2. 動物園 デート
路面電車はやがて動物園前という終点にたどり着いた。
途中ミラはうとうとと居眠りをして、終点のアナウンスにはっと目を覚ました。
「……ごめん寝てた」
「あんなことがあったばっかりだ。疲れてるだろ? 早めに帰ろうな」
この前の戦闘を言っているのだろう。ミラは首を横に振った。
「座席があったかくて気持ちよかった、休みの日は座ってると眠くなる」
あくびを噛み殺しながら、だから疲れてる訳じゃないから大丈夫、とつづける。
路面電車から降りると、まだ真上には至っていない恒星の光を受けてドローンがキラキラときらめいた。
「ちゃんとした恒星の光を浴びられるのもなかなかないよなぁ……」
今は恒星が程よい距離にあるので外からの光を取り込んでいるが、そのうちこれもなくなり人工太陽になるのだろう。
適切な位置に太陽代わりの恒星がいつもあるとは限らないからだ。
「外に出てよかったね」
「ああ。たまには陽の光を浴びないと骨折するから適度に日光浴はするべきだと俺も思うよ」
そうしないと、人はビタミンDが生成できないからだ。
ビタミンDには骨を頑丈にする作用がある。
「私の骨は鳥仕様だから日光浴が欠かせない」
「そういうことか。ジェフに言われた。医者として、できるだけ外でデートすること推奨する。理由は本人に聞け、ってな」
骨が鳥仕様、と言えば簡単に理解してくれた。
ミラの骨密度は人に比べるとかなり低い。鳥と同じで骨の中がスカスカだからだ。
これはひとえに体重を軽くし、少ない力で飛ぶための構造だ。
ただしただ単にスカスカなわけではない。三角形が組み合わされたトラス構造という橋などでも使用される頑丈な作りなのである。なので簡単に骨折するわけではない。
しかし仕事上骨に負荷がかかることも多い。できるだけ骨密度が上がるように気をつけて生活するように言われているのだ。
話しながら歩いていると、あっという間にお目当ての場所のゲート前であった。
「チケット買ってくるね」
券売機の方に向かおうとすると止められる。
「ミラ、チケットはいらないからこっちおいで」
前売り券を買ってくれたのか? ミラが大人しく着いていくとそこは有人カウンターだった。
ドローンが器用にカウンターの上に降り立った。
「身障者一名、介助者一名お願いします」
身障者、という言葉にびっくりしてドローンを見た。表面にプリントしてあるエンブレムのイルカと目が合った。
ワンテンポ遅れて、ピロリンと音がした。機械で読み取りした時の音だ。
ドローンは器用に読み取り機の上にいたのだ。
「ありがとうございます。手帳確認いたしました」
ああそうか、身体障がい者手帳を提示したのか。先ほど路面電車で無料だったのも、彼がサイボーグだからとかドローンだからとかそんな理由ではない。
そう、身体障がい者だからだ。
「こちらチケットになります。お連れ様?」
「あ、はい!」
ぼうっとしていたミラは我に帰って慌てて二人分のチケットを受け取った。
「園内の注意を申し上げます」
広げたマップに職員がペンで記載を入れながら説明してくれる。
「レストランや土産店などの室内施設、園内バスではドローンの飛行は禁止です。それからバードドーム、爬虫類館も飛行とプロペラの展開はご遠慮ください。お連れ様にお連れいただくか、各室内施設出入口に設置してあるカート、車椅子のご利用をお願いします」
「あ、は、はい。わかりました!」
ミラは動揺しながら返事した。
「何かわからないことがありましたら、職員にお尋ねくださいませ。有料にはなりますが、充電ステーションもございます」
「ご丁寧にありがとうございます。それじゃあ行こうか?」
レイが丁寧に感謝を述べると、職員はいってらっしゃいませ、と送り出してくれた。
さっき色々書き込みをしてくれたマップを受け取って、飛び立ったレイを小走りで追う。
今どき珍しい、紙のマップであった。
「自分でもたまに忘れる。障がい者だってこと。収入的に入場料払うなんて痛くも痒くもないんだけどさ、俺が変なプライドで通常料金で入場して、他のみんなの迷惑になるのは嫌だ。だから大人しく障がい者枠で入場してる」
