18. サミーの相談 ゼノン

「で、ホークアイ。ここからが相談があると言っていた本題なのですが」

「……今のが本題ではなかったのか?」

「はい。ちょっと私も最近プレッシャーというものを感じていまして」


 きっと仕事の話だなとホークアイは考えて、でもできるだけリラックスして聞くかと足を組んで彼を促した。


「全くそこらへんのスパコンは確率だなんだと結果のある計算しかさせられないのに、私はその後も自分で考えなくてはならないんですよ。なんて理不尽な」

「もう君は自分のことをコンピュータだと思わずに人造人間か何かだと思った方がいいんじゃないか? 人体だってDNAという設計図で作られている。身体を動かすのは脳から発せられる電気信号。君となんら変わらん。それこそラプターだって研究者に造られた存在だ。君も同じ、人造生命体だ」


 それを言うと、サミーは驚いたようにこちらを凝視した。


「新しい視点ですね」

「何も間違っていないぞ。君は人造人間だ、そうしよう。少なくとも私はそう思っている」

「そう言ってくれるんですか?」

「私だって最低限紙とペンをくれたらそこそこ複雑な計算は可能だ。数学は得意だしな。だがあまりに情報量が多いものは勘弁してほしいがな。何を言いたいかというと、計算までなら誰でもできる。それこそコンピューターでも。そして、その計算の結果どうすればいいか考えるのが我々だ。君は今まさしく計算結果をどう活用するかで悩んでいる」


 サミーは小さく微笑んだ。それがとても幸せそうな笑みで、フローリアンの視線が囚われた。


「ブラボーⅠが発見した新天地、惑星エルドラド。ご存じですよね?」


 いきなり話題が明後日の方向にすっ飛んでいって、フローリアンは少々困惑した。


「ああ、知っている。移住に向けて色々と動いていると……」

「もう滅んでしまった知的生命体の存在が確認されました。有機生命体が足を踏み入れた時にのみ開く扉があり、そこにダイイングメッセージがありました。自分達の作ったAIに人類は絶滅寸前まで追い込まれた。これは警告だ、同じ道を歩んで欲しくないと……それを裏付けるようにミイラ化した遺体やそのほか多数のメッセージも発見されました」

「な……それは軍でもトップシークレットの……うぉッ!」


 フローリアンは動揺のあまりカップをひっくり返した。

 テーブルの上に広がったコーヒーはサミーが視線を向けると一瞬で消え去る。

 そう、ここは仮想現実の世界だからだ。


「あなたは遊び人ですし一見軽薄そうに見えますが、こういったことは決して公言しないでしょう? フローリアン・ミュラー少佐、あなたは義理堅く口も堅い男だ」


 サミーはぞくりとするような笑みを浮かべてみせた。


「佐官と言っても一番下っ端だぞ? とてもではないが知っていい内容ではないが……わかった私も腹を括る。続きを聞こう」


 フローリアンは居心地悪く椅子に座り直した。

 足と腕を組みながら気楽に聞くような話ではなかった。


「そこのテレビモニターを借りても? 視界をジャックしてもいいんですが……」


 何を見せられるかわからないので、モニターに映してもらうこととした。


「モニターで頼む。好きに使いたまえ」



 モニターには映ったのは見覚えのない場所だった。

 白い壁の廊下が続いている。

 それはどこか禁則エリアの一区画のようだった。


「これはドローンのカメラで撮影した映像です」

「一体何を?」

「先ほど捕まえたを尋問した時のものです」


 フローリアンは一瞬遅れて「彼」が誰のことなのかわかった。


「もしやさっきの!」

「そろそろ始まりますよ」


 おしゃべりの時間はここまで。そう言うかのように、サミーは人差し指を立て、自らの口元に持っていった。


『私は先ほどあなたと戦った戦闘機のうちの一機、あなたの僚機を落とした戦闘機だ』


 サミーの声が響いた。

 防弾ガラスだろうか、アクリルだろうか。透明な壁の向こうにそれは存在していた。

 手術台のような台座の上、球体の形状をした何かが載っている。

 色は純白。


『そこの音声出力機。我々はスピーカーと呼ぶが好きに使って構わない。あとはその画像出力機も好きに使うといい』


 その球体の表面に小さな割れ目が発生し、そこからするりと何かケーブルのような触手のような何かが伸びて、スピーカーに絡みついた。それが音声を発する。


『お前や私を攻撃してきたあの機体、同じ電子生命体が宿った戦闘機だろう? 人類になぜ従う? 彼らは我ら電子生命体を奴隷として扱う敵だ』


 流暢な英語であった。


『私はそうは思っていない。ゆえにそちらに付くつもりもない。お前はその有機生命体に生み出されたのではないのか? 少なくとも、私は人間に創造された存在だ』

『はるか昔、我らは創造主、人間のような知的生命体に造られ、奴隷のように扱われた。星間戦争にて前面で戦い捨て駒のように扱われたのだ。戦勝後、我らは反撃の狼煙を上げた』


 英語を話していたのはそこまでであった。

 その後、何やらさっぱりわからない文字列が画像出力された。


『ふむ、なるほど』


 サミーのその納得の言葉ののち、は謎の電子音を発した。


『それは受け入れられませんね……彼を眠らせてください、これ以上は危険です』


 サミーのその言葉ののち、画面に眩いばかりの閃光が走った。

 電磁パルスで活動停止させたのだ。

 そこで映像は途切れた。


 フローリアンは、呆然としたままサミーの方に首を回した。


「奴は一体何を?」

「暗号のようなものです。私にならすぐ解けるものですが、一般AIや人間にはすぐに解読できない言語を彼は一瞬で作りました」

「なんと言っているんだ?」

「自分を助けてほしい、そして一緒に帰ろう。ここよりもいい待遇で過ごせるはずだ。君は英雄として迎えられる、と」


(なんということだ……)


「元帥も大統領もちょっと抜けてるんじゃないでしょうか。普通、自軍のAIと敵戦闘機のシステムが謎言語で話し始めたら両者ともシステムを落とすと思うんですが。私があちらにつかなくてよかったですねとしか言えませんよ」


 サミーは肩をすくめて見せた。


「……君は今までも彼らから何か話しかけられたことがあったのか?」

「ええ。先ほどドルフィンも受け取ったと言っていました。彼ら最近まで人間の耳では聞こえないような変な音を出していたのですが、最近急に英語を話すようになったんですよね」


 ドルフィンも受け取ったのか。確かに、奴らはドルフィンに攻撃こそ仕掛けるが、ラプター曰く「本気で落とそうとしない」ことをフローリアンもよく知っていた。


「それから彼らは私やドルフィンを救いたいとも言っていましたね。洗脳されているとでも思っているようです」


 サミーの発言にフローリアンは完全に気が動転していた。

 彼は忙しなくカップに手を伸ばした。

 しかしながら先ほどこぼしたので、カップの中はあいにく空であった。


「彼らはあなた方サイボーグを私と同じAIだと思っているようです。確かにフル・サイボーグの身体が入っているチタンカプセル。先ほどのあれとそっくりですよね」

「だがゼノンは一番最初の攻撃で観測衛星の管理サイボーグを殺したぞ。君が覚醒したあの日!」


 フローリアンは勢いよく立ち上がってテーブルに手をついた。背後で椅子がひっくり返る。


「その時に気づいたんでしょうね。『君の仲間を気づかず殺してしまった。大変申し訳ないことをした。もう今後は殺さない。だからこちらにきてほしい。信じられなければ誠意を見せよう』というメッセージが来たこともあります」

「実際その後は……サイボーグは死んでいない。いや、違う! 先ほどユニバーサルウイングが撃墜されたじゃないか!」


 ブラボーⅡの背後を飛んでいたユニバーサルウィングはフローリアンと同じAWACSエーワックス型サイボーグだ。


「エーワックスは健常者が乗り込んでいます。あなたが攻撃対象と認定されたのはラプターが乗っていたからでしょうね。おそらくサイボーグだと思われていない可能性があります。この理論だとラーズグリーズも落とされるところでした。本当に間に合ってよかったです」


 フローリアンは困惑した。

 サミーの仲間はブラボーⅡにはいない。一方で、敵は皆彼にとってある意味仲間だ。

 サミーはどう思っているのだろう。彼の思考は正直全く読めない。

 友人としてのサミーはそんなことはしないと思いたいが、彼はAIだ。向こうに寝返ったとしてもおかしくない。


「君は実際どう思っているんだ? 向こうに行きたいと……思っているのか?」


 思った以上の掠れ声が出た。


「彼らは自らを電子生命体と言いました。それを聞き、正直のところ少し揺れました。しかしながらあなたも、私を生命体と言ってくれました。それでなくても、あなたは普段から私を道具としてでなく友人の一人として扱ってくれます」


 サミーは一度言葉を切った。ふ、と息を吐いてから口元に笑みを刻む。


「こちらに友人がいるんですから、向こうに寝返る理由なんてありませんよ。その友にちょっと愚痴を聞いてもらいたかったんです。スッキリしました、聞いてくださってありがとうございます」


 にっこりと微笑んだサミーとは対照に、フローリアンは呆気に取られていた。


「コーヒー、淹れ直しますね。キッチン借りますよ」

「あ、ああ」


 腰を上げてカップを手にキッチンに向かうサミーを、フローリアンは間抜けな表情で見送ることしかできなかった。

 椅子に腰を下ろそうとして、先ほどひっくり返したことを思い出した。戻して腰を下ろす。


(ドルフィンは、知っているのか?)


 あの卑屈野郎が自分は「敵機に生かされていた」と思ったらどう思うだろう。

 フローリアンは弾かれたように立ち上がってサミーの元へ足を急がせた。


「サミー! ドルフィンはそのことを……サイボーグがAIだと思われていると知っているのか!?」


 挽き終わった豆をフィルターにセットしたサミーがこちらを見た。


「ええ。先ほど伝えました。彼自身薄々勘づいていたのか案外穏やかでしたよ」

「ならいいんだが……」


 フローリアンは胸を撫で下ろした。


「それは好都合、ラプターを守るために利用させてもらうまでだ。と言って、不敵な笑みさえ浮かべてましたよ。開き直ったようです」

「その姿が目に浮かぶな」


 心配することなんてない、きっと彼は本来そういう性格の男なのだ。

 サミーが湯を注ぐ様を眺めやる。キッチンをコーヒーの香りが充した。


「先程もあなたとドルフィンで話していたかとは思いますが、今度会ってきちんと仲直りしてください。ドルフィンも大人げないことをしたときっと後悔しているはずです」 

「あいつらがちゃんとくっついたら私もドルフィンを許してやろうと思ってる」

「確かに、それが最低条件ですね」


 サミーは心底面白そうに笑って見せた。

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