第八章
1. 路面電車 デート
レイにアタックして振られて、それからフリップ相手にやけ酒して、ホークアイとの出かけ中に死にかけて、やっと思いが通じた。
この間、約一ヶ月。
さっそく彼はドローンの緊急連絡先をミラに変更した。端末からいつでもドローンの位置情報を確認できるのだ。
「監視してるみたいになっちゃうけどいいの? 必要な時以外は見るつもりもないけど……」
「合流する時とか便利だろ? 別に俺はドローンの所在をいつ確認されても嬉しいだけだ」
そっか、とミラは笑った。
だが、肝心のデートはなかなかできなかった。
その後もなかなか互いの休みは合わず、そして来週の水曜はついに二人揃ったオフ。
「どこか遊びに行く?」
食後に自室でまったりしていると、ドローンのライトをぴかぴか光らせながらレイが問いかけてきた。
「いいね!」
「外に行ってもいいし、ゆっくりしたいなら、家でまったりでもいいよ?」
せっかくだ。外でデートしたい、とミラは思った。
だがドローンでドルフィンも楽しめる場所だと限られる。
(前みたいにバードウォッチング? でもピクニックするにはちょっと寒いし……)
「う〜ん……」
季節は巡り巡って11月。もう二人が出会って半年以上の月日が経過していた。
「たまには陽の光を浴びたいだろうから、外に行くのもいい。散歩がてらガラス張りのカフェでも行く?」
カフェもいい。いいが、ドルフィンは楽しめるのだろうか。
思いついた。そう、彼と行ってみたかった場所があるのだ。
「あの、ドルフィンがもしよければ、動物園行きたい!」
「いいね! ブラボーⅡの動物園は行ったことがないけど、確かアンデスコンドルがいるんだよな、俺アンデスコンドル観たことなくって。あとヘビクイワシもいるしエミューもヒクイドリも観られる! あ、あとペンギンも確か五種類はいると思う! あとシロフクロウも! 行こう!」
ミラは苦笑してしまった。
動物園なのに鳥類しか出てこない。見事にブレない。
だが、シロフクロウは確かにミラも見てみたかった。
「シロフクロウ、本物見たことないんだよね。見てみたいんだ!」
「行こう行こう! 今くらいの時期が一番楽しいよ。どの動物も鳥も冬仕様になってモフモフだから!」
楽しんでくれそうだ。よかった、とミラは胸を撫で下ろした。
30代半ばの男性が動物園なんて一緒に行ってくれるかどうか少し不安だったのである。
「朝から入る?」
「せっかくだから朝から行こうか! ちょっと待って……今調べてる。開園時間は十時だね」
「朝イチで入ろう!」
「OK、超楽しみになってきた! 嬉しい。本当に嬉しい」
レイは本当に楽しみなようで、飛び上がったと思えば部屋の中をブンブン飛び回った。
(よかった……)
この時、ミラはどうしてこんなに彼が楽しみにしているのか彼の本心を全くわかっていなかった。
待ちに待ったデート当日がやってきた。
(あー! どうしよう何着よう!)
ミラはクローゼットを開けて悩んだ。
悩むと言っても、それほど選択肢はない。
官舎と共に私服もおさらばしたので、先日何着か買った秋冬物が3セット。
「かわいい服なんてないし! でも動物園だから動きやすい方がいいか……」
ほとんど黒に見える濃紺のジーンズ、それに薄手のブルーグレーのニット。
上着は先週買ったばかりのライダースジャケット。ストールは濃いレッド。
(メンズライクすぎるかな……)
もういい! レイはいちいち気にしないだろう。これにショートブーツを履こう。
もうなるようにしかならない開き直ったミラは、最後に薄ピンクのリップを塗って戦闘モードのような気迫を漂わせながらリビングに向かった。
「ミラかわいくて格好いいねー、似合うねライダース!」
ダイニングテーブルの上のドローンから聞こえる声は、いつも通りのロボットボイスではあったが音量が大きめで、レイのテンションの高さを如実に物語っていた。
ミラは拍子抜けした。
(レイならなんでも喜んでくれる……)
彼ならTPOを弁えていさえすればきっと何を着ても気にしない。
「これ、お昼ご飯。外でも中でも座れるところはいっぱいありそうだから」
「ありがと!」
ランチボックスにウェットシートが添えてあった。ミラはそれをかわいいインコがプリントされた巾着袋にしまってからバッグの底にしまって、財布やらハンカチやらもぽいぽいと入れた。
トートバッグだが斜めがけもできるので重宝しているバッグである。
仕上げにグローブをはめた。