レイは斜め上空を飛びながら言う。
例えば、通常の大人料金で入るレイを見て、あのサイボーグは払っていたのに車椅子のお前はタダで入るのか。そういちゃもんをつけてくる人がいるのだろう。
きっと彼が言ってることはそういうことだ。
「それが正しいと思う。ここは公営施設で、政府がそう決めているならそうするべきだ。さっきの路面電車も然り」
「わかってもらえて嬉しい。君にケチだと思われたくなくって言い訳させてもらった。でも、介助者も無料にしてくれるのはありがたい。前から来たかったけど、ここは俺一人では楽しめない。一番入りたいバードドームには一人で入れないんだ。笑っちゃうよな」
ドローンはスピードを落として緩やかに飛び続けていた。
「ケチだなんて思わないよ。いや、でもケチじゃないけど、なんて言えばいいんだろう。レイは結構、普通の金銭感覚してる。庶民みたいな」
「頑張って庶民の感覚を取り繕ってる。豪遊しようとすればいくらでもできる。ブラボーⅠでいつかやろうか? 俺と一緒なら、君はデパートの特別室でシャンパン飲みながら店員呼びつけてブランドものの品定めができる」
彼はそう言って近くのベンチに降り立って声を出して笑った。
「でも、ミラはそういうの好きじゃないだろ?」
ミラはドルフィンのドローンの隣に腰を下ろした。
「レイが作ったサンドイッチ食べながらピクニックとかの方がいいな。飲み物はその辺でテイクアウトしたホットコーヒー」
「俺もそっちの方が好き」
二人でクスクス笑って、ミラは膝の上にマップを広げて不敵に微笑んだ。
「さて、どこからどうやって攻め込む?」
結局手前から順番に見ていくことにした。
ライオンやゾウ、バク、ラクダを順番に見る。
レイの反応は普通だった。特段面白そうでもなんでもない。
ミラがラクダににんじんをおっかなびっくりあげている時だけ笑っていた。
「そんなに笑わないでよ〜!」
「面白かった。めちゃくちゃ面白かった。敵にも突っ込んでいく君がラクダに怯えるなんて」
「だって近づいたら結構大きくない?」
「まあ確かに迫力あるよね……あ!!!」
突如、スピーカーから爆音が響いた。音が割れるほどだった。
近くで聞かなくてよかった。
「何? どうしたの!?」
「ヒクイドリ! ヒクイドリが! いる!」
(……鳥か)
ドローンは一目散に吹っ飛んでいった。
「あ〜! かわいい!」
人が少なくてよかった。ミラは純粋にそう思った。
ミラは急ぎレイの方に足を向けた。
とてもビッグな飛べない鳥が鋭い視線をドローンに向けていた。
(かわいい……?)
レイはいつものように興奮してブンブン飛び回るわけでなく、そこにホバリングしたままじっとヒクイドリを見ていた。
パネルを見る。脚力が強く、人が蹴り殺されたこともあるという記載が目に入る。
(こんなこと書く!?)
首は青い色だ。そこには羽が生えていない。頭にはトサカがあり、目は大きくて濃いオレンジ色。
体は黒くてダチョウっぽい。いや、もっとがっしりしている気がする。正直雰囲気が恐竜っぽい。
「かわいいなぁ〜」
(どこが!?)
どこがどうかわいいのか全く理解できなくてミラは聞き返した。
「かわいい? 蹴り殺されるよ?」
「それはごめんだな。でも君になら踏まれてもいいかもしれない」
この男は何を言っているんだ? ミラは我が耳を疑った。
「……変な意味じゃないよ? コックピット乗って欲しいなって。ほら、俺真下にいるから踏まれてるようなもんというか……」
「えええ〜?」
「え! ミラさんミラさん、そこ疑わないで……」
訳のわからないことを言っているレイを捨て置き、ミラはヒクイドリに目を向けた。
前屈み気味の体勢で、悠々と闊歩している。ドスドス足音が聞こえそうなくらい貫禄と迫力たっぷりである。どこがかわいいのかさっぱりわからない。
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