3. 動物園 焼きそばパン

 その後、ガチョウに餌をやり、爬虫類館でヘビやトカゲやワニを見る。

 ドローンは飛行禁止なので、ミラが抱えて館内を歩き回っていた。


「見える?」

「うん、大丈夫よく見える」

「アミメニシキヘビだって! フィリップだ」


 ミラはガラスのケージを覗き込んだ。ニシキヘビは全く動かない。


「寝てるかな?」

「寝てるんじゃないか?」


 ヘビはまぶたがないのでわからないが、ピクリとも動かないのでおそらく眠っている。


「あんまりフィリップってヘビっぽくないよね。耳はものすごくいいけど」

「ヘビは全身で音を感じるんだったっけ?」

「そう。壁に手をついたり、テーブル触ってれば扉二つ隔てた足音も聞き分ける。流石に靴とか履いてると足からは無理らしい」

「完璧諜報活動か特殊部隊向けだな……」

「フィリップは正直陸軍か特殊部隊の方が向いてると思う、ああ見えて器用で体術もかなりのものだし。でも、だからこそパイロットになったんだと思う。あの能力をそういうことに使いたくなかったんだ、きっと」

「なるほどな」


 それから残りのトカゲやカメを一通り見て、外に出た。

 ミラは眩しさに目を細めた。


「ありがとう、ちょっと休もうか」


 抱えていたドローンからそう声が聞こえた。

 すぐ近くにコーヒースタンドの前にテーブルと椅子が並んでいる。


「そうだね。あ、もう二時間も経ってる」

「お昼にしてもいいんじゃないか?」


 ミラはテーブルの上にドローンを置いた。

 荷物も椅子の上に置いて、それからレイににこ、と微笑んだ。


「コーヒー買ってくるね」

「ああ、行っておいで」


***


 コーヒーを買ってきたミラは、荷物から零が作ったランチの入ったボックスを取り出した。

 周りを見て誰もいないことを確認すると、グローブを外しウェットシートで手を拭いている。


(気に入ってくれるといいんだけど……)

「え、なにこれ!」


 ミラは目を輝かせながら、ランチボックスの中のラップに包まれたそれを取り出した。


「焼きそばパンって言うんだ」


 自分で作っておきながら、女性に焼きそばパンはよろしくなかったのでは、と零は若干後悔しながら解説した。


「具は見ての通り焼きそば。ソース味の焼きそばをコッペパンで挟むんだ。俺たち日系人の間でも、炭水化物である焼きそばを炭水化物であるパンに挟むなんて邪道だって言う層もいる、でも俺はコンビニの焼きそばパン結構好きだった」


 ミラはそれを色々な角度からまじまじと見ている。その仕草がなんだか鳥っぽい。


「キャベツもにんじんも入ってる、問題ないよ!」


 彼女はいただきますと言って、ラップを剥くと豪快にかぶりついた。

 もぐもぐ咀嚼して、黄金の目の真ん中の瞳孔がブワッと広がった。


(わかりやすいなぁ……)


「美味しい!」

「ジェフに味見させたからいけるんじゃないかと思う」


 おかげでジェフは三日連続焼きそばパンの試食に付き合わされることになったが、それは言わないでおくことにした。 


「ソースとパンって合うんだね!」

「気に入ってくれたならよかった」

「美味しいよ! 炭水化物ってなんでこんなに美味しいんだろう」


 噛み締めるように言う姿に、思わず笑いが漏れてしまう。

 ミラは湯気の立つコーヒーに口をつけた。


「もう一つはサラダ系?」

「そう、チーズとハムと葉物野菜。焼きそばパンが穿ってるからもう一つは普通のにしようかなって」


 一つ目を早々に食べ終えたミラは、早速二つ目に手を伸ばしかぶりついた。

 さすが、早食いを推奨される軍人である。


「味が濃いのとサラダ系とでバッチリだね! 今日も最高!」


 零は胸を撫で下ろした。

 パンに野菜が触れる部分はしっかりとバターを塗った。

 レタスは氷水で晒してパリッとさせて水もかなり気合いを入れて切った。それなりに美味しくできていたと思う。


「そりゃあよかった」


 ミラは二つ目も早速平らげた。


「ごちそうさま! 美味しかった! だから、気にしないで私に抱っこされてね?」


 ドローン飛行禁止区内のことを言っているのだろう。

 零はどきりとしてミラを見た。


「気にしてたの、バレてた?」


 零は実のところ、ドローン禁止区間をミラに抱き抱えられることに抵抗を感じていたのだ。


「レイ、そういうところ気にする性格でしょ? だからびっくりしたんだよ、レイみたいな身分の人って、お世話されることに慣れてたりするもんじゃない?」


 確かに普通はそうかもしれない。


「俺はどっちかというと世話することに慣れているというか。飼い鳥の下僕だったし」

「下僕?」

「鳥は自由だ。人間は世話する下僕に成り下がるしかない。例えば、鳥って意外に飛びたがらないんだよ。だから雰囲気でわかるんだけど、どこに連れてけって言われると手にのっけて連れて行ったりする。鳥飼いはこれをよく手タクシーって言う」


 ミラは声を出して大笑いしていた。


「タクシー! 確かに!」

「鳥は頭はいいし、優しいけど、哺乳類に比べたら協調性はあんまりない生き物だから犬ほど躾はできない。だからこちらは下僕だよね、要望に応じて撫でるマシーンに成り果てる。ちなみに、撫でるのをやめると噛みついてくる」

「なるほど」


 彼女はコーヒー片手に頷いた。


「鳥抜きでも、そうだなぁ……俺のうちはみんなバリバリ働いてるから、キッチンとか風呂場にはハウスキーパー入れてたけど、俺は割と潔癖症だから部屋に入れなかった。ベッドとか服とかあんまり触られたくないから。だから結構自分で掃除とか洗濯とかしてたし、車も自分で運転してた」

「レイらしいね」

「上流階級に向いてないって色んな人に言われたよ」


 零も声を出して笑った。


「でも、SPとかは付いてたんでしょ?」

「うん、たまに撒いて楽しむ遊びをしてた!」


 驚いたような心配そうな、色々と入り混じった表情のミラに零は笑うほかなかった。


「今の方が気楽と言えば気楽だ。早々にサイボーグ協会会長と副会長のラーズグリーズとホークアイが手を回してくれたから、サイボーグ界隈でも俺が誰だか知っている人間は本当に少ない」

「二人はその辺バラさないでほしいかあらかじめ確認してきたの?」

「ホークアイが身を挺して確認してきた。あれは探りを入れることも含まれていたんだろうな。あいつはああ言っていたが……」


 ミラは不思議そうにこっちを見てきた。

 零はホークアイとの出会いの場面を思い出していた。


「印象が最悪になるのをわかっていて、あいつは俺に声をかけてきた。幅を利かせたいなら手伝おうって意図が言外に見えた。いや、今ならそうだったんだろうなって思う。あの時は勘違いしたけどな……本当は確認していたんだろう。こっち、つまりサイボーグ界隈でも朝倉風を吹かせたいなら手伝おう。望まないなら手を回そうって」


 あの当時、ホークアイは仲良くなりたいなら自分の取り巻きになるかと言ってきたように見えて実はきっと逆だったのだ。

 でも零は拒否した。だからそっとしておいてくれたのだろう。


「ホークアイ、いい人だなってこの前思った。施設行っても結構楽しそうに子供の相手してたし」


 ミラは何かを察したのか、詳しくは聞いてこなかった。


「俺もいい奴だと思う、あいつがいなかったらサミーももっと頭カチンコチンになってたと思う」


 ミラはふふ、と笑みをこぼした。


「ホークアイ、レイから欲しいのは友情だって言ってたよ」

「もうとっくに友達だと思ってるさ、この前は色々あって申し訳なかったけど……」


 零はカッとなって手が出るタイプでは決してないのだが、さすがにあそこまで挑発されて黙っていられる性格ではなかった。


「ちゃんと謝った?」

「謝ったよ。よくも仕事中でもないのにミラを宇宙空間に連れ出しやがったなって文句も一緒だけど」


 そう言うと、ミラはクスクス笑い始めた。それを見た零が声を発する。


「そりゃそうだろ、あんな危ない目に遭って」

「心配した?」

「当たり前だよ。ヒヤヒヤした。アマツカゼに乗った君ならこうも心配しないけど。だけど、ホークアイも遠くまで行かなければ問題ないと思ったんだろうな。最近大した攻撃もなかったし、そもそもあいつは戦闘の最前線に出る立場じゃない」


 これ以上は仕事の話になってしまいそうだ。

 零は話題を変えることにした。


「ちょっと地図見せて」


 ミラはこちらに向けて園内マップを差し出してきた。

 別にネットに繋げれば頭の中で園内マップなど見られるのだが、やはり紙のマップがあればそれを見たいというものである。

 零はドローンのカメラをマップに向けて、現在地を確認し内心笑みを刻んだ。


「すぐそこ、猛禽コーナーだね。シロフクロウもいる。やっぱり鳥の中だと一番好きなのは猛禽ラプターだなぁ」


 そう言った瞬間、ぼっ! と音が鳴りそうなほど、目の前のミラの頬や耳までも真っ赤になった。


(あ……)


「ご、ごめん、そう言う意味で言ったんじゃないってわかってるんだけど! カップ捨ててくる」


 ミラは照れながら早口で言いつつ、バタバタ腰を上げて飲み終わったコーヒーのカップを捨てに走っていった。

多分、真っ赤になった顔を見られたくなくて逃げたのだ。


「かわいすぎ……」


 零がぽつりと発した声を聞いている者は誰もいなかった。

 自分がサイボーグでよかった、と零はこの時生まれて初めて思った。

 自分自身も、きっと真顔ではいられなかっただろうと思ったからである。

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