「斜めがけのバッグだと俺も助かる」
「そうなの?」
「場所によってはドローンの飛行禁止のところも多いから」
「そういうところでは抱っこしてあげるから安心して!」
「ありがとう、ミラ」
「じゃあ、行こうか!」
にっこり微笑むと、どうもレイは安心したようだった。
「ここで一つ頼みがある」
「OKなんでも言って!」
路面電車の駅にて。
レイが突然そんなことを言い出したので、ミラはかたわらでホバリングするドローンを見上げて言った。
「路面電車の中は飛行禁止だから、申し訳ないけど抱えて乗せてくれる?」
「任せなさい!」
ベンチに降りたドローンを抱え、ベンチにミラ自身も腰掛けて膝に乗せる。
ファンを引っ込めたその姿は、土台付きの球体、といった形である。
「悪いな、世話をかける」
「いいのいいの」
(いくらでも頼ってくれていいのに)
路面電車に乗るのは久しぶりだ。端末をかざして料金を支払う必要があるので、ポケットから端末を取り出した。
「路面電車、介助者無料だから支払いはいらない」
「そうなの?」
「俺は一人で路面電車に乗れない。だから、介助者もセットで無料だ」
びっくりしたミラが口を開きかけた時、ちょうど路面電車が近づいてきて、慌ててポケットに端末をしまった。
「そのまま乗り込めばいい」
そのまま乗り込んで、空いていた席に腰を下ろす。
ミラにとって、それはかなり不思議なことだった。
バスや路面電車に乗り込む際、基本は入り口の読み取り機に端末をかざすと音が鳴って支払いが完了する。
支払いの履歴も確認できるので、たまに路面電車の職員が乗り込んでいる時に自分の端末を職員の端末にかざすよう言われる。検問があるのだ。
ミラは無賃乗車したような気がして少しソワソワした。
「一人で乗る時にはどうしてるの?」
「あらかじめ職員を一人派遣してもらう。それしかない。あとは、意味がわからない感じになるけど、電動車椅子に乗って移動するしかない。これはサイボーグ協会でその気になれば借りられるけど、置き去りにして飛んで帰るわけにもいかないし、道端の穴やら段差にはまると身動き取れなくなるし、放っておいて悪戯されたり盗まれたりってのも考えると面倒だな」
「そっか……一人だと出かけるの大変なんだね……」
「一番最初に行ったカフェとか飛んで行けるところならいいけど、じゃないと結構面倒だ。職員を拘束することにもなる。せっかく無人で自動運転してる路面電車なのにな」
(出かけるのがこんなに大変なんだ……気づかなかった)
エリカと出かけることもあったが、基本は官舎でワイワイするか、軍の施設内のバーや公園、あるいは徒歩圏内のショッピングモールが中心だった。
彼女が遠出を望まなかったからだ。充電が切れないようにと思っているのだと思っていたのだが、きっと本心はこれだったのだろう。
よく見ると、車内の窓にはドローン飛行禁止のステッカーも貼ってある。
今まで目にも入らなかった。自分の知らない世界がそこにあった。
気づけば他の客は誰もいなかった。完全に二人きり。
近頃敵の攻撃が多いので、仕事以外で公共交通機関を使ってまで出かける人は極端に少ないのだという。
ところが、途中信号で停止をした際に、徒党を組んで国会に抗議している人たちが見えた。デモの集団だ。「ゼノンは政府の陰謀」と書いてある横断幕が見える。
「何が陰謀だ」
「本当にね……」
あれだけ死線をくぐり抜けている。知り合いも隊員もゼノンに殺されている。陰謀も何もないのだが、一般市民からしたら政府や軍人の世迷いごとと思うこともあるのだろう。
全く理解できないが。
最近、反政府組織が結成されてデモもよく見るようになった。
信号が変わって、路面電車はゆっくりと走り始めた。
ミラは膝の上のレイに目を向けた。
「これからどこでも連れて行ってあげるよ」
「たまにでいい、お供してくれたら嬉しい」
彼がブラボーⅡの動物園に行ったことがなかった理由をようやく理解した。大好きな鳥がいっぱいいるにもかかわらず、郊外にある動物園まで行くのは彼の身では億劫だったのだ、きっと。
これからはこの人が寂しい思いをしなくて済むのでは。ミラは膝の上のドローンをこっそり抱きしめた。
車があったら便利かもしれない、それかドローンを固定できるように改造を施したオートバイを買うのもいいかもしれない。
心のうちにひっそりと思ったミラであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます