17. フローリアンの部屋 サミー
「
「ラプターがどうにかなっただけで、ドルフィンは自暴自棄になって何をするかわかりません。最低でも死にたい病が再発するでしょうね。もしドルフィンが撃墜されでもしたらどうします? 事態はより深刻です。ブラボーⅠ、つまり東方重工は今ほどブラボーⅡに支援の手を差し伸べてくれることはないでしょう」
ジム・テイラー准将の声に冷静に反論したのはモニターの向こうのサミーであった。
テイラーは言葉に詰まった。確かにこのAIの言うことは何一つ間違ってはいない。
「命令違反をしたことは承知しています。懲罰でもなんでもどうぞ。ですが私とてただ単にお友達を救いたいから飛び出した訳ではありません、そこは覚えておいてください」
「……サミー、お前の担当整備士を一時的に外させてもらう。何よりの罰だろう」
クリムゾン、サミーの直属の上官であるリー大佐にそう言われてサミーはことのほか反応を示した。
「な! 今回はキャシーはなんの関係もありません! 私が独断で勝手に飛び出しただけで!」
一般的な戦闘機のミサイルは出撃前に手動で安全装置を解除する必要があるが、サミーは電子解除できるように改造されている。
例え軍の関係者が周りにいない状況に陥っても敵に損害を与えることができるようにと手を加えてあるのだ。
しかも、サミーの担当整備士であるコリンズ中尉はオフで、サミーを送り出してもいない。
今回は整備士はなんの関係もない。それは確かに皆わかっていた。
「肉体のない君を営倉に放り込むわけにもいかないし、減給されたって痛くも痒くもないだろう。これが我々が考えた懲罰だ」
テイラーは冷たく言い放った。
「……彼女のキャリアに穴を開けるのは……」
「それは心配するんじゃないぞサミー。彼女にはケーニッヒも完璧に覚えてもらおうと思っている。キャリアとしてはプラスにしかならない」
クリムゾンが明るく言う。
「それならばいいんですが……誰の機体を?」
「ドルフィンの機体だ。我々はドルフィンの機体を彼女に預けてもいいと思えるくらいには彼女を評価している。一時的にウエムラ中尉と組んでもらう」
「……よりによってあの整備士野郎ですか」
サミーの動揺が手に取るようにわかって、テイラーは内心ほくそ笑んだ。
***
仮想現実空間のフローリアンは報告が終わって自室でぼんやりとテレビに向かっていた。
先ほどの戦闘が臨時ニュースで速報されている。
メインアイランドからも天井ドームに映し出される青空のホロ映像を透かしてあの戦闘が見えていたようだ。
(よく生き残ったものだ……)
最前線を飛ぶ戦闘機パイロットでもないため、ここまで命の危機を感じたのは初めてだ。
何より、ドルフィンの前で自分のコックピットに乗せていたラプターが宇宙の藻屑にならなくてよかったと思った。
その時だった。テレビから流れるアナウンサーの声を遮るようにインターホンが鳴った。
フローリアンは手元の端末を操作した。そこに映ったのはサミーである。
上と話をして諸々片付いたらここに来ると言っていたのだ。
「サミーです、ホークアイ」
「開けた。上がってくれ」
ロックが解除され、勝手知ったるリビングまでサミーが入ってきた。フローリアンは腰を上げて彼を出迎える。
「よく来たなサミー。説教は終わったのか?」
「なんとか……」
表情には疲弊が滲んでいるようにすら思えた。
(疲れてそうだな。……本当によくできたAIだ)
「改めて言わせてくれ。君のおかげで助かった。心から感謝したい」
「
礼には及ばない、その言葉は彼らしいと心から思った。
「ですがやりたいからやったと言っても上は納得しそうになかったので、ドルフィンが撃墜されたら東方重工の支援が減るからやった、と心にも思っていない言い訳をしてみました。ことのほか図星だったようでなかなかこたえたようですね。面白かったですよ」
(さすがだ、准将クラスでもサミーには敵わないか)
「君ならきっとそう言うだろうと思った。まあそこに座ってくれ。コーヒーでも飲むか?」
フローリアンはサミーに椅子をすすめた。
「わざわざありがとうございます。いただきます」
「気にするな。私も何か気分転換に飲もうと思っていたところだ」
彼自身は台所へ向かう。
湯を沸かしながら豆を挽き、ドリッパーをセットしてフィルターの中に粉を入れた。
この香りがたまらない。
仮想現実空間にこのような嗜好品が広まったのは、ドルフィンのおかげだ。
彼の祖母が自らこちらの世界をよりよくしようと動き、飲食という行為が一切できなかったこの世界でまずコーヒー、紅茶などの嗜好品が発売された。
最近は香りを楽しむものとして、香水、アロマなどが広がった。
まやかしであることに変わりがないが、五感を使って楽しむものが増えたのだ。
開発に時間もコストもかかるだろうが、そのうち食事もできるようになるに違いない。
(ドルフィンにとっては不幸なことであったかもしれないが、我々サイボーグにとっては彼がこちらにきてくれたことは本当にありがたい……口が裂けても言えないが)
それまでの仮想現実空間では、五感で楽しめるものが本当に少なかった。
それこそ人と触れ合うくらいしか方法がないのである。
サイボーグは元々幼少期に親とのスキンシップがままならなかった者も多い。そうして大概のフル・サイボーグは他者との触れ合いを求め、結果として重度のセックス中毒に陥るのだ。
これを回避できている者はフローリアンの知る限り、後天的な障害である程度歳を重ねてからサイボーグになったエリカとドルフィンだけであった。
湯が沸いたので湯を注いで抽出する。
実際だと蒸らしたりなんだりする必要があるらしいのだが、別に仮想現実空間でそれを試行錯誤しても何も変わらなかった。
「いい香りだ……」
この立ち上ってくる香りに勝るものはない。
彼は満足げに微笑んで、カップに注いでサミーの元に運んだ。
「待たせたな」
「いえ、構いませんよ。いただきます」
サミーは早速コーヒーカップに手を伸ばした。
「で、どうした? 君が私に相談ごとなど珍しいな」
「……キャシーと一時的に引き離されることになりました。別の整備士を充てがうと」
「今回の命令違反の懲罰か?」
「そうです……聞いてくださいよ! キャシーはケーニッヒの整備も覚えるために本格的にドルフィンの整備をするらしく!」
サミーは身を乗り出して訴えてきた。
「ほう、悪い話ではないのではないか? ドルフィンの整備を任されるなんて、相当優秀ということではないか」
フローリアンはカップに角砂糖を一つ入れ、スプーンでかき混ぜた。
「そこはかまわないんです。キャシーのキャリアを考えるとプラスになります。ですが、ドルフィンの整備士がキャシーになんだか馴れ馴れしくてムカつくんですよ! ああ、私はどうすれば……」
(そういえば、ドルフィンが言っていたな……)
ドルフィンの専属の整備士とキャシーが一緒にいると、サミーの機嫌がとてつもなく悪くなる。いつか何か起こってもおかしくない。
ドルフィンが酒を片手にぶつくさとぼやいていたことを思い出した。
「君はなかなか……悩ましい恋をしているな」
一瞬「不毛な恋」と言ってしまいそうになって別の表現をした。
「これが恋だかなんだか私にもよくわからないのですが、あなた人のこと言えますか? 実際ドルフィンのことどう思っているんですか?」
自分に話が飛ぶとは思っていなかった。
フローリアンは青い目を見開いて硬直した。
「なぜそう思う?」
声が少々掠れた。
「カナリアとドルフィン、私といるときあなたの視線はほぼドルフィンに固定されてます。会合などでもあなたは壇上にいますけど、数多いるサイボーグのうち視線の先にはいつも……」
「あー!! 言ってくれるな! それ以上は言うな!」
「やっぱりそうなんですか?」
フローリアンはごまかすようにコーヒーを口に運んだ。
「正直自分でもよくわからない……大体あの男、全く私の好みではない! 見た目はいいがな! それに、本当に私がドルフィンのことを恋愛対象にしていたら、ラプターと仲良く出かけたりするか? しないだろう?」
「ふむ、それもそうですね」
「私もよくわからないんだ。だが、ドルフィンはラプターと一緒になってほしいな。二人の幸せを祈っている。それにラプターのようなはちゃめちゃなパイロットはドルフィンにしか手に負えない!」
フローリアンは両手を上げて降参のポーズをした。
先ほどの戦闘で思い知らされたのだ。
フライトレコーダーを確認してはいないから正確なスピードは不明だが、船団と同距離を保って低速移動しているレーダーポッドのような小さな的に高速で接近し、レーザーガンを一発で当てるなんてどうかしている。
なんという動体視力と反射神経だ。
(ドルフィンもそうだが、正直パイロットとしてのラプターからは目が離せない……)
「言わんとしていることはどことなくわかります。ラプターの能力に関しては実験室の子供たちの最高傑作とマツヤマは証言しているとのこと。現に、陸軍の特殊部隊に配属させるかそれとも海兵か、戦闘機パイロットかで上も相当揉めたらしいです。取り合い状態だったと」
「だろうな……私はあの二人が主役の物語の片隅で、脇役として彼らを眺めたい。友人と思ってくれさえすれば幸せだ」
「あなたは十分主役を張れると思いますが?」
「番外編で構わんな」
フローリアンは苦笑して肩をすくめた。
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