミラである。モニターのホークアイのアバターをまじまじと見つめる。


(モテるだろうってのはまあわかるけど……)


 アバターが美しいのは当たり前だが、結構世話焼きだし、仕事もできる。階級も少佐で年齢を考慮するとかなり出世も早い。

 その上話し上手でユーモアのセンスもある。彼は普通にモテそうだ。


(ドルフィンと出会ってなかったら、もしかしたらもしかしちゃったかもしれない……言えないけど)


 好みのタイプとは少し違うが、好きになっていてもおかしくなかっただろうと思う。


「ラプターがドン引きしているのをモニター越しでも感じるぞ……いいかラプター、サイボーグなんて基本そんなものだ」

「俺を! 除く!」


 レイが手を上げて主張してきた。


「ああ、こやつは除く。あとエリカも」

「恐ろしい世界だ……健常者が連れ立って茶を飲みに行くような感覚でこっちの人間は……」


 レイはホークアイにゴミでも見るような視線を向ける。


「いやそもそも君が堅物すぎるんだ君が!」

「違う、お前らがチャラいだけなんだよ!」


 二人はわーわー言い争いを始めた。


(サミーがいないと止める人がいない……)


 ミラは慌ててホークアイに声をかけた。


「ね、ね、ホークアイ! ラーズグリーズとはいつ会えばいい?」

「向こうに予定を確認しておく。あ、それからその件と絡んでいるんだが、ちょっと個人的に話があるからあとでメッセージを送る」

「了解、ラーズグリーズの件は仕事上がり後でもいいからみんなに合わせる」

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